悪役令嬢はふがふがする
「います! コール公爵家のエリノアがここにいます!」と言いたかったのだけど、布を噛まされているので、「ふがふ! ふがふぐうふがっふうふがふがふがふが!」としか言えなかった。
これでは伝わらないと、扉に何度か体当たりすると「分かった、分かった。エリノア嬢だな。そこにいると分かったから、ちょっと待つんだ」「ふがっ!(はいっ!)」と返事をして、扉から離れる。
ガタンと音がして、しばらく待つと、扉が開き、そこには――。
王立ブルー騎士団の上級指揮官に着用が認められている、オリエンタルブルーの隊服。襟、袖、裾にあしらわれた白のラインが、目にも清らか。
そう、これを着ている私の知り合いは、カルヴィンしかいない!
私の頼れるこの世界の推しであるカルヴィン!
まさかここで登場してくれるなんて、やっぱり彼は神だわ!
「ふがふがふが!(カルヴィン様!)」「落ち着いて、エリノア嬢。今、全部外すから」
ブロンドの髪を揺らし、私に駆け寄ったカルヴィンは、すぐに私の口から布を外してくれる。
「カルヴィン様、ありがとうございます! 犯人は近くにいないのですか!?」
「いないと思う。ここは、王都の中心部から、一時間程馬を走らせたら着くような場所だ。周囲には牧草地が広がっている。この厩舎は、何年か前に、打ち捨てられたもののようだ。中に馬は、いないだろう? 周囲に一軒だけ古い家屋があり、先に確認してみた。だがそこも無人だった」
カルヴィンは短剣を取り出し、しゃがみこむと、私の足首のロープを切ろうとしていた。ロープはかなり、しっかりしているようだ。カルヴィンは力をいれたいだろうが、私の足に傷をつけてはいけないと、慎重に対処してくれている。
「ということは、犯人は近くにいないのですね」
「自分が見た限りはな。それに古い家屋の方にも、馬はいなかった。王都の中心部からここに来るのには、馬は必須だ。その馬もないとなると、ここにエリノア嬢を放置し、犯人は去った可能性が高いと判断した」
周囲は牧草地のような場所に私を放置して、餓死でもさせるつもりだったのかしら……?
「確かにここに閉じ込められたら……叫び声をあげても、助けは来ないだろう。それにこれだけロープで手足をきっちり結わき、厩舎の出入り口の扉に閂をかけておけば……公爵令嬢がここから逃げ出すのは、まず無理だ。自分のような助けが来ない限り。犯人の目的は分からない。だが見張りもなしで、ここに放置したということは……。エリノア嬢は逃げない――逃げられないと、犯人は判断したのだろうな」
ここでようやく、足のロープを切ることができた。
もしカルヴィンが来てくれなければ、絶対に自分でこのロープを解くことは、できなかっただろう。
「ありがとうございます、カルヴィン様!」
「礼にはまだ早い。手の方も外したいが、まずは移動しよう。ここから少し離れた場所に、馬を止めてある。犯人は近くにいないと思うが、厩舎からは離れた方がいいだろう。足首は赤くなっているが、歩けるか?」
「はい。歩けます!」
するとなぜかカルヴィンはクスッと笑う。
「痛くて歩けない――と言ってくれても良かったのに」「えっ」
なんだか甘い会話をした直後に、カルヴィンの表情が突然変わり、ギョッとしたのは一瞬のこと。ものすごく真剣な顔をしたカルヴィンは私を抱きしめ、そのまま厩舎の通路に押し倒したのだ。
これには思考回路がショートする。
あの真剣過ぎる表情と、押し倒すという行動。感情と行動がちぐはぐなカルヴィンに、頭の中は「???」だった。
だが。
ビュン。ビュン。ビュン。
風を切る音が連続で聞こえ、ぶわっと吹いてくる風、ガタンという大きな音。
何が起きたのか理解するには、数秒かかった。
その数秒の間に、カルヴィンは起き上がり、扉に向かったが、間に合わない。
つまり扉は閉じられ、閂がおろされた。
しかもその後もガタガタと音がして、なんというか、扉の前に何か重そうな物を置かれたような気がしたのだ。これはまるで扉を内側から開けられないよう、塞がれた感じだった。
「やられたな。すまない、エリノア嬢。閉じ込められた」
カルヴィンは扉の前から私の方へ移動すると、すぐに立ち上がらせてくれた。
そして私の乗馬服についた汚れをはらい、何が起きたかを説明してくれる。
「騎士をしていると、常に背後には、目を配るようになる」
「え、カルヴィン様はずっと私と会話をしながらでしたが、背後を気にしていたのですか?」
「そうだな。これはもう職業病みたいなもので、気にしていた。それで感じたんだよ。殺気を。すぐに矢が飛んできただろう? ビュンって」
あれは矢の音だったのね! 狩りをする父親に付き合ったことがあるが、でもその時は距離をとっていた。だから実際に矢が風を切る音なんて、今回初めて聞いた。
「矢を避けることを優先した結果、敵に扉を閉められてしまった。しかも扉の前には何か置かれたから、力任せで体当たりして開けるというのも……キツイだろうな。後は……窓があるか」
カルヴィンは一瞬、天井に近い位置にある窓を見上げた。だがすぐに視線を元に戻す。
「でも位置が高いな。……だが大丈夫だろう。自分はここに向かう前、近くにいた者に声をかけておいた。よって救援は、来てくれると思う」
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続きは明日、14時までに『悪役令嬢は神ショットを目撃する』を公開します。
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