お手紙を届けに
寒い冬を越えた、ある春の日のことです。
おひさまは、やさしく陽射しをなげかけています。
雪解けが終わり、花があちらこちらに咲きはじめています。
今日も今日とてカタツムリくんはお手紙を届けます。
カタツムリくんが、たくさんの方にお手紙を届けるため、相棒のカラスさんが、カタツムリくんの移動を手伝ってくれています。
カラスさんが運んでくれるかごに、カタツムリくんはたくさんのお手紙とともに、乗りこみました。
少し眠そうなカタツムリくんです。
「今日も〜、お願いします〜」
「相変わらず、夜に寝られんのか?」
「はい〜……。でも、きっと昼間働けば、寝れるようになるんじゃ〜、と淡い期待があるんです〜」
カラスさんは、やれやれ頑固なカタツムリだ、と思いました。
眠い時に眠ればいいのに、とカラスさんは思います。
しかしカタツムリくんにとっては、そうではないようです。
カラスさんは、かごを持ちながら最終確認を行います。
「忘れ物、ないや?」
「大丈夫です〜」
「今日、まわるところはどこやな?」
「カエルさんたちの集落と〜、井戸のカエルのけろさんのところです〜。そのあとに、ウサギさんたちのおうち巡りです〜」
「わかった。そろそろカエルたちも目が覚める頃やでな」
そうして、カラスさんとカタツムリくんは出発しました。
カエルさんたちの集落より少し離れた場所に着くと、カタツムリくんはカラスさんの運んでくれたかごから降りました。
ここのカエルさんたちはカラスさんをこわがるので、ひと工夫しているのです。
カタツムリくんは届けるお手紙が入った箱を口でくわえて、カエルさんたちの集落に向かいます。
集落に着くと、冬の眠りから目覚めたカエルさんたちが挨拶を交わしているところでした。
カエルさんたちにカタツムリくんは声をかけました。
「こんにちは〜。春ですね〜。
お手紙を届けに参りました〜」
「おぉ、カタツムリくん。今回もありがとう」
そう言ってカエルさんたちはカタツムリくんからお手紙を受け取りました。
集落を治めている長老カエルさんがカタツムリくんに言います。
「あのカエルもどきのところにも、お手紙を届けるのかい?
キミも難儀なものだねぇ……。
あんな歌わない変わり者に、お手紙を渡さなくても困りゃしないと思うよ」
「う〜ん、これがボクのお仕事ですから〜。
やはり、お仕事はキチンとしたいです〜。
次はウサギさんが待ってますので、このあたりで失礼します〜」
カタツムリくんのこたえに、不満げな長老カエルさんでした。
カタツムリくんは、よっこいしょと、からになった箱を持ち上げ、お辞儀をすると、来た道を戻っていきました。
カタツムリくんがカラスさんの場所まで戻ると、カラスさんは唸っていました。
「今月のご褒美は闇市の宝石に……。
いやいや、せっかくのお給料や。大事にせなな。
おや、おかえり。カタツムリくん」
カタツムリくんは、カラスさんへの挨拶もそこそこに、かごへと乗りこみます。
「どしたんや? 嫌なことでもあったかね?」
カラスさんが心配顔でカタツムリくんに尋ねました。
「ボクも、カタツムリらしくないとよく言われるけど……。らしくないと追い出しておいて、けろさんを、まだ悪く言わなきゃ、気が済まないって、なんだか、な〜。と思っちゃったの〜」
カラスさんは、そのことか、とため息をつきました。
カラスさんからすると、カタツムリくんは井戸のカエルに対してだけ、肩入れしすぎているように思います。
お仕事はお仕事だと思うカラスさんは、それ以上のことは尋ねませんでした。
カラスさんは、カタツムリくんを森の外れにある井戸まで運びました。
カタツムリくんは、先程と同じようにお手紙が入った箱を口にくわえて、井戸に向かいます。
カタツムリくんは、慎重に井戸の壁を伝い降ります。
というのも、この井戸は少し古くなっていて、気を抜くとガタガタと揺れるからです。
カタツムリくんは、お手紙の入った箱を口にくわえ、よっこい、よっこい、と進みます。
ようやく、地面にたどり着いた、カタツムリくんは箱をいったん地面に置きました。
昨年の冬から今日までのお手紙が入った箱は、なかなかに重いものです。
カタツムリくんの口は、痛くてぷるぷるしそうなほどです。
ひと息ついたカタツムリくんは、けろさんのおうちのドアノックをコンコンと叩きました。
いつもなら、けろさんが「はーい」と返事をしてくれるのに、今日は返事がありません。
珍しいな〜、とカタツムリくんは思いました。
今度は、もう少し強めにコンコンしてみました。
それでも、返事がありません。
もしかして、お出かけなさってる……?
いつもお出かけのときには、けろさんは書き置きをドアに貼っていってくれます。
今日はそれも、ありません。
ということは、まだ寝てるのかなぁ〜。
カタツムリくんは、少し考えました。
出直すか、けろさんを起こすか。
珍しく寝ているけろさんを起こすのは、心が痛みました。
しかし、カタツムリくんがお手紙を届ける先は、けろさんのおうちだけではないのです。
こころを鬼にして、カタツムリくんは大きく息を吸って、声を上げました。
「おはよ〜。おはよ〜。
春が来たよ〜。起きて〜。起きて〜。
けろさ〜ん、春だよ〜」
カタツムリくんは、やり切ったぞ〜、と満足なため息をつきました。
そうして、もう一度、ドアノックを叩きました。
少しして。
むにゃむにゃと寝ぼけまなこなけろさんが、おうちからよたよたと、出てきました。
「おはよう、カタツムリくん……。
起こしてくれてありがとう。
寝坊しちゃったや」
けろさんは、照れくさそうにしながらも、小さなあくびをしました。
「わぁ、今回もたくさんお手紙を運んでくれてありがとうね。
重かったでしょう?」
「いや〜、井戸の近くまではカラスさんが運んでくれるので〜。大丈夫ですよ〜」
けろさんは「そっかぁ、それなら良かった」と安心したように呟きました。
つかの間、けろさんは目を瞬かせました。
けろさんは、カタツムリくんに、ある提案をしました。
「ここの井戸、古くなってきてるから、上り下り大変だと思うの。
カラスさんさえよければ、けろのおうちの前まで、カタツムリくんを降ろすことはできないのかな?」
カタツムリくんがどう答えようか、と悩んでると、にゅっと黒い影ができました。
見上げると、カラスさんがいました。
「カエルさんは良いのかい?
私がこわくないのかね?
ここにかごを置くことが叶うなら、だいぶ時間短縮になってお給料が良くなること間違いなし……と、これは私の事情だな。失礼したや」
けろさんは改めて考えてみました。
しかしどう見ても、カラスさんはお仕事熱心な方にしか見えず、こわくはありませんでした。
「うん。カタツムリくんとカラスさんの都合で、ここのお庭を使ってくれると嬉しいな。
でも、けろが作品を作ってる時は、難しいかも……。
その時は井戸の外で、お願いしたいな。
苦労かけると思うけど、よろしくお願いします」
けろさんの返事を聞いて、カラスさんはおかしなカエルも居たもんだと思いました。
目の端に写った、けろさんのおうちの窓から見えた絵画の作品を、カラスさんは見逃しませんでした。
「じゃあ、今度から使わさせてもらうやで。
カタツムリくんもええやら?」
「はい〜。けろさん、ありがとうございます〜」
そう話がまとまると、カラスさんがカタツムリくんを急かしました。
「せっかく、時間短縮になったんや。
カタツムリくん、次の届け先に行くで」
カタツムリくんは、けろさんにお辞儀をすると、カラスさんのカゴに乗りました。
カラスさんは、そのことを確認すると羽ばたきました。
「ありがとうね。カタツムリくんも、カラスさんも。
またお願いします!」
けろさんの声をうしろに、カラスさんとカタツムリくんは、次の場所へお手紙を届けに、飛びました。
けろさんの井戸から飛び立って、しばらく。
カラスさんがカタツムリくんに話を振りました。
「あのカエルさん、絵を描くんか?」
「そうですよ〜。見ましたか〜?」
「すごく良かったや。コレクションに加えたいくらいだ」
かごに乗った状態のカタツムリくんでも、カラスさんが珍しく興奮していることが、分かりました。
「ふふ〜。カラスさんもようやく、けろさんのすごさが分かったんですね〜。嬉しいです〜」
その頃。
けろさんは、遅めのごはんを食べていました。
「やっぱり、近くで本当の鳥さんを見ると、迫力あったなぁ……。
そうだ!
今度の作品は、カラスさんとカタツムリくんをモデルに、描いてみよう」
けろさんは、ご飯を早々に片付け、いくつもの下書きを描き始めたのでした。
そうして、カラスさんとカタツムリくんのお手紙を届けるお仕事は、きもち早くなり、お給料もほんのちょっとですが、多くもらえるようになりました。
お給料の使い道を考えることが、大好きなカラスさんは、ホクホクしています。
カタツムリくんは、けろさんの新しい作品に、自分が描かれてることに、興奮したのだとか。
ぴょこたん ぴょんころ ぴょんたろす
またね。