悪役令嬢は神ショットを目撃する
私の手首を縛るロープを短剣で、こちらも慎重に切りながら、カルヴィンは厩舎に到った状況を、このように説明してくれた。
「ロードリッヒとコール公爵から、今日は女性用乗馬服の発売を祝い、盛大な夕食にするから、良かったら顔出すといい――という連絡をもらっていた。盛大な夕食って、きっと晩餐会並みになりそうじゃないか。楽しみに今日の任務をこなした。だが豪勢な夕食になる理由は、女性用乗馬服の発売を祝うからだ。もう店は閉まっているだろう――とは思ったけれど、宮殿の近くに本店があることは知っていた。だから向かってみることにしたんだ」
到着すると店の入口の扉には「CLOSE」の札が出ている。だが店内には明かりがついていた。もしやまだ私達が中にいるのではと思い、裏口に回ろうとしたら……。
「大きな麻袋を担いだ、従者らしき男が出てきた。その後ろをフードを目深に被った令嬢が続いている。何か荷物の搬入でもしているのかと思ったが……。自分は騎士をしているから、あの担ぎ方と担いでいる物の形状から、それが何であるか分かってしまった」
「つまり人を担いでいると、分かったわけですか」
カルヴィンは頷く。そこで後をつけることになったが、困ったことになる。
任務中でもないので、カルヴィンは一人だった。
だが従者は荷馬車に乗り込み、令嬢は馬車に乗り、それぞれ別々の方向に向かったのだ。
「どう考えても、人を攫った従者を追うことになる。人命救助は優先事項だ。ただ、ピンときた。従者は雇われで、真犯人はあの令嬢だと。あの従者は、金で雇った実行犯に過ぎない。真犯人を逃がすわけにはいかないと」
そこでようやく手首を縛るロープもはずれた。
カルヴィンは当たり前のように私の手をとり、手首の様子を確認している。実は足首の時にもそうだったのだけど、彼に触れられると、なんだか落ち着かない。
それは仕方ないわよね。この世界での私の“推し”なのだから。
「立ち話もなんだ。座りたいところだが……何もないな」
「あ、それでしたら私がいた馬房には、干し草がありました。私はそこで、横になっていたのです。ソファには程遠いですが、座れると思います」
そこで干し草がこんもり敷かれた馬房に向かうと、カルヴィンは「これはいい。なんだか子供の頃を思い出す」と、いきなり干し草の上に大の字になった。
「子供の頃というか、カルヴィン様が今、子供みたいですね」
「そうか」
と起き上がり、干し草をはらうように、自身のサラサラの髪に触れるカルヴィンは……。
うーん、私の“推し”だけある。普通に、カッコイイわ! しかも干し草の上に脚を伸ばして、上半身を起こしているというそのポーズも、何気に素敵に見える。って、結局カルヴィンは、何をやっても絵になるのだと思う。
しみじみ感動しながら、カルヴィンの隣に腰をおろす。
するとカルヴィンは、先ほどの話を再開させた。
「真犯人を追うか、実行犯を追うか。困ったが、丁度そこに、ニュースペーパー売りの少年が二人いた。そこで『あの馬車の行き先を掴んだら、王立ブルー騎士団の詰め所へ行くんだ。カルヴィン・エド・ヘースティングズという名前を出し、その令嬢が何者であるか調べるよう、詰所の騎士に伝えて欲しい』とまず一人に頼んだ。もう一人には『騎士団の詰め所に向かい、カルヴィン・エド・ヘースティングズの伝言として、今から言うことを伝えて欲しい。王都の東部に向かう。印を残すから、跡を追うように』と言付けをお願いした。勿論金貨を渡し、成功報酬も約束したから、二人は喜んで駆けだしてくれたよ」
こうしてカルヴィンは、実行犯の追跡を始めた。自分を追ってくれる騎士に、印を残しながら。コールブティック本店の誰かを攫った犯人を、カルヴィン追ったのだ。
ちなみに追跡の最中、知り合いの騎士に、偶然にも会えたのだという。そこで我が家への伝言も、お願いしてくれていた。
もしニュースペーパー売りの少年が金貨に値する働きをしなくても、私の父親が動いてくれるので、万全の体制をとれたわけだ。ここら辺の采配はさすが上級指揮官、私の推しのカルヴィン!と嬉しくなってしまう。
こうしてカルヴィンは、厩舎の近くまで来たものの、あまりにも何もない場所。
しかも街道からそれており、馬車や人の往来もほぼない。
すぐに攫われた人間を助けたいものの、迂闊には近づけないと、しばらく時間をおき、そして満を持して追跡を再開。
既に追っていた荷馬車の姿はない。だがどう考えてもここ(厩舎)か、古い家に、攫われた人間と犯人がいるだろうと判断できた。
そこからは、さっき話してくれた通り。
まずは古い家を確認し、そして厩舎の様子を探ったわけだ。
「カルヴィン様が探って見つけられなかったということは、犯人は隠れるのが巧妙だったのですね」
「古い家の方は、中まで踏み込まなかった。だが多分、地下室があったのだろう。自分が来たことに気づき、そこに隠れてやり過ごした。そこはきちんと確認しなかった、自分のミスでもある」
「そんな! ミスだなんて。カルヴィン様は、最善を尽くしてくれました。あの場で足首のロープをはずさないで、私を担いで移動中に矢で狙われたら……それこそ私は身動きがとれず、面倒な事態になったと思います」
するとカルヴィンは、月光で照らされた碧い瞳をこちらへ向け、首を傾げる。
「お姫様は完璧な救出を、王子様に求めるのでは?」
「私はお姫様ではないですし、こちらに応援が向かってくれているなら、後は到着を待つだけです。そしてその手筈をされたのは、カルヴィン様。なんでもかんでも完璧にできる人なんて、そうはいません。カルヴィン様お一人でここまで辿り着き、今こうやって私のそばにいてくださる。それだけでも十分です。私にとってカルヴィン様は、ヒーローですよ」
「エリノア嬢は優しいね」
カルヴィンが私の手をとったと思ったら、甲へとキスをするので、ドキッとする。
前世では“推し”に触れるのも、触れられるのも、無理なことだった。
それを思うとこの世界は、最高だわ~。
脱線しそうになるし、頬も緩みそうになるので、神妙な顔つきで彼に尋ねる。
「ところで犯人達は地下室へ隠れ、荷馬車はどうしたのでしょうか?」
既に私の手を離し、何事もなかったようにしているカルヴィンは、両手を干し草につくと、その顔に月光を浴びながら答える。……何気に神ショット!
「……実行犯は複数人なのだろうな。おそらく荷馬車は、ここでエリノア嬢をおろすと、立ち去った。荷馬車は目立つから。古い家に残った者達は、一応は見張りだったのだろう。後で仲間が迎えに来る手筈になっていたと思うな」
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続きは本日、21時までに『悪役令嬢は首を傾げる』を公開します。
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