読者の頭がパンクする推理小説
すみません、タイトル詐欺です。パンクするだけでなく、48時間海の上を全力疾走したあと8回死ぬというデータが報告されています。
後半からわりと真面目な推理小説になります。
4911年3月46日の昼下がり、変探偵の暖・ゴリラ部・八八八はかつてコンビニと呼ばれていた建物の跡地で牛スネ肉とともに踊り狂っていた。そんな折、彼のもとへ1人の青年がやってきた。
「中田 優也と申します。ゴリラ部さん、折り入ってお願いがありまして、『さくら屋』の噂について調査していただきたいんです」
さくら屋とは旅館の名である。創業4900年という正真正銘の老舗で、現存する唯一の日本旅館である。新ジャンルの宿泊施設『モベル』の台頭により、35世紀中頃に旅館は絶滅の危機にまで追い込まれた。しかし、当時モベルにも引けを取らぬ人気を博していたさくら屋だけはモベル乱立時代を生き抜くことに成功し、現在では全宿泊施設の頂点に立つ存在となっている。
「で、噂というのは?」
「先日ネットで見たのですが、2000年ほど前に珍しいタイプの殺人事件が起きたらしく、今でも珍しいタイプの幽霊が出るとの噂なんです。ただ、2000年も前の話なのでどんな事件だったのか調べても分からなくて、ゴリラ部さんに相談した次第です」
「なるほど、よく聞こえないけど何となく分かった」
中田青年が説明しているが、彼の背丈が4m弱あるせいでゴリラ部にはあまり聞こえなかったようだ。ゴリラ部は身長26cmである。
「今日はこのまま夜中まで踊るので、調査は明日からにしますね」
「はい、よろしくお願いします!」
中田青年はゴリラ部と踊っていた牛スネ肉を強奪し、口笛を吹きながら帰って行った。
牛スネ肉を失くしたゴリラ部はしばらく嘆いたあと、虚の牛スネ肉と夜中まで踊っていた。この日彼はパントマイムの楽しさに目覚めたという。
「よし、0時になったしさくら屋に行くか」
先程中田青年と約束した『明日』が来たのでゴリラ部は動き出した。変探偵には調査のためならば何をしてもよいという特権が与えられており、この時間から旅館に押しかけてもなんら問題はないのだ。
さくら屋は、標高6662mの山57の頂上に建っている。山57というのはこの山の名前である。約1500年前に愛知県出身の有名な仙人が作った57番目の作品なので、その名がついたと言われている。
約1500年前、さくら屋は愛知県ののどかな村にあり、旅行客たちに愛されていた。そんなある時、ちょうどさくら屋の下から6662mの山が生えてきて、そのまま頂上で営業することとなった。その後さくら屋は地上6662mに建つ日本旅館として世界中で有名になった。女将たちは仙人にとても感謝をしていたという。
山57の麓まで来たゴリラ部は羽を広げ、しばらく空を飛んで頂上までたどり着いた。これも変探偵の特権である。普通は人間に羽など無いのだが、調査のためなので仕方がなく羽を生やし、空を飛んでいるのだ。変探偵とは大変な仕事なのである。
ゴリラ部は門をくぐり、玄関をバンバババンバン! と激しく叩いた。するとすぐに玄関開け係が玄関を開け、奥から2人の女性が出てきた。
「ようこそお越しくださいました。女将の三角と申します」
「中居の十三角でございます」
女将と中居が鬼の形相でゴリラ部に頭を下げている。ゴリラ部も鬼の形相で会釈をすると、中居が立ち上がり、彼を部屋まで案内した。
今日ゴリラ部が泊まるのは『ヘリコの間』だ。ヘリコの間にはとにかく螺旋状のものが置いてある。壁にはアンモナイトの化石が埋まっており、寝床は巨大カタツムリの殻の中だ。
部屋中を見渡して目が回ってしまったゴリラ部は少し休むことにした。ご飯を食べてから調査をするそうだ。ゴリラ部は期待していた。このさくら屋は海産物が有名なのだ。
この建物の1m上はもう海なので、屋根の上から手を伸ばすと海産物がとれる。中でもここの名物は、黒くてトゲトゲした物体の中に入っている黄土色のトロトロした食べ物だ。この黒くてトゲトゲした物体はほぼ動かないので素手でとれる唯一の海産物なのだという。夕食にはこれが10グラム出てくる。ちなみに夕食はこれだけである。
料理を堪能し満足したゴリラ部は、聞き込み調査のため温泉に向かった。ここの温泉は真っ赤な湯と真っ黒な湯が売りで、別名地獄温泉と呼ばれている。
「女将さん、なぜここの湯はこんなに濃く色がついているのですか」
ゴリラ部は女将に質問した。
「それはちょっと企業秘密ですので⋯⋯」
答えたくないようだ。
ゴリラ部は服を脱ぎ、浴場に入った。温泉を見たゴリラ部は、本当に赤と黒だ、ここまで綺麗な赤と黒になるものなのか、と感動した。
体を洗い、赤の湯に入るゴリラ部。なんてことのない普通のお湯に感じる。ちょうど気持ち良いと感じる温度で、適度に硫黄の匂いがする。少し鉄のような匂いもするが、ほとんど気にならない。
「兄ちゃん、なんでこんなに赤いか知ってるか」
顔を真っ赤にした猿のような男がゴリラ部に話しかけてきた。だいぶ酔っているように見える。
「鉄みてぇなニオイがするだろ? 血だよこりゃ」
馬鹿馬鹿しい。この量のお湯に毎日血を溶かして赤く染めているというのか。殺人事件でも起きない限りそんな量の血は出ないだろう。そう思い男と距離を取りたくなったゴリラ部は、黒い湯に移動することにした。
黒い湯はなかなか強い臭いを放っていた。恐らくこれはシンナーの臭いだろう。女将め、大量のペンキでも溶かしているのだろうか。なにが企業秘密だ、こんなものは人が入れるような湯ではない。
「兄ちゃん、なんでこんなに黒いか知ってるか」
先程の知ってるかおじさんがまたゴリラ部に話しかけてきた。どうせペンキだろう、と彼は心の中で呟いた。
「幽霊がな、夜な夜な背中一面にペンキを塗った状態で入ってるんだとよ。あっちの赤の湯は幽霊の血だと言われてる」
なんて迷惑な幽霊なんだ。店側にとっては名物温泉になっているので嬉しいだろうが、客からするとただ怖いだけだ。しかし、この話が本当なら手がかりになるかもしれない。とゴリラ部は喜んだ。
部屋に戻ったゴリラ部はさっそく例の事件について調べた。2000年前なにが起きたのか、さっきの幽霊の噂はこのことに関係しているのか。彼は変探偵の特権を使い、一般人では知り得ない情報を調べることにした。事件のページを見つけた。彼の考えは当たっていた。
3人で泊まっていた大学生のうちの1人が、背中をペンキで真っ黒に塗られ、包丁が深く刺さった状態で見つかったらしい。その包丁で背中から心臓を一突きだったようだ。後ろから一撃で殺害するのはかなり難易度が高いため、当時は誰かが部屋に忍び込んで殺したのではないかと噂になっていたが、結局包丁についた指紋から、同じ部屋に泊まっていた友人の1人が犯人として捕まった。
「なるほど⋯⋯」
事件の概要を知ることで、あの男が言っていたことの信憑性が増したのだ。
「よし、そろそろ行くか」
そう言うと彼はポケットに右手を入れ、そこから布越しに股についている2つの玉のうち右の玉を握り、手前に4回ひねった。
「うおおおおおおぁ」
激痛により顔が歪むゴリラ部だが、なんとかタイムリープに成功したようで、2000年前の事件が起きた日の朝に来ることができた。
変探偵には何でもありの特権があるが、その代わりに1つだけ禁止事項がある。事件の一部始終を見てしまうことだ。変探偵ともなれば事件が起きる直前に戻り、全てを見ることは容易いことだが、やはり探偵というからにはカッコよく推理を決めてもらいたいものである。ゆえに禁止されているのだ。
「さて、例の部屋に行ってみよう」
ゴリラ部は事件の起きた『ペンキ刺しの間』に向かった。さくら屋には5400部屋あるので名前のバリエーションも豊富だ。恐らく犯人はこの部屋の名前を見て殺害方法を決めたのだろう。
「きゃああ!」
女将の声がする。ペンキ刺しの間からだ。ゴリラ部は急いで向かった。部屋には女将と、2人の若者がいた。
「え、三角さんですか⋯⋯?」
ゴリラ部は驚いた様子で訊ねた。2000年後の未来からやってきたのに、同じ人がいるのが怖すぎるからだ。
「ええ、私は三角ですが、あなた方は?」
「未来からやってきた変探偵の暖・ゴリラ部・八八八と申します。2000年後にもあなたがいたので少し驚いてしまいまして」
「私は女将族なので寿命が人より少し長いんです」
納得したゴリラ部は部屋に入り、遺体を見ることにした。全裸の青年の背中には包丁が刺さっており、背中一面にベッタリとペンキが塗られている。尻のほうまで塗られている。未来で見た資料の通りだ。
「おおお俺じゃないです!」
1人の青年が言った。
「僕も違います! 僕がタケシを殺すなんて有り得ません!」
タケシとは被害者の名だ。この奥田タケシからは、後に体内から大量のアルコールが見つかる。そしてもう1人、犯人である山田ゴウからもアルコールが検出される。
「君たち、昨夜はたくさんお酒を飲んだのか?」
ゴリラ部は確認した。
「はい、夕方から飲み始めて、夜には3人ともベロベロに酔っ払っていました」
最後の1人、吉村インコが言った。この子はこの後、同じ部屋にいたにも関わらず、何も見ていない、全く記憶が無いと証言することになる。
事件の概要は知っているゴリラ部だが、彼はなぜペンキを塗りたくったのかが知りたかった。ゴリラ部は吉村の手を見て質問した。
「吉村君、その手はなんだ」
「ペンキです。うちは親がペンキ職人で、僕もたまに貰って遊ぶんです」
こんな旅行でペンキで遊ぶつもりだったのか。若者の考えることはよく分からない。
「それで、記憶は無いのですが、多分酔っ払った僕がタケシの背中に塗って遊んだんだと思います。ごめんなさい⋯⋯」
「そのまま包丁も刺したんじゃないのか」
山田ゴウが吉村を疑っている。残念だがこの後彼は犯人として捕まるのだ。
ここでゴリラ部はふと思った。はたして記憶が無くなるほど酔っていた人間が一刺しで人を殺せるのだろうか。
「そのペンキ、見せてもらってもいいですか」
ゴリラ部がそう言うと、吉村インコは押し入れに入っていたペンキの缶を取り出した。
「すみません、怒られると思って隠していました」
今さっき友人が死んでいるのを発見したので朝隠している時間は無かったはずだ。夜は記憶が無いほど酔っ払っていたという。ではいつ隠したのだろうか。
「チャッス」
警察の人間が数人入ってきた。彼らがこの後何をするかは知っているので、邪魔にならないよう聞き込みを続けていく。
ペンキの缶には刷毛と細い筆が入っていた。細い筆は何に使ったのだろうか。洗い物が増えるだけなので、背中に塗るだけなら刷毛だけで十分だろうに。
「山田ゴウさん、あなたの指紋が包丁から見つかりました」
警察の人間が言っている。仕事が早い。
「え、そんな⋯⋯あ、そうだ、思い出しました! 夜中酔っ払ってる時にインコに『タケシを殺してくれたら本マグロ食べ放題プレゼント!』って言われた気がします! なんとなくですが、覚えているんです! 」
ゴリラ部はまだ腑に落ちていない。酔っ払っいる人間にこんな正確な殺し方ができるわけがないのだ。
「こいつの言っていることは嘘ですよ。昨日僕たちは飲みながらラジオの収録をしていました。絶対にそんなことは言っていないのでこのレコーダーを確認してみてください」
そう言って吉村インコはボイスレコーダーを差し出した。ここでゴリラ部は気がついた。記憶が消えるほど酔っ払っていたと言っていたのに、自分は発言していないとここまで自信を持って言っているのだ。この男、嘘をついているに違いない。
それにしてもラジオとは、彼らは有名人なのだろうか。それとも趣味なのだろうか。
「その録っていたラジオって、どんな内容なの?」
ゴリラ部が2人に聞いた。
「昨日のことは覚えてないんですけど、受験勉強のアドバイスをしています。僕達医学部なんです」
と吉村インコが言った。こいつ、覚えているのか覚えていないのかどっちなんだ。憤る気持ちを抑えてゴリラ部は言った。
「私はね、未来から来たから全てを知っているんだ。君が嘘をついていることも。だから本当のことを話しなさい」
ゴリラ部は吉村に鎌をかけているのだ。
「そんなの有り得ませんよ。嘘をついているのはあなたです。バカしか信じませんよ」
言い返されたゴリラ部は少し怒った様子で言った。
「さっき医学部だと言っていたが、君は医者になる気はないだろ。10年後君は父親と一緒にペンキ職人をしている」
「なぜ僕の気持ちを⋯⋯! 確かに僕は職人の道に進みたいと思っています。でもタケシが『一緒の病院で働こう』とうるさくて⋯⋯分かりました、全て話します」
なんとか信じさせることが出来た。本当に全てを知っていたらこの場で全て言ってしまえばいいだけなんだがな。未来から来たといっても全てを知っているわけではないのだ。吉村は未来を言い当てられて動揺しているのだろう。
「タケシを殺したのはゴウです⋯⋯」
まだ白状しない吉村。こういう時に嘘をつきまくっているやつがいたら、基本的にそいつが犯人なのだ。なのでゴリラ部は完全にこいつが犯人だと思っている。
「ただ、誘導したのは僕です」
誘導とはどういうことだろうか。ボイスレコーダーを手渡したということは、彼はなにも不味いことは言っていないのではないのか。
「酔い潰れて寝ていたタケシの背中にペンキで『ここを刺してくれたら本マグロ食べ放題!』と書いて包丁を机の上に置きました」
なるほど、刺せと言われたと言っていた山田ゴウの証言はこれを見た記憶だったのか。刺したあとその文字をペンキで上から完全に塗りつぶしたのだろう。
「しかし、酔っ払いが後ろから心臓を一突き出来るものかな」
警察の男が不思議そうな顔で言った。
「僕が×印を書いたんです。ちょうど心臓に刺さるように」
さすが医学部といったところか。とゴリラ部は感心していた。
「なので、僕は実は酔っ払っていませんでした⋯⋯」
ゴリラ部は彼が酔っていなかったことは何となく分かっていたので驚かなかった。
真相が分かったゴリラ部は股についている左の玉を4回手前にひねり、4911年に戻った。
現代に戻ったゴリラ部は依頼者である中田青年に事の顛末を報告し、報酬380円を手に入れた。うまい棒を38本買ったゴリラ部はそのうまい棒でサンバの衣装を作り、コンビニの跡地で虚の牛スネ肉と朝まで踊ったという。
最後までお読みいただきありがとうございます。お楽しみいただけたでしょうか。感想などいただけると幸いです。




