悪役令嬢は全てを知る
ゲースと私が、二度と婚約できない状態にしようとしたと、遂にカーミランが打ち明けた。
それを受け、王妃は尋ねる。
「それは具体的に、どういうことかしら?」
王妃は追及の手を緩めない。
「それは……」とさすがにカーミランの声が震える。
「目を逸らさないで頂戴。カーミラン男爵令嬢。そしてちゃんと答えていただける?」
カーミランは追い詰められている。これはもう全部吐き出し、楽になった方がいいと思う。
ドキドキしながら見ていると、カーミランはハンカチを手でぎゅっと握り、声を絞り出す。
「エリノア様の名誉を、汚そうとしました。二度と、殿下の婚約者にはなれないように……」
「名誉を汚す? 一体どのようにして?」
「それは……」
カーミランはしばらく黙り込んだ。
だが王妃は助け船を出さない。ただじっと返事を待つ。
カーミランがもじもじとしても、王妃は無言だ。
この、無言の圧が半端なかった。
遂にカーミランが折れた。
つまり、すべて王妃に話したのだ!
私を攫い、一晩、王都のはずれの厩舎に閉じ込める計画を思いついたと、まず明かした。攫った悪党に、私が何かされたらしいという噂を流し、私が純潔を失ったと社交界で思わせるようにする。何より、本人が否定しても、一度広がった噂は消えることがない。口では否定しているが、本当は……と陰で囁かれ続ける。そうすれば、婚姻相手の純潔を重視する王族のゲースと、再度私が婚約することはない――そう思ったと、打ち明けたのだ。
「それで、そんな恐ろしい計画を考え、まさか実行に移したのですか?」
問われたカーミランは、否定をしたい。でも視線を逸らすと、王妃に自身の目を見るよう、言われてしまう。王妃の目を見ると、もはやカーミランは嘘をつけない。金でブラック・シャドウを雇ったと、最後には暴露した。さらにそれは、実行されたのだが――。
「一晩明けたら、王立警備隊に、匿名で情報を流すつもりでした。王都のはずれの厩舎で、昨晩怪しい人が沢山いたのを見た、女性の悲鳴が聞こえたと。そこで王立警備隊が駆け付け、エリノア様が発見される。そこで公爵令嬢が攫われたと、ニュースペーパーの記者に情報を流し、さらにその夜の舞踏会で、噂話をしようとしたのですが……」
さりげなく口にしているが、かなりヒドイことですよ、カーミラン!
あなたまさか、ニュースペーパーの記者に、私が攫われたことをリークしようとしていたの!? それはいくらなんでもヒドイわ! しかも率先して社交界で噂を流す気満々だったなんて。
もう、噛みつく勢いでカーミランを睨んでいたが。
?
なにかとんでもなく熱い視線を感じる。
熱いというか、これはカーミランを燃やさんとばかりの灼熱の視線に思えるけど……って、カルヴィン! 横顔がとんでもなく怖いっ。しかも目が怒りで燃えている!
私の推しは大激怒中だ。
一方のカーミランは、大きく肩を落とし、ため息をついた。
ここまで話したことで、もはや開き直った感がある。
「従者に厩舎へ向かわせたのですが、そこはもぬけの殻。王立警備隊に、公爵令嬢の誘拐事件が起きていないか尋ねても『そんな話は聞いていない』と言われました。念のためでニュースペーパーの本社にも問い合わせましたが、貴族の令嬢の誘拐事件なんて聞いていないと言われ……」
徹底的な箝口令を敷いた甲斐があったと思う。何より、あの場にいた騎士が皆、口が堅くて良かった。我が公爵家の兵士は言うまでもない。父親は裏切り者が出ないよう、相互監視をさせている。もしうっかり口を滑らせたら、それすなわち死あるのみ。
父親は普段はどこか抜けた感もあるが、裏切りには容赦ない。そこだけはなぜかアンタッチャブルな公爵家の当主に変貌する。
というわけで、カーミランがいくら探ったところで、私が攫われた件は、事件化していない。それどころか、ブラック・シャドウとも連絡がとれない。ゆえにカーミランは「私の作戦は失敗したようです」と話を締めくくった。
聞き終えた王妃は、手に持っていた西洋扇子をピシャリと自分の手の平に当てると、カーミランに実に冷たい視線を向けた。
「ゲースがカーミラン男爵令嬢に言った言葉、ひどいと思います。母と言う立場から、あなたに謝罪したことを、撤回するつもりはありません。ですが、ゲースがそんな言葉を発した気持ちも、理解できました。カーミラン男爵令嬢。あなたは最後の方は、反省もなく『失敗したようです』と明るく言っていますが、自覚できていますか?」
これまで温厚に話を聞いていた王妃の変貌に、カーミランは完全に震撼している。
「王妃という立場ではなく、私人として申し上げます。同じ女性として、カーミラン男爵令嬢、あなたがやったことは卑劣です。なんて残酷なことをされたのでしょうか。恐ろしい人です。わたくしはあなたが怖いわ。そんなことを平気で遂行し、良心を痛めることなく、自分のことをあくまで悲劇のヒロインであると思っていることに」
「お、王妃殿下、わた、私は……」
「これはただのお茶会の席です。よって今話したことが、記録に残ることはないでしょう。ですが、カーミラン男爵令嬢、あなたは罪をおかしているのです。そのことはきっちり、しかるべき人間に報告させていただきます。改めて何をしたのか問われた時。あなたに反省の気持ちがあるなら、自分の罪を素直に話し、懺悔し、改心を誓うべきです」
口をぽかんと開けたカーミランが、再び泣き出す。だがもはや王妃は、相手にしない。逆に、吐き捨てるようにこう告げると、席を立った。
「失敗に終わった? そんなことはありません。実際に攫っているのですから。無罪で済むとは思わないことですわね」
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続きは明日、14時までに『悪役令嬢は話し合う』を公開します。
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