52 ◇一晩のアバンチュール
松浦はもちろん私のことを独身だと思っているが、まさか四捨五入
すれば50才に手の届く、しかも今まで同じ職場で長い付き合いもあり
気心もしれている私が──
妻のいる自分と一晩くらいアバンチュールを楽しんだからといって、結婚を迫ってくるとは露ほども思ってないはず。
松浦に映ってる私の立ち位置なんて、そんなもんだ。
私は私で緒方に義理立てしなきゃならないほどの愛情なんて
もうないようなもんだしなぁ~。
愛だ、なんだって言うどころか、緒方に好きな相手ができたら
私なんて速攻、お払い箱だよ、きっと。
私は空しい現実に向き合いながら、今夜の松浦との先の時間に
ついて考えていた。
緒方は荒っぽいところのない人間で家のこともできる範囲のことはする、
どちらかというとやさしい部類に入っていると思っていたけれど。
いつの間にか、やさしさを感じられないような接点のない味気ない
暮らしになっていることに気付いてしまった。
もう緒方がどんな気持ちで過ごしているのかさえ分からなかったし、
また敢えて分かりたいとも思わない醒めた自分がいた。
熱の醒めた後の平凡な暮らしの中で知世は、まるで読めないこの先のこと
を考える度に今の暮らしに、不安と不満が沸いてくるのだった。
えいっ、ままよ……。
松浦くんとこのままいい感じでこの店を抜けて、別の場所へ
行くか?
自分の中で覚悟を決めようとした時、チクリと胸の奥に痛みを覚えた。
こんな感覚は初めてで、私は動揺した。
そしてそのうち、気分も悪くなってきて、私は断りを入れて
化粧室へと向かった。
折角いい気分だったのに、どうしちゃったんだろう。
しばらく、どうにかならないかとその場に佇んでいたけれど元に戻らず、
これ以上悪化すると自力で家に帰れなくなりそうに感じたので、席に戻り
私は松浦くんに告げた。
「急に体調が悪くなってきちゃったから残念だけど今日は帰るわ。
またその素敵なお店のこと教えてね」
「分かった。
早く帰って横になった方がいいぜ。
じゃぁまた」
本当にどうしたんだろう。
具合がどんどん悪くなって帰れなくなったら大変だと思い足早に駅に
向かい、電車に飛び乗った。
それなのに自宅の最寄り駅に着く頃には、体調は元に戻っていた。
何だったんだろう、まったく。




