悪役令嬢は首を傾げる
「私とカルヴィン様をこの厩舎に閉じ込め、犯人達は今、どうしているのでしょうか?」
「そうだな。逃走しただろう」
「え?」
そこでカルヴィンは腕を回しながら、話を続ける。
「自分が着ている隊服を見て、王立ブルー騎士団の人間であることは、気づかれていると思う。犯罪者はあまりに騎士団を相手にしたくないはずだ。何せ騎士団は、国のあちこちに屯所があり、真面目な奴が多い。人相書きが出回れば、真剣に探す。騎士団が関与しているなら、手を引きたいと、逃げた可能性が大きい。……それにどうも犯人の目的がいまいちわからないんだ。ちなみにエリノア嬢は、犯人に心当たりは?」
尋ねられた私は、さっき自分が考えた推測を披露した。つまり身代金目的の誘拐や売り上げ金を狙ったものでもなく、怨恨ではないかと。そして今、私を恨んでいるであろう者たちの存在について聞かせた。するとカルヴィンは……。
「なるほどな。怨恨の線で、女性用乗馬服に反対する保守派の……まあ、貴族だろう。となると犯人の目的は“嫌がらせ”だな。エリノア嬢を害することやお金が目的ではない。そうなるとますます、自分達をここに閉じ込めた犯人は、逃走したと思う。真犯人の実行犯への指示は『この厩舎にエリノア嬢を閉じ込めておけ』のはずだから」
「なんだか中途半端ですよね。地味に嫌がらせするぐらいなら、いっそ、売り上げを盗むぐらいすればいいのではと思ってしまいます。私はこんなことで、女性用乗馬服を諦めるつもりはないですし」
するとカルヴィンは、爆笑する。
私の推しはよく笑うけど、こうやって爆笑している時でさえ素敵なんだから!
あ、これって、いわゆる推しフィルターが起動しているかしら?
「そんな言葉を言えるのは、エリノア嬢だけだと思うぞ。他の令嬢であれば、今だって怖くて涙をボロボロこぼしているかもしれない。もう一人で外出できないわ……って。攫われることだけでも、恐怖を植え付けることになる。その上でこんな人がいないような、しかも明かりもない厩舎に一人閉じ込められたら……エリノア嬢以外の令嬢なら心が折れ、十分、効果があるだろうよ」
この指摘には「なるほど」と思ってしまう。なぜ自分がこんなに落ち着いていられるのか……。落ち着いて当然だった。だって今は一人ではない。そばにカルヴィンがいるのだ。王立ブルー騎士団の上級指揮官のカルヴィンが! しかも私の推し!
もしカルヴィンがいなければ、私だって泣いたり……したのかしら? 悪役令嬢が泣くイメージってないのよね。こんな時でも「おーほっほっ、大したことでなくてよ」と笑っていそうだから。つい余計なことを考えてしまうけれど、そうではないわね。
「今、私が落ち着いていられるのは、カルヴィン様がいてくださるからです。もし一人だったら……きっとこの干し草の上で丸くなり、泣いていたと思います」
「それはないだろうよ。何せ自分が駆け付けたら、まるでそれを察知したかのように、扉の辺りで何かしていたのだから。最初は犯人が扉の内側にいるのではないかと、気が気ではなかった。扉に耳を近づけ、音を探り、どうも犯人ではないと気づいた。エリノア嬢、君は例えここで一人でも、絶対に心は折れないだろう」
うっ、これは褒められているのかしら? 図太いと言われているような気もする。まあ、私、メンタルがタフなのかもしれない。
「エリノア嬢のような芯の強い令嬢とは、そうはめぐり逢えない。自分としては幸運だと思っている。何せ自分の人生を変えたのは、エリノア嬢なのだから。今の自分があるのは君のおかげだ。前にも話した通り」
そこでカルヴィンは、月光に照らされた碧い瞳をそっと細め、神々しい笑みを浮かべる。それだけでも心臓が大いに反応する事態なのに、彼は私の頬に手を伸ばす。乱れた髪が頬についていたようで、それを耳にかけると……。
私の頬をその手で包み込んだ。
ドクンと胸が大きく高鳴ったのは、一瞬のこと。
剣を扱う手であるが、そんな風に思えない、細い指と滑らかな肌をしている。それにほんのり温かい手が頬に触れているだけで、なんだか安心できた。自分以外に、確かに生きて呼吸している人がそばにいる――その手の温かみから、命を感じることができる。これは言葉では説明しきれない、深い安堵をもたらしていた。
「しっかり者のエリノア嬢には、自分の助けなんて不要かもしれない。でも困っている時は、いつでも頼ってくれ。昔の自分と違い、今の自分は体力もあるし、武術の腕も上げた。公爵家には及ばないが、伯爵家の人間だし、騎士団で上級指揮官も務めている。少しぐらいは、頼りがいがありそうだろう? かつての自分より」
「ここ最近、何度もカルヴィン様には助けられています。舞踏会でも、宮殿でも。そして今も」
「今は……犯人にまんまと出し抜かれ、閉じ込められてしまったがな。……でも、エリノア嬢と二人で閉じ込められるのは、悪くないかな。むしろ……」
そこでカルヴィンは「そうか!」と、私の頬から手を離す。さらに「分かったぞ、エリノア嬢」と、今度は両手を伸ばし、私の肩を掴んだ。
「犯人の狙いが読めた」
「!? 地味な嫌がらせではないのですか?」
「嫌がらせだ。だがそれはただ単に、打ち捨てられた厩舎に、エリノア嬢を閉じ込めておくだけではない」
首を傾げるとカルヴィンは「これは、君の名誉を失墜させることが、目的だ」と指摘した。
お読みいただき、ありがとうございます!
続きは明日、7時までに『悪役令嬢は“うっかり公爵令嬢”?』を公開します。
ご無理なく、ご都合のあうタイミングでご覧くださいませ。