96 ◇結婚の話はなかったことに
「調子のいいこと? 」
「社長に据えてはやるが、実権は私にある、とか。
要は実際働くのは僕で経営のことは自分に任せろってことでしょう。
言われなくたって業績に余程のことがない限り、両親の生活、働けない
兄夫婦の生活のこと、僕だってちゃんと考えるつもりだったけど、あぁ
あからさまに、お前に全権は渡さんっていう態度じゃあね、ほんと疲れま
した」
「それで? 」
「最初ははっきりと継ぐと返事しようと思ってましたが、前向きに検討する
と言って保留にしてきましたよ」
「ええーっ、そうなの? 」
「ははっ、まぁ、継ぐと思います」
「そうですよね、びっくりした。
ちょっとした意地悪ですね? 」
「はい。すぐに手なづけられると思うなよ、と」
「ふふ、やりますね」
「はい、やってやりましたよ」
◇ ◇ ◇ ◇
さてと、これで彼の就職にも目途がついた。
香は早々翌日に話を切り出した。
いつもの午後のティータイム。
開けてる窓からそよそよと心地よい風が入って来る。
就職が決まりそうで、いつになく少しウキウキ感漂う神谷に……。
「神谷さん? 」
「はい……」
「結婚の話はなかったことにしてください」
突然の香の申し出に、神谷は飲みかけようとしていたコーヒーを
吹きそうになった。
そしてしばらく考えてから香に聞いた。
「僕が実家の仕事をすることに関係してるんですか? 」
「もう今のあなたに私は必要ない。
ううん、じゃまになるわ。
私じゃなくても、もっと条件の良い女性が現れると思うの。
今度こそ、ご両親の眼鏡にかなう人が」
「怒りますよ、香さん。
僕はそういう考え方が嫌いです。
それに、身を引くなんてあなたに似合いませんよ」
「……」
「あれっ? 怒らないんですか?
いつもの香さんならむちゃくちゃ怒るはずなのに」
「私は真面目に話をしてるんです」
「僕だって真面目ですよ。
そんなことなら、仕事は他所で探しますから」
「何言っちゃってんの?
こんないい話を……馬鹿じゃないの」
「あなたに言われたくないですよ。
いいですか、基本はあなたと僕たち家族があって、それプラスの仕事です
からね。基本を変える気は僕には一切ありません。
結婚は白紙に戻せませんからっ。いいですね」
「はい……」
何としたことか、私は彼の剣幕に負けてしまった。
私はここにきて、彼からほんとうに慕われているのだと……
必要とされているのだと……
再確認したような気がした。




