悪役令嬢はツッコミ担当
王妃の前で私のことを「大・大・大、大嫌いですっ!」と言い切ったカーミラン。
次に何を言うのかと思ったら……。
「私のマナーの間違いを指摘するエリノア様は、妃教育のマナーの先生より、憎たらしいです。本当に、意地悪だと思います。でも、そこが嫌なだけではないのですっ!」
「……なるほど、カーミラン男爵令嬢。では他に、何が嫌なのかしら?」
王妃は間違いなく、こんな話し方のカーミランを叱りたいだろうが、我慢している。それよりもカーミランが何を語ろうとしているのか、それを聞き出そうとしていると、伝わってきた。
「ゲース殿下が……」
遂にカーミランの瞳からボロッと涙が零れ落ちる。
まさか王妃の前で号泣するのでは……。
「ゲース殿下が、エリノア様と私を比較するのですっ! 『エリノアのダンスを見て見ろ。あの足のステップ。パートナーのリードにあわせ、ちゃんと動いている。でもカーミランは違う。自分が主人公だとばかりに踊るから、わたしのリードを無視する。君とのダンスは踊りにくくて仕方ない。少しはエリノアを見習ってくれないか』なんて言うのですよ!」
これを聞いた王妃は、私をチラリと見た。
心中を察します……と、その目を見返す。
カーミランが言わんとすることは、半分同意で、半分反対だ。
元カノならぬ、元婚約者と比べられるのは、それは不快だろう。一番やってはいけないことを、ゲースはしている。カーミランが頭にくるのは分かった。
が、しかし。
王侯貴族のダンスでは、男性のリードに女性があわせるのが基本だった。よってゲースが言わんとすることも理解できた。問題は伝え方だ。私を引き合いに出す必要はないのに!
加えてカーミランは、自身でダンスは得意と思っていたふしがある。自分が得意と思い、好きなダンスで、元婚約者と比較され、「君とのダンスは踊りにくくて仕方ない」&「元婚約者を見習ってほしい」なんてことを言われたら……。相当頭に来たことだろう。
私がカーミランの立場だったら……ゲースを引っ叩いていたかもしれない。
そう、そうなのだ!
元婚約者と比較しているのはゲース。カーミランの怒りは、ゲースに向かうべきでは!? なぜ、その怒りが、私に向かうのかしら? ゲースに向けてくれればいいのに!
「ダンス以外でも、『カーミラン、君がくれた刺繍入りのスカーフだが、刺繍が……なんというか重すぎて、スカーフがスカーフとして使えない。君が刺繍した物は、しばらく贈らないでくれ。……エリノアは随分と刺繍が上手で、母上の刺繍も素晴らしい。女子はみんな刺繍が得意かと思ったが、そうではないのだな』なんてことも、おっしゃるのですよ! ひどくないですか?」
これにはもう衝撃を受ける。
王妃相手に「ひどくないですか?」はダメよ、カーミラン!
いずれは義母になる方だが、王妃ですから!
女友達と会話するみたいではダメなのよ、カーミラン!
ただ、この乙女ゲームのヒロインだるカーミランとは、天真爛漫で物怖じしないところが売りでもある。だからこそ婚約者がいる王族にも平気で近づくわけで……。そして彼女のこの男爵令嬢らしからぬ言動に、攻略対象は皆、ハートを鷲掴みにされるのだ。
そう、許容してくれるのは、攻略対象のメンズだけ。他の王侯貴族からしたら、ドン引き案件になってしまう。ただ、でも、それ、乙女ゲームとしてのヒロインがそうなのだから、仕方ないとも思う。ゲームの仕様みたいなものですから。仕方ないけれど……王妃に対してこれは……。
ここは本来、ゲースがカバーするべきなのだろうが、この場に彼はいない。
というかむしろゲースは、なぜそんなにカーミランと私を比較するのかしら? しかも自分の母親のことまで出すなんて。女子は元カノと母親を話題にされると、途端にカチンとくる生き物であると、ゲースは分かっていない……のよね、きっと。
それにゲースの女子=刺繍が得意という思い込み! まさにステレオタイプ化した見方だけど、この乙女ゲームの世界は、前世でいう中世っぽい世界観を踏襲しているから、もうここについても仕方ない……と、思う。
かなり私は衝撃を受けたが、それは王妃も同じようで。しばらくカーミランの言ったことを、自身の中で反芻し、そして……ひとまず受け入れたようだ。ツッコミどころは満載なのに、冷静に尋ねた。
「カーミラン男爵令嬢。あなたがゲースに対してどんなことを思っているのか、それはよく分かったわ。つまりあなたは、エリノア公爵令嬢のことを好きではないけれど、それ以上にゲースに対して怒っているのよね? その怒りは、ゲースにぶつけたのかしら?」
王妃は本当に優しい。思うところはグッと我慢し、カーミランとの会話を続けているのだから。
「い、言えません。ゲース殿下にそんな……」
「どうして? あなたとゲースは相思相愛なのでしょう? 二人きりの時に、さりげなく相談すればいいのでは?」
もはや王妃はカーミランの恋愛相談に乗っている状態だ。この国の王妃に恋愛相談にのってもらえるなんて! しかも未来の義母に。カーミラン、あなたなかなかの強運よ。
「だって、殿下は……」
うーん、王妃に対して「だって」は止めましょう、カーミラン!
「ゲースが何かしら?」
王妃、お優しい! 注意せず、聞いている!
「殿下は……殿下は……」
再び、ボロボロっとカーミランの瞳から涙がこぼれ落ちる。
見かねた王妃が自身のハンカチを渡す。
受け取ったカーミランは御礼を言い、そのハンカチで……鼻をかんだ。
鼻をかんだ王妃のハンカチはテーブルにおき、自身のハンカチを取り出すと、こぼれる涙を拭った。
……。
えっと。鼻をかむなら、自分のハンカチにしたら、カーミラン!
ずっとツッコミどころが満載で、私はハラハラしている。なんだかずっとツッコミ担当をやっている気分だ。現に私の横ではカルヴィンが、もはや喜劇を見ているかのように、笑いをかみ殺していた。
この後はどうなるかとカーミランを見ると、涙を拭った彼女が、またもや口を開いた。
「殿下は、私に、とんでもない一言を放ったのです!」
いや、とんでもない一言以前に、カーミラン、あなたが今、とんでもない言動てんこ盛りですからね!
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続きは明日、14時までに『悪役令嬢は納得する』を公開します。
ご無理なく、ご都合のあうタイミングでご覧くださいませ。