55 ◇心を入れ替えます
「う、ううん。ありがとー、うれしいぃー!」(棒読)
駄目だ、喜びがちっとも言葉に出てないやっ──まずい。
「いやあのね、ほんと……うれしいのよ? ただびっくりしちゃって」
どういう心境の変化ですか? って、他の人間が相手だったらきっちり
訊いていただろうと思うけど、
この寿を──
この僥倖を──
人生初でたぶん二度とないであろうこの機会を潰したくはないから、訊かない。
緒方と同棲を始めた時も幸せだったけど、一緒に過ごして10年して
また新たな幸せを享受できるなんて、この夜は本当に幸せだった。
私は前日の夜、松浦と一夜を過ごすことなく帰って来たことを
思い出し、セーフ……ギリ、セーフ! とキッチンに入った時、
小さく呟いたyo。
松浦と一夜を過ごし、朝帰りなどしていたら──
果たして緒方は予定道り私にプロポーズしただろうか。
神様、ありがと。
私はすんでのところで、幸せを取りこぼしてしまうところでした。
心を入れ替え、緒方くんにもっとやさしい心で接して、大事に
していきます。
私はこの夜、バルコニーの窓越しに夜空を見ながらそう誓った。
翌日もお互い仕事があり、いつものように緒方のほうが先に家を出た。
見送りに玄関まで行き、私は昨夜受け取り指に嵌めた結婚指輪を彼に
見せながら『行ってらっしゃい』と送り出した。
緒方の姿が遠くに見える頃、私はおばさんだけど、思わずバンザーイを
した。
翌週の飲み会も、その日は緒方も職場の年末行事ということで帰りが遅く
なると聞いたので──
独身のうちにと思い、私は参加したのだった。
松浦のことも参加理由の1つだった。
昨日今日の付き合いではなく、これからのこともある。
前回同様、亀卦川くんも石川恭子も参加していた。
とりま、松浦くんとふたりで話せる状況にはすぐに持っていけた。
何せ、亀卦川のヤツ松浦なんてうっちゃっといて石川さんにへばりついてるからさぁ。
ちょっと笑ってまったわ。
「先週は途中で帰るみたいになってごめんねぇ~。
折角素敵なお店のこと話してくれてたのにね」
「あれからどうだったの?」
「うん、何とか自力で家まで帰ったわ。
速攻布団に倒れ込んだんだけどね。
あの日さ私、松浦くんが話してくれたお店にさ、行く気満々だったのは
本当なんだ」
「うん……」
「だからさ、ほんとだったら今日仕切り直したいところなんだけど──
ぶっちゃけ松浦くんとの火遊び楽しみにしてたけど、あれから状況が
変わっちゃって……。
ぐちゃぐちゃ言ってると、松浦くんからしたら何言ってんの、訳わかめ
ってことになりそうだからはっきり言うね」
「……なに」




