プロローグ
「貴様、誰に向かって、そんな口を聞いている!」
金髪癖毛でグレーの瞳の私の婚約者は、天使のように美しいと評判の、この国の第三王子。そして私は、その天使のような第三王子ゲースから断罪されている、悪役令嬢エリノアだ。ちなみに断罪の場は、ゲースの誕生を祝う舞踏会。
「そう言われても困りますわ、ゲース殿下。だって殿下は私と婚約破棄をしたい。その理由は、そちらにいるカーミラン嬢と婚約されたいからですよね? つまり現状の婚約者である私が、邪魔だからでしょう?」
「ち、違う! 断じてそんなことはない! エリノアがカーミランに冷たくあたるから、そんな意地悪な女性は、王族には相応しくないということだ。よって婚約を破棄するのであり……」
第三王子という身分ゆえ、臣下から甘やかされて育ったゲースの周囲には、イエスマンしかいない。こんな風に言い返されることに慣れていない。よってもうたじたじだ。黒のテールコートのポケットから取り出したハンカチで、必死に汗を拭っている。
「私が意地悪。それは、おかしくないでしょうか、殿下。殿下は私の婚約者なのですよ? その私を差し置いて、カーミラン嬢と親しくされる。そちらの方が、おかしくありませんか? それを理由に私がカーミラン嬢に嫌味を言ったり、少々過激な嫌がらせをしたとしても、仕方ないのではありません?」
「エ、エリノア。言いたいことは分かる。だが相手は王族だ。もう少しトーンを押さえないか」
これまた黒のテールコート姿の私の父親コール公爵が、私を宥めるように声をかけるが「だまらっしゃい」と扇でピシャリとその手を叩く。そしてゲースの隣にいる、金髪で琥珀色の瞳のヒロイン、カーミラン・デンバーを睨みつける。
ピンクのフリル満点のドレスを着たヒロインは、紫色のサテン生地のドレスで、ダイナマイトボディを包む悪役令嬢エリノアに対し、実に可憐だ。結局、乙女ゲームの世界であろうと、前世の世界であろうと、ぶりっ子で甘え上手な女が勝利する。嫁にするならヒロインのような女、遊びや不倫は悪役令嬢のような女、というわけ。
が。
私は転生したこの世界で、生きたい。ヒロインいじめで断罪され、婚約破棄の上に、一生幽閉で実質死んだも同然の扱いを受けるなんて、真っ平ごめんだ。
「それにですね、カーミラン嬢は、男爵令嬢ですよね? それなのに公爵家の令嬢の婚約者に手を出すとは、どいうことかしら?」
「わ、私は手を出すなんて、そんなことはしていませんわ! ただ、殿下に相談に乗っていただいていただけです」
「なるほど。ではなぜ、ゲース殿下に相談するような事態になったのかしら?」
私は、よく珍しいと言われる自身の藤色の瞳を、ヒロインへと向ける。
「そ、それは」とカーミランの目が泳ぐ。私にいじめられたから、ゲースに相談した……というのがヒロインであるカーミランの言い分。ではなぜ私がいじめたのかというと……それはカーミランが、私の婚約者に手を出したからだ。
ゲースは、ヒロインからすると攻略対象だ。ゆえに婚約者がいようがおかまいないしで、彼女はゲースに近づいた。ヒロインなのだから、好きになった相手には猪突猛進。それがゲームの進行であり、カーミランの行動は、間違っていない。
でもそれはあくまでヒロインと乙女ゲームの視点。悪役令嬢エリノアからすると、冗談ではない、だ。私はシルバーブロンドの長く艶やかな髪をはらい、これ見よがしに指摘する。
「転校生であるカーミラン嬢は、ご存知なかったのよね? ゲース殿下に婚約者がいることを。ゆえにクラスメイトの殿下に、気さくに話しかけてしまった。カーミラン嬢の領地は、王都から遠いですからね。王族の情報は、なかなか入って来ないのでしょう」
「エリノア、それだ! そうやって、カーミランのことを馬鹿にして」
「まあ、ゲース殿下。それでは貴族社会の一員であり、既に社交界デビューもされているカーミラン嬢が、殿下の婚約者の存在を知らなかったことを、どうご説明なさるおつもりで?」
「うぐっ」とゲースが黙り込む。
「カーミラン嬢は、王都から遠い領地から、この学園に転校してきました。クラスメイトとなった殿下に、婚約者がいるとは知らず、仲良くなってしまった。二人の仲睦まじい姿を見て、婚約者である私が不快に感じ、苦言を呈し、キツイ嫌がらせをしたこともあったわけですが……。それは仕方ないことでは? ここにいる皆様も、自分の婚約者にちやほやする異性がいたら、嫌な気持ちになりませんか?」
日和見主義な貴族達は、形勢が私に有利と見て取れた瞬間から、こちらの味方になっている。皆、「そうですわね」という感じで頷く。
ゲースは王族であるが、悪役令嬢の実家であるコール家は、この国に五つしかない公爵家であり、その筆頭なのだ。しかもゲースは第三王子。誰と結婚しようが、いずれ爵位を賜り、王族から去る身。そうなれば、筆頭公爵家であるコール家に肩入れしておいた方が、後々有利と考えたわけだ。
「ともかく私にも、カーミラン嬢に冷たく当たる理由はあったわけです。よって一方的にお前が悪いと断罪された上に、婚約破棄では納得がいきません。婚約は破棄ではなく、円満解消としましょう、殿下」
「な、婚約を解消するのか、エリノア」「お父様は、黙っていていただけます?」
「……でしゃばり女で生意気が過ぎる! 貴様と議論するのは、時間の無駄だ! いいだろう。婚約は円満解消ということにしてやる!」
「ありがとうございます、殿下。ではそちらのカーミラン嬢と、そうぞお幸せに」
もうこの瞬間、ばんざーい!である。
ビバ! 断罪回避! 婚約解消、無問題。
これにて悪役令嬢のお役ごめん。
もうこの後は、脱・悪役令嬢、ヒロインのように愛らしい、みんなに愛される公爵令嬢・エリノアになる!――と誓ったのだけど。
どうもこの世界はエリノアに対し、最後まで悪役令嬢でいることを、望んでいるみたい……なのですが?
お読みいただき、ありがとうございます!
2024年、いよいよスタートしましたね。
読者様にとって実りある一年になりますように☆彡
ブックマーク登録し追いかけていただけると幸いです!
応援、よろしくお願いいたします。