76 ◇ 離婚
町田は私を責めることもせず、走り去って行った。
この夜を境に町田は私の前から姿を消した。
何かの理由で早く仕事を片付け帰国したのだろう。
疲れているだろうに真っ先に自分に会いに来てくれたのだ。
合鍵は渡してあって、私の部屋は町田がいつでも帰れる部屋になっていた。
恋人だった町田と目の前の亀卦川。
亀卦川を好きかどうか……。
町田が今でも恋焦がれる恋人で、友人であることは間違いなかったのに。
裏切りを知られた以上、私は町田を追いかけてはいけないと思った。
彼に許しを請うてはいけない。
これ以上町田を苦しめることなんてできない。
彼との未来はこれで潰えてしまった。
分からなければいいという悪魔の囁き、私は天に罰っせられたのだと
思った。
人の信頼を裏切る……これほど重い罪はない。
いつか自分も信じていた誰かに裏切られるという苦しみを
味わうのかもしれないと、私はその時思った。
◇ ◇ ◇ ◇
そうだよ香、町田くんの苦しみを考えたら私なんて、夫に理不尽で
酷い言葉で離婚を迫られても苦しむ資格すらないわ──じゃなくて、
私なんて町田くんを苦しめた10倍、苦しめばいいンだ。
町田くん、ごめん。
ずっとずっとごめん。
死ぬまであなたにした自分の罪は忘れない。
許してとは言いません。
許されることではないから。
◇ ◇ ◇ ◇
その夜、香は部屋の窓から薄暗い雲を纏った夜空を見上げ、町田のことを想った。
翌日、香は母親に離婚の話を告げた。
そして母親の協力のもと、5日後に家を出た。
「香、病気が快方に向かってること康之さんには話してなかったの? 」
「夜帰って来ないし、朝も話せる雰囲気じゃなくて言いそびれてた」
「康之さん、今も香が病気だって思ってるのね」
「そうだねー」
「病気はもうほとんど治ったよって話したら、離婚の話、撤回するんじゃ
ないかな? 」
「今更だわ」
「そうね、そりゃそうだ」
「おかあさん」
「うん? 」
「私、ここから20~30分ほど離れた先で、部屋借りようと思ってるの」
「へぇ~~」
「なんでって聞かないの? 」
「なんで? 」
「ひみつ」
「へぇ~~」
「なんでって聞かないの? 」
「なんで? 」
「心も住む場所も、落ち着いたら話聞いて」
「分かった、楽しみ。
だって香の表情が明るいから、きっと楽しいことじゃないかなって
思うから」
「うん、なかなか近いかも」
「さぁてとっと、今日はおでんでもしてあったまろうか」
「おっおー、おでんいいねン」
「また香と一緒にご飯食べられるとは。
おかあさん、うれしいわぁ~
ねぇ、あなた……」
「香、何も気にせず家でゆっくりすりゃあいいさ」
「お父さんお母さん、ありがと。いろいろとご心配おかけして
すみません」
「 香のせいじゃないもの。
またいいことあるわよ、ねぇあなた? 」
「あぁ、そうだな」




