悪役令嬢は二人の幸せを願う
王妃と共に来店したのは、なんとゲースとカーミラン。
これには驚いてしまうが、王妃の耳打ちで、その理由を理解する。
「まったく。ゲースがとんでもないことを言い出したのよ。妃教育にカーミランが行き詰っているから、カーミランの補佐役に、エリノア公爵令嬢をつけて欲しいなんて、言うの。まったく、何を寝惚けたことを言っているのかと思って、もう十年ぶりよ。短鞭でたっぷり、お仕置きしておいたわ」
お仕置き……! 前世の貴族と同じなのよね、この慣習は。でも納得だわ。
ゲースが変な歩き方をしているのは、そのせいなのね……。
そこで王妃は私の耳元に口を寄せ、扇子で隠しながら、こんなことを呟く。
「カーミラン男爵令嬢は、乗馬が下手というより、馬に乗るところからしてダメなのよ。ドレスもすぐボロボロにしちゃうの。あの子こそ、女性用乗馬服が必要だと思ったのよ」
なんだかんだいって王妃は、カーミランのいろいろなところがなっていないというものの。陰ながらサポートしようとしているのね。ゲースに対して最初から「カーミランはおやめなさい!」と言うこともできたけれど、それはしていない。
例え厳しく指導することになっても、カーミランとゲースが結ばれるよう、願っているわけだ。
つまりカーミランとゲースは、悪役令嬢である私を踏み台にしつつも、愛はしっかり育んだということ。
対して悪役令嬢の私が、ゲースを好きだったのかと振り返ると……。
好きかどうかに関係なく、この人が自分の夫となる人であり、仕えなければならないという感覚の方が強かった。前世記憶が覚醒してからは、断罪相手としてしか見ていない。
ようするにそこに愛はなかった。でもそれが政略結婚であり、王侯貴族の間では当たり前のこと。ただ、私は前世での記憶がある。自由恋愛を知っているのだ。
愛し合っている二人が結ばれるのが一番。
そしてカーミランとゲースは、ちゃんと両想いなのだ。
ならばカーミランとゲースには、ちゃんと幸せになってもらいたいな。
この時初めて、心の底から二人が無事結婚できることを願った。
さらに。
カーミラン、あなた義母に恵まれたのよ。まさにヒロイン特権ね。妃教育は辛いものだけど、がんばりなさいよ――その気持ちも込め、王妃と共に、カーミランの乗馬服選びをしているが。
カーミランは完全に臨戦態勢。私に対しては、いつでも噛みついてやる!ぐらいの大変怖い顔をしている。まあ、私は元悪役令嬢ですし、ヒロインとは永遠に犬猿の仲なのだと思う。
一方のゲースは、王妃から何か言われるともう「かしこまりました、母上! あちらのスカーフを預かってきます!」と、まるで王妃の従者のように動き回っている。そのせいで王妃が連れている侍女達は、乗馬服を試着する王妃に「お似合いですわ、王妃殿下!」と声をかける方で忙しい。
ゲースは私の件で、かなりお灸を据えられたのだろう。ただ、カーミランとはなんだかまだぎくしゃくしているのが、気になると言えば、気になる。
本来愛し合う二人のはずだから、妃教育がうまくいかないと揉めているとしても、なんとか仲良くやってくれればいいのに。
なおゲースは私と目が合うと、慌てて視線を逸らし、伺うように王妃の方を見ている。私にカーミランのサポートを頼めば、王妃から雷が落ちると、重々理解した証拠だろう。
そんな感じで王妃はカーミランの分も含め、かなりの金額のお買い物をしてくれた。取り置きしていた商品は、すべてお買い上げだ。
その様子を、店内にいた貴族達は、バッチリ目撃している。
さらに早速明日から、宮殿内の乗馬の練習場で、着用すると言ってくれているのだ。実際に王妃が女性用乗馬服で乗馬を楽しむ姿を見たら……。これから父親は、ますます忙しくなりそうだ。
こうして王妃たち一行が帰った後、工場から在庫が届いた。おかげでなんとか閉店時間まで、販売を続けることができそうだ。父親は母親を連れ、他の店舗の様子を見て回ることになっている。私とは屋敷で合流することになっていた。
「今晩は、晩餐会並みの料理と酒を用意するよう指示を出しているから、楽しみにするといい。そうそう、サー・カルヴィンもいらっしゃると言っていた。それと、今宵は特別に、その乗馬服姿で夕食をとっても構わないぞ!」
そう言って父親は、ご機嫌で母親と共に店を出て行っていた。
その後も沢山の令嬢を接客し、オーダーメイドの相談に乗ったりしているうちに、閉店時刻を迎える。
そしてこの日の売り上げは……なんと前日比600%増という、驚異の数値を叩きだした。
普段の売り上げが決して悪いわけではない。扱うのはドレスだし、高額だ。数着売れるだけでも、売り上げはすごいことになる。ただ今回は、ドレスよりリーズナブルな乗馬服であるが、とにかく数が売れた。その結果が、この数字だった。
「お嬢様、それでは本日の営業は終了で、よろしかったですか?」
「ええ、今日はもうお終いよ。みんな、お疲れさまでした」
店終いを行い、先に店員達を返した。メイドを連れ、私達も店を出ようとしたら。
裏口に従者を連れた令嬢がいる。
黒いフードを目深に被り、周囲の様子を気にしていることから、高位貴族なのだろうと思う。しかも本人ではなく、スモークブルーの上衣とズボン姿の従者が、私に説明をした。
黒髪にヘーゼル色の瞳で、がっりした体躯の従者だ。
「実は今日、お嬢様はこちらのお店を訪れ、扇子を忘れてしまったようなのです。婚約者の方からいただいた、とても高級な扇子でして……。宝石がいくつも埋め込まれているのです。忘れ物として、お店の方で預かっていませんか?」
これには一緒にいたメイド達に確認するが、皆、首を傾げる。
つまり、扇子の忘れ物が届けられた、見つけたという情報は、誰も持っていなかった。
「とても大切なものなのです。大変申し訳ありませんが、店内を確認させていただけないでしょうか」
あまりにも必死なので、一人のメイドを残し、後は先に馬車で帰るように告げ、店内確認に付き合うことにした。裏口から店内に戻り、バックヤードの通路を進む。
「本当にお仕事終わりでお疲れだろうに、申し訳ございません」
従者は平謝りだ。令嬢の方は俯いたまま、私とメイドの後ろを、従者と共に続いている。この間、令嬢が言葉を発することはない。きっと一言も話さないまま、終わらせるつもりなのだろう。
売り場に到着し、一度消した明かりを、メイドが灯していく。
「試着室ですか? どちらにお忘れになりましたか?」
フロアを歩きながら、従者の方を振り返った瞬間。
いきなり顔に布を押し付けられ――。
意識を失った。
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続きは明日、13時までに『悪役令嬢は考える』を公開します。
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