悪役令嬢は考える
なんだか芳ばしいような香りに目が覚めた。
体のあちこちに何かチクチクする気配に、覚醒が進む。
同時にいろいろな情報を知覚することになった。
両手を、腰の後ろ辺りで、ロープで縛られている。
両足も、揃えられた状態で、こちらもロープで縛られていた。
口には布を噛まされている。
わずかに感じる動物の匂い。干し草の上に自分が転がされており、かなり高い位置に屋根が見える。ここは……厩舎ではないかと判断した。
え、宮殿に近いブティックにいたのに。
どうして厩舎なんかにいるのかしら?
窓から差し込むのは、月光と星明かりのみ。耳をすますが、物音はしない。私以外、ここには誰もいない。人間しかり、馬しかり。あの時、店内に一緒に戻ったメイドも、ここにはいないように思えた。
念のための確認で「うー、うー」と、布を噛まされているので、唸るような声を出すことになったけれど……。反応は、何もない。メイドがいたら、自身の存在を示すため、同じように声を返してくれるはず。
どうやら攫われたのは、私だけのようね。
えーと、なんで攫われたのかしら?
悪役令嬢エリノアが攫われるシーンなんて、ゲームにはなかった。
エリノア以外が攫われるシーンだって、当然だがない。
そうなると完全に、ゲームに登場することがないイベントが、発生していると思う。
というか、そもそも既にゲームクリア(攻略完了)後の世界なのだ。
イベントも何もないだろう。
攫ったのは間違いなく、従者なのにガタイがよかったあの男だろう。終始無言だったあの令嬢……女が真犯人か。もしくは私を油断させるための、女連れの男による犯行?
目的は何かしら?
公爵家の令嬢を攫うなら、どう考えてもお金目当てよね?
身代金目的の誘拐。
お金でなければ……人身売買。
ただ人身売買であれば、こんな場所に放置しないと思う。
すぐに移動し、地下の売買会場に連れて行かれるか、他の売買される人間と一緒に牢にいれられるのでは?
店の売上金を狙った可能性も考えられる。
でもそれなら金庫の場所・暗証番号・解除方法を私に聞き、現金を持ち出しすぐ遠くへ逃げるはず。私を攫う必要はないと思う。気絶させ、店内放置でいいはずだ。
あと考えられるのは怨恨よね。
私を恨む相手と言えば、カーミラン……ヒロインしかいないと思う。けれどまさか誘拐なんて、するわけがないわ。ゲースとも婚約しているのだし、今さら私を攫う必要はないと思う。
じゃあ身代金目的の誘拐ね。
そこで違うわ、と考えを改める。
ここは前世のような世界ではない。
人が攫われるのは、政治的な局面で邪魔になった人間を消す時や怨恨がメインだ。身代金目的の誘拐はレアケースだった。
私のことを邪魔と思う人物……。
あ、そうか、そうね。
分かったわ。
私と父親は、この世界の伝統に反し、女性用乗馬服を打ち立てた。
同業者は驚くが、これで女性用乗馬服が当たれば、商機となる。早いところウェーブに乗り、自分達も女性用乗馬服を売るだろう。よって同業者が、足を引っ張ったわけではない。
保守派の人間だ。
女性はスカートで乗馬するべし!という、利便性より伝統を重んじる人が、私を攫った――これは可能性としてあるのでは?と思えた。
でも……攫う?
攫ってどうするの? まさか害するつもり?
そこまでのこと、するかしら……?
誹謗中傷のビラをまくとか、店の前に馬糞をまくとか、この世界ならその程度では? それに既に王妃も女性用乗馬服を愛用しているのに、今さら騒ぎを起こしても……。
犯人の目的は分からないけれど、ロープで拘束し、干し草の上に転がして放置。
見張りはいるのかしら?
もし見張りがいないのであれば、絶対にこれで逃げ出せないと、考えていることになる。
もしかしたらここは、王都の中でもかなりさびれた場所……なのかしら?
私が転がされている馬房は、棒があるだけで、簡単に通路に出ることができた。ただし、両足首をロープで結わかれているので、ジャンプしながらの移動になるけれど。
馬房を出て、問題は厩舎自体から出られるかどうかだ。
厩舎の出入り口となる扉は、しっかり閉じられている可能性が大。
馬は貴重であり、馬泥棒にあわないためにも、扉に鍵をかけているのは、当たり前だった。
なるほど。
それならこの状態で放置もよく分かる。見張りもいらないだろう。
馬房から仮に出られても、厩舎から出られないのだから。
参ったな。
攫った後、犯人が私に対し、何をしたいのかも分からない。
ただ、見張りもいないのであれば、逃げるなら今しかないだろう。
この干し草の上で転がっているだけでは、むなしすぎる。
そこでゆっくり立ち上がり、ロープで結わかれているため、両足を揃えてジャンプしながら、馬房を出た。そこから厩舎の出入り口の扉までは、まさにうさぎ跳びで向かうことになる。前世の部活において、神社の階段を、うさぎ跳びで上らされた時のことを思い出す。
部活をやっていた中学時代ならいい。今は公爵家の令嬢なのに。しかもここ、乙女ゲームの世界なのに。なんでうさぎ跳び……。
そう思うものの、扉になんとか到着。
でも布を噛まされているし、鼻息が上がり、心臓はバクバク。
思わず扉に、ドンと結構な勢いで、ぶつかってしまった。
もし、外に見張りがいれば、反応があるはず。
しばらく身を固まらせて待つが、無反応。
というか、静かなものだ。
音がない。厩舎の外から、虫の声が聞こえているぐらいだ。
よし。誰もいないなら、扉が開かないか試してみよう。
こうして後ろ手に結わかれているので、背中を扉に向け、手で扉のあちこちを探っていると。
「そこに、誰かいますか? もしやコールブティック本店と、関りのある方です?」
扉の外から聞こえてきた、この声は!
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続きは本日、20時までに『悪役令嬢はふがふがする』を公開します。
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