悪役令嬢のハートに怒りが灯る
乙女ゲームの世界に転生している!と気づいたのは、落馬しかけた時のこと。
あれはまさに九死に一生を得る体験だった。
由緒正しき筆頭公爵家の令嬢である私、エリノア・コールは、十歳にてヒロインの攻略対象の一人であるゲース第三王子の婚約者に選ばれている。勿論、政略結婚の一環で。その時から妃教育が始まり、マナー、教養、ダンス、そして当然だけど、乗馬も習っている。
王侯貴族は、狩りをスポーツとして楽しんでいた。そして彼らの伴侶たる婦女子は、ギャラリーとしてその狩りに付き添うことが多い。その際は馬に乗って、狩りの様子を見守るそうなのです、この乙女ゲームの世界では。
その時、エリノアはいつも通り、自身の愛馬である栗毛のマロンに横乗りして、母親共々、狩の様子を見守っていた。狩りは町中では行わない。自然豊かな森で行われる。当たり前のように虫はいる。
春先のこの時期、蜂も活発に活動していて……。
愛馬マロンは蜂にチクッとされ、急に暴れたため、エリノアは落馬しそうになったのだ。
あの時は本当に死ぬかと思った。
馬は人間より大きいし、その背に乗れば、高さはかなり出る。例え馬を走らせていないとしても、そこから落ちれば、怪我をする可能性もあった。ほっそり手足のエリノアだったら、骨折してもおかしくない。
首の骨を折り、ぽっくり逝く事態だって、起きないとは言い切れなかった。
ともかくそのドキッと体験を経て、前世日本人の私の記憶が、覚醒したわけだ。私は、悪役令嬢エリノアが登場する乙女ゲーム『乙女は恋するラブキュンキュン』のプレイヤーだった。
悪役令嬢転生ものと言えば、天蓋付きベッドで目覚め、覚醒が定番に思える。まさか落馬の危機で覚醒って、急展開過ぎると思った。けれど急展開は、そこだけではない!
婚約者である第三王子ゲースの誕生を祝う舞踏会は、明日の昼間に行われることになっていた。舞踏会は夜のイメージだが、みんなまだ学生で、お酒も飲めない。よって昼間から誕生日会をメインにした舞踏会を行うそうで……。
ゲースの誕生を祝う舞踏会は、エリノアが断罪されるイベントの一つである。もしヒロインが、彼を攻略対象に選んでいたら、断罪イベントとして、この舞踏会が行われる。そしてそれは明日の昼間に行われるわけだから……ヒロインが絶賛攻略中の相手は、ゲース第三王子で確定だ。
引き継いだエリノアの記憶を確認した私は、歯軋りする思いになる。
ゲースがヒロインに選ばれてしまった!
しかもヒロインいじめはしっかり行っているし、ヒロインとゲースの仲は深まっている。いろいろな回避行動は今さら無理……という状況だった。
どうしてこんな差し迫った時に、私が覚醒するの!?
そう、考えもしたけれど、そんな緊急事態だからこそ、覚醒したのだろう。
前世で『乙女は恋するラブキュンキュン』をプレイしていたのだから、その時の記憶を思い出し、なんとか回避するのだー!……という生存本能により、こんな直前で覚醒したに違いない。
この辺りの事情を推察してしまうと、仕方ないと思えてしまうが……。
「エリノア、なんて声を出したんだ!? 今、軽食会場に行ったら、お前の素っ頓狂な声の話で、持ち切りだったぞ! 公爵家の令嬢でありながら、そんな声を出すなんて。しかもお前は、第三王子の婚約者なんだぞ!」
休憩用に各家が用意したテントの中に、狩り用の黒のセットアップを着た父親が入って来る。一方のモスグリーンのドレスを着た私は、落馬ショック&前世記憶覚醒のため、テントの中のカウチで横になっていた。
いきなり落馬しそうになり、大声が出てしまったことを父親に注意され、思わずムカッときた。
こちらとしては、明日の昼に迫る断罪問題で頭が痛いのに。咄嗟にあげてしまった悲鳴についてまで注意を受けるなんて、なんだか理不尽に思えてしまう。
私のハートに、怒りの炎が灯ってしまった。
「蜂に刺されたようなのです、マロンは! だから驚いて急に体を動かし、私が落馬しそうになったのです。怪我がなくて良かったと言われるならまだしも、挙げた悲鳴について注意されるなんて、納得いきませんわ!」
「な、なるほど。それは……災難だったな。無事でよかった」
父親はひるむが、私の怒りは収まらない。どうしても気になる、アノの件について、ぶちまけることにした。
「お父様。それにおかしくないですか?」
「!? 何がおかしい?」
「そもそも馬に乗るのにスカートって、おかしくないですか?」
前世の私が生きた時代では。女性の横乗りは廃れ、スカート着用で乗馬なんてことは、なくなっている。その感覚からすると、スカートで横乗りは納得できない。
まさに悲鳴を注意され、怒りが飛び火する形で、スカートのことを持ち出してしまった。父親であるコール公爵は、突然スカートがおかしいと私が言いだしたので、驚き、固まっている。
「今後、狩りに同行しろというのなら、スカートではなく、ズボンを履かせてください!」
「な、女子がズボンを履く、だと!?」
「我が家は筆頭公爵家ですよね! 我々筆頭公爵家が『女子は乗馬時、ズボン着用を認める!』となれば、この世界の貴族の令嬢は全員、それに習いますよ。みんな本当は、スカートよりもズボンがいいと思っているはずです。『女子も乗馬時、ズボンだ~!』とお父様が声をあげれば、英雄になれます」
「英雄……?」父親の目がキランと輝いた。
コール公爵家は筆頭公爵家であり、財もあれば名誉もあるが、武功についてはいまいちだった。つまり、歴代のコール公爵家の次男以下は騎士に従事しているものの、戦場において“英雄”と呼ばれる活躍をしたことがない。その活躍がないまま、乙女ゲームの世界だけに、平和な世の中になってしまった。
もはや“英雄”という言われることはないと、コール公爵家の歴代当主たちは、あきらめていたわけだけど……。
もし、父親がここで、女子の乗馬時のスカートを改め、ズボン着用を推奨したならば!
この世界の婦女子達は間違いなく、父親を英雄視すると思った。だって、その方が動きやすい。いざとなった時、スカートが絡まったり、引っかかることもないのだから。
それにエリノアの社交力があれば、「女性の馬乗りスタイルを変えたのは、私のお父様です。お父様は、この国の英雄です」とあちこちで口にすれば、それはすぐに広まると思ったのだ。
「お父様。ここで凡庸なコール公爵家の当主で終わるのか。英雄と言われるコール公爵家の当主として名を歴史に刻むのか。これは分かれ目だと思います。それにですね、女性が乗馬時にズボンを着用することで、商機があります」
「な、何!? 商機まであるというのか……!」
当然だ。スカートではなく、ズボンを着用するのだから。そもそも表に見せていいようなズボンなんて、令嬢達は持っていない。ズボンの需要はこれで一気に高まる。つまり女性用乗馬服を作れば、バカ売れするというわけだ。
「なるほど。男性の乗馬服を意識した上着は女性もある。だが女性用の乗馬用のズボンなど存在していない。そこで女性用乗馬服として、お洒落なデザインのものを大量に作り、一気に王都で広めてしまうと」
コール公爵家は筆頭公爵家であり、財もあれば名誉もある――この財=商才があるということだ。コール公爵家は、様々な産業の商会を所有していた。
「お父様がお持ちの商会には、衣料品を扱うお店がありますわよね? 王都だけでも十店舗はあるのですから、そこで一気に販売すれば、ブームを起こすことができますわ!」
もう父親の目は、これから手に入るであろう英雄の称号と金貨で、輝いていた。
「まさかエリノアにそんな商才があるとは、思ってもいなかった。いつも高飛車で毒ばかりはく。見た目だけは母さん譲りの美女だが、性格だけはどうにもならなんと思っていた。しかもさっきも文句から始まったから、どうなるかと思ったが……。いやはや、恐れ入ったぞ!」
なんというか、悪役令嬢エリノアが毒舌なのは、父親が結構平気で毒をはくタイプだからなのでは!?と思いつつも、褒められたことは嬉しい。自然と喜びの気持ちが言葉になる。
「そう言っていただけると、嬉しいですわ、お父様!」
思いっきり笑顔で言うと、父親の顔がサーッと青ざめる。
え、何です? この反応。
エリノアは実の父親が言う通り、性格に難ありだが、乙女ゲームの悪役令嬢らしく、美女のはずだ。そんな青ざめる程、笑顔がキモイはずはないのですが!?
困惑し、引きつった顔になる私に、父親は理由を教えてくれた。
「エリノア、お前はこういう時、そうではないだろう? いつも通りでいい。急にそんな風に笑われると、何か裏があるのではないかと、怖くなる」
父親はブルっと体を震わし、自身の手で腕をさすっている。
いつも通り……。
ゲーム画面で見慣れた、いつも通りの悪役令嬢エリノアを思い出す。
ああ、そうか。そいうことですか。
そこで私は仁王立ちとなり、腰に手を当てる。
「おーっほっほっ、当然ですわよ、お父様! 私を誰なのか、お忘れですの? 筆頭公爵家のエリノアですわよ。これぐらいのこと、ちょっと考えればすぐに分かること。逆に思いつかないお父様のおつむの弱さに、仰天ですわ~」
「むむむ、実の父親に向かい、本当に失礼な奴だ! だがまあ良い。女性用乗馬服は金になると分かった。良し、善は急げだ。早速動くぞ」
父親は既に頭が女性用乗馬服に向かっているようで、私に背を向け、テントから出て行く。
その後ろ姿を見ながら思う。
エリノアは、悪役令嬢としての役割を求められている。だからこそ父親は顔色を変え、いつも通りに振る舞うことを求めた。それはつまりいい子を演じても「違う」と思われてしまうということだ。それならばきっと、明日に迫った断罪の場を回避するため、悪あがきしても……。無駄かもしれない。
むしろ悪役令嬢エリノアそのままで、婚約破棄を受け入れつつ、既にしてしまったあれやこれやの妥当性を認めてもらう……しかなさそうね。
こうして私はその日を迎え、婚約は円満解消、断罪は回避できた。これは奇跡だと思う。
その奇跡から一週間経ったその日、意外な人物からの呼び出しがかかった。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回「悪役令嬢は悟る」は
今日の13時までに公開いたします。
年始で皆様お忙しいと思うので、ご都合のあうタイミングでご覧いただけると幸いです~