悪役令嬢は“うっかり公爵令嬢”?
「これは、君の名誉を失墜させることが、目的だ」
カルヴィンはそう言うが、私の名誉……?
人攫いに厩舎に閉じ込められるなんて、ドジ過ぎる。まさに“うっかり公爵令嬢”とでも揶揄され、私の名誉が失墜する――そういうことかと彼に尋ねると。
「エリノア嬢はしっかり者なのに。そんな可愛らしいことを言うとは。うっかり公爵令嬢! それは愛らしくていい呼び名だ」
そう言って快活に、カルヴィンは笑う。
月明かりにも関わらず、彼が見せる白い歯が、輝いているように感じる。
ひとしきり目の保養になる笑顔を披露した後、カルヴィンは真剣な表情になった。
「この世界の高位な身分の者達が重視するのは、名誉だ。王族なんて、そこが最たるものだろう? 不敬罪。体のどこかを傷つけられるわけではない。目に見えるわけでもない名誉が、汚される――そのことをとても嫌がる。考えてみて欲しい、エリノア嬢。君が屈強な体躯の男に攫われた。一晩、厩舎に閉じ込められていたとなった時。どんな噂が立つか」
「それは……」
未婚の公爵家の令嬢が男に攫われ、厩舎に閉じ込められとなれば、手籠めにされたと思われても仕方ない。そんなことはないといくら否定しても、疑われる。そして何もなかったと証明することは難しい。
「もし婚約話や結婚の話がでていたら、ご破算になる可能性もある。エリノア嬢の名誉は、大いに傷つくことになる」
私が黙り込んでいたので、カルヴィンが代わりに言葉にしてくれたが、まさにその通りだった。
「……地味な嫌がらせではなかったということですね。とても卑劣です」
「自分もそう思う。騎士だって名誉を重んじるからな。名誉を汚される重みはよく分かる。とてもひどいやり方だと思う」
そこでハッと気づく。
「な、え、どうしましょう、カルヴィン様。私と閉じ込めれたとなると、カルヴィン様の名誉が……私のせいで」「エリノア嬢!」
「は、はいっ」
「エリノア嬢は、お人好し過ぎる。自分の名誉より、エリノア嬢自身の名誉を考えるべきだ。変な噂が立ち、結婚できない貴族の令嬢の行く末は……。例え自分が騎士としての名誉を失っても、それでも伯爵家の次男だ。まだなんとかなる。心配なのはエリノア嬢の方だ」
そうかーと思う。
ゲースと婚約破棄し、もうしばらく婚約や結婚は、と思っていた。
それでもいつかは、結婚するだろうと思っていたのだ。
でもこの世界、訳ありで結婚できない貴族の令嬢の行く末は……修道院に入れられたり、ひっそり慈善活動や教育活動に従事したり、宮殿で職を得ることができたらラッキーといった感じか。
結婚適齢期を逃し、婚期を逃した……とは違うのだ。
どうしても負のイメージがつきまとうし、腫れものを扱うようにされ……。
「そんな心配な顔をしなくてもいい。まず、自分がすぐに救出したことになる。だからエリノア嬢は、男達に何もされていないと、自分が証明できるだろう。次に自分は、ただの騎士ではない。王立ブルー騎士団の上級指揮官だ。もし、エリノア嬢と閉じ込められたからと言って、あらぬ疑いをかけられることがあれば……。その時は団長を通じ、そんなことを言っている奴に、徹底抗議する。国王陛下に、名誉を棄損されていると申し出るさ。貴族ならみんな、国王を敵には回したくない。だから大丈夫だ」
「そうなのですね。……それを聞けて、安心できました。それは私自身もそうですが、カルヴィン様の名誉も守られることになるので。私の父親だって、変な噂が立てば、公爵家として抗議すると思います。私だって声をあげます。ですから大丈夫ですよ、カルヴィン様! ちゃんと騎士としての名誉は守られますから!」
するとカルヴィンは「ぷっ」と吹き出して笑い出す。
私の推しは表情豊かだわ~。
「さっきまで自分の指摘で、ご自身の心配をされていたはずなのに。もうご自身のことではなく、自分のことを心配してくださるとは。……エリノア嬢は、本当に」
そこでカルヴィンは、なんとも甘い顔になり、流し目を送って来た!
これは、確信的な行動だと思う。この流し目は、令嬢を瞬殺するための仕草だ!
さすが、私の“推し”だわ。こんな必殺技を持っているなんて。彼がヒロインの攻略対象だったら、ヒロインの方がイチコロだと思う。……でもカーミランをイチコロにするカルヴィンを見るのは嫌ね。攻略対象ではなくてよかったわ。
そんな余計なことも考えたため、急激に全身の血流がよくなり、もう心臓がバクバクしていた。
「エリノア嬢」
「な、なんでしょうか、カルヴィン様」
「いざとなれば、奥の手の解決策もある」
これには「?」となってしまう。
意味深な笑みを浮かべたカルヴィンが、おもむろに口を開く。
「エリノア嬢は、婚約者がいない身。そして自分も婚約者がいない身で……」
そこで言葉を切ると、カルヴィンの表情が引き締まる。
どうしたのかと思い、口を動かそうとすると、彼の指で優しく唇を押さえられた。
まるで「しーっ」と合図を送るように。
もう心臓が止まるかと思った!
カルヴィンは真剣な表情のまま、耳を澄ましている。
とにかく私はじっとして、音を立てないようにした。
この心臓の爆音は……聞こえていないことを祈るのみっ!
「ヒューイッ」
カルヴィンは、鳥のような鳴き声で口笛を吹いた。
突然何かと思ったが。
「ヒューイッ」
まるでカルヴィンの口笛に呼応するような鳴き声が、聞こえている。
鳴き声……なの?
驚く私にカルヴィンは、完璧なウィンクをしてみせた。
「どうやら仲間が、駆け付けてくれたようだ」
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続きは本日、20時までに『悪役令嬢は推理する』を公開します。
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