75 ◇ ごめんね
「見合いの話があるからゆっくり花嫁修業でもしよっかな」
「そっか、それもいいかもね。
麻子、いいおかあさんになりそうだもん、頑張って」
麻子はそれからほどなくして退職し、郷里に帰って行った。
もうひとりの松川ルミはその後OLを辞めてお水の世界に
入っていった。
あの時のことがなければ、彼女はまだOLを続けていたかもしれない。
ふたりとは、あれ以降会っていない。
賀状だけの付き合いになってしまった。
お互い、あの頃のことは忘れてしまいたいからかもしれない。
あの騒動の中、関係のない私と亀卦川も付き合いで顔を合わせることが
少なからずあり、亀卦川が平山麻子の妊娠騒動を丸く収めた日──
すっかり帰りが遅くなってしまった私を、亀卦川が家まで送ってくれたこと
があった。
その流れで彼からトイレを貸してほしいと頼まれ、亀卦川のことを
まともな男だと認識したその直後だったこともあって、私は一人暮らし
の家へ入れてしまった。
トイレから出て来た亀卦川に、では、はいさよならと言うわけにも
いかず、コーヒーでもとコーヒーを入れた。
少し話をしての帰り際、さよならと言ったところで亀卦川からキスを
仕掛けられ、あろうことか、私はそのまま、その場の雰囲気に流されて
しまった。
油断した隙を突かれてしまった形になった。
恋人は遠い異国にいる。
今日のことはただのアクシデントなのだ。
大したことじゃないし、裏切りでもない。
町田が同じ日本にいないことを理由に、私は自分のしていることを
正当化した。
黒い心が囁いた。
黙っていれば、分からないのだし──と。
当たり前のように、スマートに強引に亀卦川はキスから先もそのまま
進めていった。
何で私は抵抗しないのだろう。
私も結局は平山麻子たちと同じ穴の狢なのだ。
いや、恋人がいる分、もっとタチが悪い。
だけど私は後で、亀卦川に責任取れなんて無様なことは
言わないと、その時思った。
コトが終わったあとのこと……。
「これって、レイプになる? 」
そんなことを亀卦川が聞いてきた。
彼の本意は何?
「さあ、どうだろう」
「ふっ、香ちゃんらしいね。
ね、俺たち、付き合おう! あいつらみたいに遊びじゃない。
本気で付き合いたい。
俺、香のこと本気で好きなんだよね、考えといてよ」
そんな嘘か誠か、どうでも取れるような会話を交わしながら、
脱ぎ捨てた衣類を私たちが身に着けていた時、突然玄関のドアが開き、
まだ半裸でいる私たちの目の前に町田が呆然と立ちつくしていた。
「町田くん!」
私は彼の名を呼ぶしか術がなかった。




