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アンリ第七王子 第七話


 サウス王国の夜襲から十三日後。


 王室へ伝言に出した兵が、戻ってきた。約一万もの兵を連れて。


 あの日以降、サウス王国は攻めてこなかった。当然と言えば当然だろう。大きく上回る戦力を率いて夜襲を掛けたのに、返り討ちに遭ったのだから。しかも、原因不明の爆発でほぼ全滅、というオマケまで付いて。


 おそらく奴等は、爆発が起こった理由も分っていないはずだ。だからこそ、再度の攻撃に出ることができない。人は、未知のものに対して恐怖を覚えるのだから。


 国境に残った俺達は、この十三日間で戦う準備をしていた。王家からの増員を、ただ指をくわえて待っていたわけではない。


 まず、国境付近の他の警備基地に使いを走らせた。サウス王国に仕掛けられた、と。その上で、取るべき対策も伝達しておいた。敵が騎兵で攻め込んできた場合に備えて、地面に落とし穴を掘らせた。馬が(つまず)く程度の深さの、落とし穴。それを広範囲に。これで、騎兵での奇襲に対抗できる。


 しかし、歩兵対策として用意できるものは、現時点では何もなかった。大量の矢を用意したかったが、それには物資補給を待たなければならない。


 増員された兵達は、大量の食料、剣などの武器、弓矢も運んできた。これで、この先どんなふうに仕掛けられても対応可能だ。


 あとは、効果的な罠や対抗策を他の部隊長に伝えるだけだ。それが終わったら、一旦帰還しよう。エーリカや娘に会いたい。彼女達に無事を伝えたい。


 国境警備に加わってから、約四ヶ月。帰宅して、少し休もう。エーリカを抱き締めたい。娘と遊びたい。俺がこんなところに来たのは、彼女達に誇れる人間になるためだ。それだけのことは、もう十分にやった。


 とはいえ、俺はまた戻ってくることになるだろう。戦争を仕掛けてきたサウス王国を、降伏させる必要がある。妻や娘の、平穏な生活のために。


「また戦争に行くけど、大丈夫。必ず生きて帰ってくる。帰ってきたら、ずっと一緒に暮らそう。幸せに。平穏に」


 エーリカや娘に、そう伝えるんだ。彼女と結婚したときのような打算混じりではない、心からの気持ちを伝えるんだ。


「愛してる」


 そんな俺の思惑は、あっさりと崩れ去った。使いに出した兵が持ち帰った、令状によって。


 ――アンリ第七王子を、国境警備隊の総責任者に任命する――


 令状には、兄のサインがあった。ノース王国第二王子である、イヴァン・ノースの。


 令状を見て、寒気を覚えた。背筋を撫でるような、ゾワゾワとした感覚。


 令状を見た瞬間に、俺は全てを悟った。国境から使いに出した兵が、王家にどんな報告をしたのか。どのような内容を伝えたのか。その結果、イヴァンが何を考えたか。


 我ながら迂闊だった。使いに出された兵は、自身の目で見たものを、できるだけ正確に上層部に報告したのだろう。夜襲に最初に気付いたのは誰か。誰が、どんな指揮を執り、どのような対策をして敵を退けたか。


 兵から報告を聞いた上層部は、その内容を王家に伝えた。当然だが、王家が、俺を帰還させるはずがない。俺には、敵国の侵略を未然に防いだという実績ができてしまったのだから。この国を守るためには、当たり前の選択と言える。


 しかし、イヴァンの目的は、国を守ることだけではないだろう。彼が、俺を国境に繋ぎ止める理由。俺を王家に戻さない理由。


 イヴァンは気付いたのだ。俺の無能が、演じられていたものだと。俺には、彼の脅威になり得る能力があると。だから、自分が王位を継承するまで、俺を国境に繋ぎ止めるつもりなのだ。たとえ、この戦争が終わったとしても。


 つい、俺は舌打ちをしてしまった。


 こんなことなら、使いに出した兵に、あらかじめ注意しておくべきだった。事実を報告しないように。今回敵を退けたのは、他の部隊長だ――そう、報告するように。


 だが、あのときは、そんな余裕などなかった。突如の夜襲。敵を退けた後の、他の国境警備基地への伝達。次に仕掛けられたときのための対策。とてもじゃないが、他のことには気が回らなかった。


 もしここで、イヴァンの命令に反したらどうなるか。命令違反を(とが)められるのは間違いない。しかし、そんなことはどうでもいい。問題は、イヴァンが俺に目を付けたことだ。王位継承の障害になる、と。


 仮に俺が、今すぐ帰還したら。イヴァンは間違いなく、俺の消そうとするだろう。どんな手を使ってでも。暗殺、謀殺、様々な手法を駆使してくるだろう。


 それを避けるために、俺は、今まで無能を演じてきたのだ。イヴァンの眼中に入らないように。


 同時に、今の俺には、決定的な弱点がある。エーリカと娘。俺を殺すために、イヴァンが、彼女達に危害を加える可能性もある。人質に取る、といったような。


 エーリカや娘を、危険な目に合わせるわけにはいかない。愛する妻。愛する娘。どんなことをしても守りたい者達。


 たとえこの命を犠牲にしても、守り抜きたい。


 次の王位継承者が決まるまで、国境に残るしかない。俺には、他に選択肢などなかった。俺が帰らないことが、エーリカや娘の安全に繋がる。


 そうなると、これから俺が取るべき行動はひとつだ。できるだけ均衡を保ちながら、この戦争を長引かせる。次の王位継承者が決まるまで。次の王が決まったら、この戦争を終結させる。


 戦争終結の報告を理由として、一旦帰還する。そのうえで、改めて王家に戻る意思はないことを明言する。


 俺には、もともと王家に戻るつもりなどない。けれど、今それを主張しても、イヴァンは信用しないだろう。彼は、自分が王となるまで、障害となる者を常に狙い続ける。


 俺が国境に来るまでは、王位継承候補の筆頭はマシューだった。第一王子であり、正妻の子。イヴァンであれば、その形勢をひっくり返すだろう。だが、それまで何年かかるのか。


 王家は、今の俺の状況を家族に伝えてくれるだろうか。伝えてくれないだろう。そんなことをしても、王家には――イヴァンには、一文の得もない。


 王家は俺に、家族の状況を伝えてくれるだろうか。伝えてくれないだろう。エーリカ達の近況が分らないことで、俺の焦りを誘うことができる。


 当初は半年ほどだと思っていた、エーリカや娘と離れる期間。それが、下手をすれば、あと数年にもなる。その間、エーリカ達の近況も分らないままで過ごさなければならない。


 令状を持った手で、胸を押えた。手と胸に挟まれた令状が、クシャリと音を立てた。まるで、心の音のようだった。俺の気持ちを表す音。紙切れのように潰れた心。


 重苦しいほどの胸の痛みに、俺は泣きそうになった。


次回は明日(10/16)の夜に更新予定ですm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] そういうことでしたか。イヴァンの策略だったんですね。 そうなるとエーリカへの求愛も後ろで手を引いてるのはって邪推しちゃいました。 ……ん? 陥落しちゃうんですよね、確か。 ということは…
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