悪役令嬢は真実の愛が欲しい
ゲースが私を抱き寄せた瞬間。
本気で背負い投げを検討した。
でも、合気道を少々、前世で習ったものの。
柔道の経験はない。
もし経験があ――
「エリノア嬢、そこにいらしたのですね! お待たせいたしました。屋敷に参りましょう」
この声は、カルヴィン!
ゲースは澄み渡ったカルヴィンの声に、ビクッと体を震わせた。自然と私の方へ伸ばしていた腕を引っ込めている。
この様子に私は勿論、そばで控えていた侍女も、ホッとした表情になっていた。
ナイスタイミングで登場してくれたカルヴィンは、王立ブルー騎士団の上級指揮官に着用が認められている、オリエンタルブルーの隊服姿だった。襟、袖、裾にあしらわれた白のラインが、目にも清らかで、彼によく似合っている。
こちらへと駆けてくることで、サラサラの金髪が揺れ、それはなんだか輝いているように見えた。やはり彼は“この世界で唯一の私の推しだわー!”と思ってしまう。
ちなみに、あたかも待ち合わせをしているような口ぶりだが、そんな約束をした覚えはない。完全にカルヴィンのアドリブだ。
「あ、これはゲース殿下。失礼いたしました。お話の最中でしたか?」
私のそばに来たカルヴィンは、爽やかにゲースに尋ねた。
こんな清々しさで聞かれては、ゲースはたじろくことになる。だって私を抱き寄せようとしていたのだ。それには下心があったと思う。
目を泳がせながらゲースは、「ま、まあ、そうだが……」と答え、そしてチラリと私を見る。でも私はそれに、気づかないフリをする。代わりにカルヴィンを見て、ニコリと微笑む。
「今日は我が家で夕食のお約束でしたよね。兄も待っていますわ。それに父親も、今日は早く戻ると言っていましたから、帰りましょう」
カルヴィンの言葉に合わせた形だが、このまま本当に、我が家で夕食でいいだろうと思っていた。
「ええ、そうですね。ロードリッヒもコール公爵も、待たせては申し訳ないです。……では殿下、よろしいでしょうか?」
今、こうやってみると、ゲースよりカルヴィンの方が身長があった。よって立場的にはカルヴィンが臣下なのだけど、ゲースを見下ろす状態。しかもカルヴィンは存在感があるから、ゲースはなんだかたじろいでいた。
「あ、ああ。構わない。……エリノア、さっきの件だが」
「殿下。何かありましたら、王妃殿下にご相談いただけますか? 私、王妃殿下とでしたら、頻繁に連絡をとっていますので」
もしもゲースが、カーミランの妃教育がうまくいかないから、私に助言を求めたいと王妃に相談したら。あの王妃のことだ。「妃教育をこなせないような芋男爵令嬢との婚約なんて、解消なさい!」とビシッと言ってくれるだろう。
「母上に……。そうか。分かった。ではそうしよう」
「ありがとうございます。それでは私は、これで失礼させていただきますね。ご機嫌よう、殿下」
私がお辞儀をすると、カルヴィンも頭を下げ「では殿下、失礼いたします」と挨拶をした。
それを終えると。
カルヴィンは、ごく自然に、私へと手を差し出す。
つまり、私をエスコートし、歩き出したのだ!
我が家で何度も会っているカルヴィンであるが、エスコートされる機会はなかった。舞踏会や晩餐会に行くと、私をエスコートするのは兄だ。よってカルヴィンにエスコートされるのは、初めてのこと!
これは……嬉しくなる。
だってカルヴィンは、この世界で私が見つけた推しなのだから!
ただ、白の手袋を彼がつけているのが残念。
素肌に触れて見たかった……なんてことを思ったり。
ついミーハー心で盛り上がってしまうけれど。
エスコートの件は、一旦おいておいて。
万が一のことがある。
歩きながらの会話は、王妃とのお茶会で食べたスイーツの話と、当たり障りのないことを話した。そしてエントラスホールに到着すると、ドアマンに頼み、我が家の馬車を呼んでもらう。
カルヴィンは愛馬で宮殿に来ていたようだが、馬丁を呼び出し、屋敷へ連れ帰るよう頼んでいた。
こうして馬車に私とカルヴィンは乗り込む。侍女も同乗している。そこでようやく本題を、話せる状態になったのだ。
「夕食の約束などないのに、咄嗟に嘘をついてしまったな。申し訳なかった」
「いえ、こちらこそ、助かりました。実はあの時……」
ゲースから、妃教育に苦戦するカーミランを助けるよう求められたこと。さらには何を勘違いしたのか。あろうことかゲースは、私がまだ彼に未練があると思った。宮殿に来たのも、自分に会いに来たのだろうと、ゲースが言い出したことを話して聞かせた。
「なるほど。それでエリノア嬢のことを抱き寄せようとしたと。それは……とんでもないことだな。自分としては、婚約者がいるゲース殿下が、元婚約者を抱きしめようとしていることに、驚愕してしまった。角が立たないよう配慮しつつ、ストップをかけたものの……。ちなみにエリノア嬢は、殿下に未練は」「ありません。これっぽっちも!」
即答する私を見て、カルヴィンは快活に笑う。
笑顔が眩しいが、その白い歯も眩しい!
「ゲース殿下は、エリノア嬢と婚約を解消すると、早々にあのご令嬢と婚約している。エリノア嬢も婚約すれば、あらぬ誤解を受けなくなるのでは?」
ああ、カルヴィン! 推しであるあなたの言葉に、反論はしたくないけれど。
婚約と言うのはですね、相手あってのことなのですよ。
私には……いないの、婚約するような相手が!
「コール公爵のところには、沢山の縁談話が来ていると、ロードリッヒから聞いている。ただ、公爵は、エリノア嬢が今は別のこと……例の女性用乗馬服に夢中だから、少し落ち着いたらその話をするつもりなのだとか。……実際のところは、どうなんだ? 縁談話をコール公爵にされたら、進めてみる気はあるのかい?」
「それは……。ゲース殿下と派手に婚約解消をしているので、そういった話は、数年はないだろうと思っていました。正直、縁談話が来ていることに、逆に驚きです。でも一応、私は舞踏会や晩餐会に顔を出しているのですよ。兄同伴ですが。もし私という人間に好意があるなら、そこで少なからずアプローチがありますよね?」
「なるほど。それは一理ある」
カルヴィンは長い脚を組み、同意を示してくれる。
推しが自分に寄りそうようにしてくれると、これは嬉しい!
「結局、アプローチなんて、一切ないのです。そうなると今、父親のところへきている縁談は……。公爵家との婚姻関係を、望んでいるだけだと思います。私は……できれば私を見てくださる相手と、結ばれたいと思っているのです。自分の立場を考えると、それは難しいと思いますが……」
王侯貴族の結婚なんて、愛がないのが普通だ。もはや家同士の結びつきが前提だったりするから。でもこの世界において、婚約解消はそうそうあることではない。それを経た今、できれば次は真実の愛に出会いたい……なんて夢を描くけれど。
無理ね。
何よりもその前に、「おーほっほっ」から卒業したいのよ、私は!
「難しい……かもしれないが、エリノア嬢はそこで諦めるような性格ではないだろう? 君は自分に言ってくれたじゃないか。『諦めたら、そこで終了ですわよ』って」
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続きは本日、21時までに『悪役令嬢は失言を悔やむ』を公開します。
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