悪役令嬢は推理する
厩舎の扉の前には、本がびしっり詰まったチェストが置かれていた。これは持ち上げるのは無理で、押して移動させ、扉を開けることになった。
扉を開けてくれたのは、カルヴィンの同僚というより、部下である王立ブルー騎士団の騎士達だ。ニュースペーパー売りの少年たちは、ちゃんと金貨に値する仕事をしてくれていた。この場にはいないが、二人のニュースペーパー売りの少年には、屯所にいた騎士がカルヴィンに代わり、ちゃんと金貨を渡してくれたと言う。
こうしてようやく、厩舎から出ることができた。
開いた扉から外へ出て、そこに沢山の人がいると分かり、もうビックリだ。
広がる牧草地にいたのは、多数の騎士に加え、コール公爵家に仕える警備の兵士達。爵位に応じ、私兵は一定数保有することが認められている。その兵士達を引き連れ、父親と兄も駆け付けてくれていたのだ!
「カルヴィン上級指揮官。団長の指示で、この周囲の騎士団の屯所に詰める騎士達が、実行犯の捜索に当たっております。犯人と思われる一味の情報が入りましたら、すぐにご報告しますが、その、真犯人の件で……」
そこでその騎士は、チラリと私を見る。これは私に聞かせたくない話なのだろうと悟り、カルヴィンのそばを離れた。その足で私は、父親と兄のところへ向かった。
既に二人とは救出された瞬間、無事を喜び合うハグを終え、何が起きたかについても話していた。真犯人の目的や、彼らが何者なのか、その予想も伝えている。これを聞いた兄は比較的冷静に受け止めたが、父親は怒り心頭だった。
「女性用乗馬服に反対の保守派の奴らだと!? 文句があるならば、正々堂々、議論をこちらへ持ち掛ければいいものを! エリノアを攫い、その名誉を傷つけようとするなど、ありえん! 鬼畜の所業だ! 許せん!」
父親は鼻息も荒く、月明かりの下でも顔が真っ赤になっていると分かる状態だ。さらに父親は、こんなことまで言い出す始末。
「コール公爵家の名にかけ、実行犯も真犯人も絶対に捕らえてやる! 我が家に仕える兵士達には、犯人を生きて連行したら、昇進と終身雇用と公爵邸の敷地内に離れを与えると約束している。遺体の場合は、爵位の授与を、国王陛下に願い出るつもりだ。生きていることを後悔させてやる……」
もう目の中で炎が燃え上がっているし、名誉を重んじるこの乙女ゲームの世界にて、爵位の授与は最大の褒賞。つまり父親は、完全に私刑に処そうとしている……! 名誉を汚された場合に限り、国に申し立てをすることで、私刑が認められる場合があった。父親がその許可を既に得ているのは、さすがコール公爵家。筆頭公爵家の名を、余すことなく活用した結果だろう。
「コール公爵、ロードリッヒ、そしてエリノア嬢。現場の検証は部下に任せます。我々は帰りましょう。……真犯人ついて少々話したいので、できれば公爵家の馬車に、自分を乗せていただきたいのです。それは可能ですか?」
「勿論だ、サー・カルヴィン! 馬車は四人乗りだが、ゆとりがある作りだ。問題ない。さあ、ロードリッヒ、エリノア、屋敷へ帰るぞ!」
こうして父親の隣に私、父親の対面に兄、その隣にカルヴィンが座り、馬車が動き出した。
まずは父親がカルヴィンに対し、私を救出するために迅速に動いてくれたこと、私のことを見つけ出してくれたこと、その御礼を長々と述べる。短めは再会した瞬間に述べていたので、今回は熱い感謝の気持ちを余すことなく伝えることにしたようだ。次に私にも話した、あの「生きていることを後悔させてやる……」という件も聞かせた。
これを聞かされたカルヴィンはさすがに驚き「落ち着きましょう」と、父親を宥める。だが父親の怒りは再熱しており、「狡賢い奴らめ! 卑怯だ!」と、止まらなくなりそうになっていた。すると兄が「父上、今は重大な話があったはずです!」とそれを制する。さらにこう、畳みかけた。
「父上、カルヴィンは真犯人について話したいと言っていたはず。その話を聞かなくてよいのですか?」
「おおっ、そうだった。して、サー・カルヴィン。真犯人の尻尾を掴んだのか?」
膝を叩いた父親が、その体をカルヴィンの方へ向ける。
カルヴィンは「はい」と頷いた後、その整った顔に、困惑の色を浮かべた。なぜ困惑しているのかと思ったら……。
「自分の指示で、ニュースペーパー売りの少年は、真犯人である令嬢を乗せた馬車を自転車で追跡しました。辿り着いたのは……デンバー男爵の屋敷でした」
「デンバー……だと?」と父親。
「デンバー男爵といえば、父上。その娘が、ゲース第三王子の新しい婚約者になったのでは?」と兄。
「そうですわ、お兄様、正解です。デンバー男爵の娘、カーミランこそ、ゲース第三王子の新しい婚約者に相違ありませんわ!」と私も叫ぶことになる。
「ゲース殿下の新しい婚約者は、女性用乗馬服に反対なのか?」
父親が首を傾げるが、それは違うと思う。
カーミランが興味のあるのは恋愛であり、何より今は妃教育でいっぱいいっぱいで、女性用乗馬服のことなど、どうでもいいはずだ。女性用乗馬服に反対する保守派に賛同するとしても、自身が動くことはないだろう。そんな時間はない。
つまりカーミランは……女性用乗馬服に反対とは無関係に、私の名誉を貶めようとした。そのために人を雇い、私を攫わせ、あの厩舎に閉じ込めた――これが正解に思える。
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続きは明日、13時までに『悪役令嬢はあの方に会う』を公開します。
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