ドアの先に
この作品は しいな ここみ様主催の「冬のホラー企画」参加作品です。
清掃業者にもいろいろあると思うが、俺事、稲垣大輔は所謂『事故物件』と言われる家の掃除を担当していた。
そこで起きた今でも何のことだったのか分からない話――。でも記憶には残り続けている。
朝から少し雪のチラつく、ある冬の日の昼下がり、お得意様になりつつある不動産屋の社長から一本の電話が入った。それはいつもと同じ内容で、『かたずけて欲しい』というモノ。もちろん断る事はしない。このご時世なのでNOは言えないという事もあるけど、せっかく関係性が出来た会社との繋がりを絶つことは、自分の会社の存続にもかかわってくる。
なのでもちろん返事は「わかりました。承ります」一択だ。
その後に俺の勤めている会社に、その物件の住所や間取りなどが送られてきて、それを見ながら見積などを出し、データとして送り返すと、向こうからもOKが出たので、その現場へと後日会社の従業員4人と共に向かう。
「割と思ってたよりもでかいっすね……」
「そうだな……。人数足りなかったかもしれないな」
現場に着いた俺たちが、その家を見上げながらつぶやいた。そうして立ち止っているわけにもいかない。見積には現場に来て何人で何日分という経費が出されているのだから、すぐにでも手を出さなければ終わらないし、超過してしまえば相手にも追加料金として迷惑をかけてしまう。
「じゃぁ、まずは玄関先から俺と島原は始めるから、二人は奥の部屋から始めてくれ」
「「「了解です!!」」」
指示を終えるとすぐに、家の中へと足を踏み入れる。
しかし既にその時から、表現のしづらい違和感を俺は感じていた。
――なんだ? なにか変だな……。
そう感じてはいるモノの、そういう物件とは少なからず何かしらは有る物――人が亡くなった事が無い家の方が少ない――なのだからと、その時はあまり気にしていなかった。
かたずけを始めてからはとても順調に行っていた。それもその家の中が綺麗に片付けられていたという事も有るのだが、事故物件という割には非常に片付けられ過ぎているようにも感じる。
家の中で人が暮らしていた形跡は有るものの、それらを使った形跡がない。つまりはそこに長時間放置されていたかのような状態のまま。
依頼主の方からは、確かにこの家の中で――という話を聞いている。そしてこの家の住人はその人しか血縁者がおらず、誰も家の中を片づける人が居ないと聞いている。
――なにかおかしいぞ……。
そんな考えが俺に浮かんできた時、奥の方へと向かった二人が俺たちの方へと戻ってきた。
「どうした?」
「それが……」
チラッと奥の方へ視線を向けると、言いにくそうにして言葉を濁す。そのまま何も言わないので、俺は大きくため息をつき、相方の島原に一声かけてから、奥の部屋へと三人で行く事にした。
外側から見た家の大きさに驚いたのだが、家の中に入るともっと驚く。奥に進むにつれて廊下や部屋という部屋の中に積まれている段ボール箱の数々。玄関先からすぐ近くの客間と思われる部屋は、部屋の中に何もないと思う程不自然に綺麗なものだったのだが、奥に進むにつれて歩くことも困難なほど、段ボール箱が所狭しと積まれている。
「なんだこれ……」
「それがですね……」
一番奥と思われる部屋に入ったところで、そんな独り言が漏れた。その言葉を拾った後輩の一人が、その部屋に置かれていた段ボール箱の一つを開いてみる。
その中に有ったモノとは――。
「ノート? と……標本か?」
「そうなんですよ……」
「何が書いてあるか見たか?」
「はい……。でも気持ち悪くなって途中でやめました」
「そうか……」
そう言って、その中の一冊を開いてみた。
「なんだこれ……」
その一言を漏らして、俺の思考が固まる。
ノートにはびっしりとその標本と思われるものの原型や、取り出し方、取り出した時に使った道具またその経緯や調べたことへの感想などが書かれていた。
他のノートも確認をするが、そこにも同じようなものが書かれている。
「これ全部か……?」
俺は部屋の中を見渡した。その部屋は一般住宅にしては割と大きく、確か図面上は12畳となっていた部屋。その中に隙間もない程にうずたかく積まれた段ボールの箱。
「何もんなんだこの住人は……?」
自分達だけでは、その標本と思わしきものへの対処が難しいと判断して、一度家の外にみんなで出ることにした。荷物搬出用のトラックと共にワンボックス型の車の2台で来ていたので、みんなでワンボックスの中へと入り、まずは会社へ連絡し、その後に依頼主へと連絡する。
「――と、いう訳なんですけど」
「そうか……。運び出すことは可能かね?」
「運び出しはできますけど、倉庫などに保管することは考えていないので、どう処理したらいいか……」
「そうだね。少し時間をくれんかね? こちらでどうにかなるようにしてみるよ」
「わかりました。では片付け後は直ぐに移動できるように車に積んだままにしておきますね」
「申し訳ないがお願いするよ」
そんな会話をした後に俺たち4人は直ぐに作業を再開した。少しでも車へ運ばないと終わらないから仕方ない。それがたとえ不気味な感じがするものだとしても。
午前中の作業が一段落ついて、お昼を食べに近くの食堂へと移動する。こういう時は弁当持参が常なのだが、この日は近くにうまい店があると聞きつけていたので、そこで4人で食うことになっていた。
味にも量にも満足して現場まで戻ると、何やら数人の人達が現場となっている家の中を覗き込んでいた。
「あの……」
「!?」
その中で中年位のおじさんに声を掛ける。
「何かありましたか?」
「うん? 君らは?」
「この家を掃除してくれと頼まれた会社の者です。お騒がせしていてスミマセン」
俺の言葉と共に4人で頭を下げる。
「いや……掃除してくれるのは問題ないんだが……」
「……だが?」
俺はその人の言葉尻が気になったので聞き返してみる。
すると、家の前に集った人達が顔を見合わせて困惑した表情を浮かべている。その中で一番歳を召されていると思われる男性がスッと俺たちの前に出て来た。
「私はこの辺の町内会長をしている者なんだがね」
「はい。お騒がせしています」
「いやなになに。あなた方に文句を言いに来たわけじゃないんだよ」
「と、言いますと?」
「その……言いにくい事なんだがね……」
そういうと町内会長さんはしばらく俯いて黙ってしまう。
声を掛けようか迷っている内に、顔を上げた町内会長さんがとても小さな声で俺たちに語り掛けて来た。
「この家には、その……誰もいなかったかい?」
「え? そうですね。誰もいらっしゃいませんでしたけど。そもそも持ち主の方が亡くなって空き家になってしまうという事で、掃除や片づけを依頼されたんですが」
「そうか……。いやね、深い意味はないんだよ本当に。でも……この家の中からは毎日のように声が聞こえていたんだ。それに出入りする人もかなりいたはずだ」
「そうなんですか……」
「だから、誰かしらはまだ居るのかと思って皆で見に来たんだよ」
しばらくそのまま家の中の事をのぞき込んだりしていたが、特に何もないと思ったのか皆さんは何も言わずに去って行ってしまう。
――どういうことだ? 関係者の方がいるのか……いやしかしこの状況は……。
俺たちも時間に限りがあるので、疑問に思いつつも片づけを再開する。
「ひぃ!!」
「こ、これは!!」
しばらく同じように作業に没頭していると、奥の方を任せた二人から絶叫にも似た声が上がった。
「どうした!?」
俺と島原が急いで声のした方へと向かう。
たどり着いた部屋では、二人が壁に寄り掛かるようにしながら床にぺたりと座り込んでいて、そこには一つの段ボール箱がふたの開いた状態で落ちていた。
俺はそれが原因だと思ったので、その箱の方へと近づいていく。
「あ、やめ!!」
「稲垣さんそれは!!」
二人が何かを言う前にふたを開ける。
「!?」
見た瞬間にそれが何か分かる。
「これは……。後の段ボール箱は見たか?」
二人に問いかけるが、二人共頭を左右にぶんぶんと振るだけで言葉にならない。
その箱の中には他の箱の中身と同じようにノートが入っていたが、標本が一緒に入っていたのではなく、全体的に赤黒くなった医療機器と思われるものの数々。
そしてそれは間違いなく長く使われてきた形跡が見て取れる。しかし標本作成をして来たとするのならばあっても不思議ではない。
ただしそれが普通の標本作成で有るのであればだが――。
俺がその箱の中身を確認していると、島原が何やらごそごそと壁の方を片づけ始めていた。その方向へ視線を向ける。
――ん?
「し、島原!!」
「は、はい!!」
「そこを片づけるのちょっと待った!!」
「え?」
持っていた箱を床において、島原のいる方へ歩いて行く。行き先にはまだまだ段ボールが折り重なって置いて有るけど、少しだけ気になるものが見えた。
そしてその見えたものの前に到着して、それを確認する。それはちょうど積まれている段ボールの3段目にあたる部分の底が赤く染まっていた場所。
「これ……血じゃないか?」
「え!?」
「ひぃ!!」
「まじかよ!!」
島原は慌てて自分の身体を確認する。血が付いているという事は自分がけがをした可能性もあるので、まずはそれを確認したのだろう。後の二人の驚きは良く分からない。ただ何かしら感じるモノが有るのだろうという事は分かる。
「俺じゃないですね……」
確認が終わった島原が俺に向かって返答した。
「と、いう事は……」
「稲垣さん!!」
俺は直ぐに考え始める。色々と考え始める俺に座ったままだった後輩が声を掛けて来た。そしてそのまま一点を指さした。
「あれ……」
「ん?」
その方向へと視線を向けると、積まれたままになっている段ボール箱達の隙間から、少しだけ茶色掛かった壁ではない何かが見えた。
「ドア……かな?」
家の図面にはそこに部屋があるとは記載されていなかった。なので俺にはそれが何かは分からない。
その周りに見えている箱を島原に手伝ってもらいながら、全体的に見えるように片づける。その箱の重さも少しばかり気にはなったが、そのままその作業をすること数分。するとそこには大きな鉄製と思われるドアのようなものが現れた。
「ど、どうします?」
「…………」
「開けますか?」
「……いや、やめておこうか」
「いいんですか?」
「あぁ。なんだか……いやな予感がする」
「わかりました」
島原にはそう言って、そのドアを開けないように指示をした。
――間違いなくこの家には何かある。
俺がそう思った事には理由がある。それは血と思わしき赤黒いものがそのドアに付着していたのを確認したという事もあるが、何よりも段ボールについていた血がまだついてさほど経っていないと感じたから。
俺たち4人はそのままその部屋を出ることにした。
後輩たちの様子を見る限り、何かを見たのか感じたのかは分からない。ただかなり怯えてしまっている事を考えると、これ以上の作業は難しいと判断した。
そしてそのまま会社に戻り、依頼主さんにこれ以上の作業は難しいという事を、会社の方から事情を説明して貰う。車に載せてしまっている荷物に関しては、依頼主さんが借りた倉庫へと搬入することで話が付いた。
それ以降、俺たちはその家には行っていない。
ただその後に聞いた話によると、その家は警察による立ち入り禁止のテープが張られ、誰も立ち入れなくなっているそうだ。
あのまま、そのドアの先を見てしまっていたら――。
何があったのかは知らないまま。
でも、俺はそれで良かったと今では思っている。
お読み頂いた皆様に感謝を!!
ホラー……と言っていいのか分からないですが、初のジャンル単発作品です。
ミステリーorホラーで迷うんですけど、企画に出したいのでホラーで(笑)
※企画規約による文字数制限があるため、端折っている場面がありますが、そこはあえてそうしたままにしています。
※このロングストーリーバージョンは書いておりません。m(__)m 要望が有りましたら……考えます。(^▽^;)