42 ◇困り果てている
「あのっ!
ほんとに私なんかに預けていいんですか?」
「へっ?」
──と口にした神谷が香のほうを振り返る。
「わたしぃ、この子をどこかへ連れてっちゃうかもしれませんよ?」
『ムムムムつ、こんな時に何を言い出すんだ、まったくぅ
このアマぁ~~~』
このシチュエーションでそんなことを言うかぁ~。
おちょくられているとはつゆ知らず、神谷は一瞬どうするのが最善なのか
考えるも、己のコンピューターは答えを出せなくて固まってしまった。
「あはははぁ~、ごめんなさい、冗談、じょうだんですってばぁ~」
それを聞いた神谷は疾風のように3才児を横抱きにし、WCへと
駆けて行った。
子供たちと香のいるところへ戻ってきた神谷は、トイレを往復していた
時間をまるっと切り取ったかのように、香に向き合うや否や、応戦するかの
ように言葉を吐き出した。
「あなたね、あんな時によくあんな信じられないこと言いますね。
呆れた、ほんとあきれた呆れましたよっ。何て人だっ、はっン!」
神谷は大人しくしていればなかなかな男前の顔の表情筋を上手く
くねらせて、矢継ぎ早に香にほざいた。
しかし、神谷の目の前のふざけた女は微塵もたじろぐ様子がなかった。
「ふふっ、ごめんなさぁ~い。
なんかね、そうほんと急だったの、計画的じゃなかったのよ?
私に殊勝にお願いしてきたあなたを見ていたらごっ……ぐぉっ~……
ごめんなさい。
無性におちょくりたくなっちゃって……ごめんなさい、ほんとっ
くくっ……私、病気かもしれませんわ」
◇ ◇ ◇ ◇
『このヤロ~~、病気かもしれませんわって、他人事みたいに
言いやがってますよ~~。
イヤイヤ、もしかしてほんとに頭ヤバイのかも』
香のノリについていけない神谷はその後本当に悩んでしまった。
しかし、俺がこんなに悩んでいるというのに、目の前の
変な女はすました顔で取り乱すこともなく、落ち着いた物腰
なのだ。
公園で一瞬 会うだけの縁だとしても、頼れる者のいない
今の自分には──
1人でも、たった今この1人でも子供たちと接してくれる者がいることは
有難いことなのだと思うと、女のことを変な人間なのかもしれないなど
とは、考えたくなかった。
そして今まさに彼女は麦のちゃんとまだ言葉にならない話をやさしく相手
になって息子に相槌をうち、あわせてくれている。
普通の親なら、こんな危ないことを冗談であったとしても
平気で口にするような人間とは付き合わないだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
だがこんな人物でも有難いと思える程、この時の神谷は困り果てて
いたのである。




