33 ◇妻を亡くした男
神谷司は8か月程前に妻を病気で亡くしていた。
産後の肥立ちが悪いこともあったことと、麦の夜泣きが酷かったことで
併せて睡眠が満足に取れず、気分の落ち込みなども見受けられ、産後鬱に
突入。
市の保健婦などにも相談はしていた。
けれど、何せ上に2人も子供がいる身、神谷は入院なども勧めてみたが、
妻は同意せず、また神谷自身も他にも幼児がいるという家庭環境であったため、
強く押し切れないところがあった。
義母にも週に何度か来てもらい助けてもらいつつ、何とか子育てを
まわしていたのだが、そんな中である日突然バッタリと妻が倒れてしまい、
帰らぬ人となってしまったのだった。
一番下の子麦を産んで半年後のことであった。
男児麦はまだ6ケ月で、突然の妻の死に対して悲しみに暮れつつも
その感傷に浸ってばかりもいられなかった。
即時3人の子供を抱えて、生活してゆかねばならなかったから。
元々妻の実家の近くに住んでいたため、義両親に頼りながらなんとか
仕事も続けていたのだが、しばらくして義母が育児中に麦を抱いたまま
転倒、大腿骨を骨折してしまい、義母は長期入院となり日中の子守を
失ってしまった。
そんな訳で、神谷は仕事を辞めた。
妻には弟がひとりいるが姉妹はなく、神谷がまず困ったのは子育ての相談
できる人、アドバイスをくれる人が身近にいないことだった。
市役所に電話で相談をすると公民館にあるママたちで運営されている
手作りの子供サークルへ参加してみてはどうか? と勧められた。
それで月に2回ほど開かれている公民館でやっている親子の為のサークル
へ通うことになった。
予想していた通り、父親が参加しているのは自分のところだけ
だった。
藁をも掴む思いで参加した。
しようがない、浮くことは最初から前提だった。
しかも3人も連れて参加したのは、自分のところだけだったし。
会社行ってるはずのおっさんが参加してるし。
だけど、みんな奥さんたちはやさしかった。
持ちモノを忘れた時など、すぐに予備を貸してくれたり、うちの子が
ちょろちょろしてたら、やさしく相手してくれたり、行った時やら帰る時
声かけしてくれたり。
何ていうのかな、おっさんだけどここにいる時は奥さん同士? みたいな
感覚で接してくれようとするのが非常にありがたかった。
俺の中にあった主婦は井戸端会議的が鉄板っていうイメージが
少なからずあったんだけども、そんなものはすっかり払拭されたな。
ンで、この間のサークルなんだけど見知った顔の女の子が以前とは
違う女性と参加していて……。
何故3人もの子供の相手していてそんなことを気に掛ける余裕もないだろ
うになんだが、アレなんだな──
まぁ、以前一緒にいたその子の母親もチャーミングな女性だったものだから
よく覚えててそしたらその別の女性はなんていうか、人間離れした美しさ? っていうのかな、めちゃくちゃ美人さんだったから、どういう人? どっちが本当の母親なんだろうなんて考えてしまった。
大勢いる親子連れの中で美晴ちゃんの母親を特に記憶していた
のには訳がある。
二度目の参加日、持って来ないといけない物のうちの内輪とクレヨンを
忘れてしまい、その時にお世話になっていたからだった。
たくさんあって3枚も持ってきちゃったのでちょうど良かったです。
使ってくださいと内輪を2枚もらい、その上わざわざ離れていた場所から
俺たちのいる所まで移動してきてくれて、クレヨンも貸してくれたことが
あったからだ。
それで苗字と娘さんの名前も覚えてたんだ。
宗谷真知子さんと美晴ちゃん。
どちらにしても綺麗な女性が妻でかわいい女児がいて、毎日美味しい
手料理が出て、そんな羨ましい旦那のことを考えていたらなんか侘しく
なって腹も立ってきて。
そのような感情に囚われつつ、あの美しい女性のことが時折
頭に過ることがあった。




