79 ◇独身だよ
「実はわたくし、数日前に独身に戻りました」
「げっ……」
「で、私ったら健気にも神谷家の近くに越してきちゃいました」
「えっ、なんで? 僕たちのためとか? のわけないよね? 」
「たくさんお世話したいからに決まってるじゃないですかぁ~」
「うっわぁー、そんなの僕困りますよ、困ります。
僕なんかのために君の残りの人生を捧げさすなんて、責任取れませんよー」
「あのー、別に奥さんにしてくれって言ってるわけでもないし、神谷さんの
ためっていうより、茉芽ちゃんたちのためですからぁー、お気になさらないで
くださいなー! 」
朝から俺たちは久しぶりに会うなり、叫び合い言い合い合戦を始めた。
こんなにうれしい叫び合いは生まれて初めてだった。
しかし、どこまでがほんとの話なんだろう。
独身に戻りましたって……ン? リコン?
やっぱり既婚者だったんだな。
まさか、ほんとに俺たちの世話焼くために離婚ってことはないよな?
俺に惚れてる? わけないよなぁ~。
まぁ、子供たちに惚れてるのは分かるけどさ。
「神谷さん、私の言ってること、あんまり信じてないですよね? 」
「うへっ、そんなことは。まぁ、思ってるね」
「朝ごはん食べ終えたら、私の家へご招待しますわ」
「はぁ……」
「なんですか、その返事。
うれしくないんですか?
私の家へ行くこと。
折角ランチご馳走しようと思ってるのに」
「それはそれは、ありがとーございます」(棒読)
「なぁに、ふざけた言い方をして。
子供みたい」
いやいやいや、家に招待だなんて急に誘われても。
なんて返事すればいいのか困るんだよ。
急に言い出すんだからさ。
心の中で文句たれたけど、流石に口に出しては言えなかった。
食事のあと、片づけを終えると香さんがこなれた物言いで、子供たちに
号令をかけた。
俺たちがちゃっちゃと外出できるように。
「みんなぁ~、これから香ちゃん家に行くわよぉ~。
好きな玩具何個か持ってってねー」
そう言うと、3人それぞれに玩具を選ばせて、テキパキとゴミ袋に
放り込んだ。
気がつくと自分の出番はほとんどなかった。
余分に止められる駐車場がないということで、彼女の車に乗っけて
もらって行った。
車で彼女の家に向かう道すがら、彼女が言った。
「小さな台所と1部屋しかないから、驚かないでねぇ~」
「それだとあまり荷物置けないでしょ?」
「そうなんです。
だから今のところ余分な荷物は実家に置いたままにしてあるんですよ」
そんな会話をしているうち、あっという間に香さんの家に着いた。




