潜入
「お邪魔しまーす……」
誰に向けて言ったわけでもない独り言を小声で囁いて、音を立てないように小窓をゆっくりと開いた。
部屋の中に人がいない事をしっかりと確認すると、柔らかい関節を巧みに使いスルリと小窓を潜り抜けて、2mほど下の床にタンッと着地した。
無事に侵入できた事に安堵し、小さく息をつく。
侵入は成功、第一関門突破は突破した。これからが本番だ。
俺は再び気を引き締め、唾を飲み込む。
こうして入れたはいいが、ここは何の部屋だろうか。
俺は、自らの状況を確認するように辺りを見回した。
幸いな事に、侵入に使った小窓から入ってくる月明かりがこの部屋を控えめに照らし、僅かではあるが俺の視覚に情報を与えてくれている。
だけど所詮は月明かり。その光量は僅かに床を照らしてくれる程度だ。辺りを物色するのには少々物足りない。
「仕方ない。あまり使いたくないけど、使用させてもらうよ」
俺は周囲を照らす明かりを得るために、光魔法『ライト』を手際良く発動させる。
詠唱を開始すると、次々と小さな光の粒子が手の周りに現れ出した。
光の粒子は一ヶ所に吸い込まれるように集まり、呪文の詠唱を終えた時、それは小さな光の玉となって手の上に現れた。
光の玉を作り出す光魔法——ライト。
魔法を学べる人であれば殆どの人が最初に取得するであろう、言わば必須魔法だ。
見た目は丸く、リンゴほどの大きさだが、光なので当然触れられないし、音や匂いも無い。
だが一つ、触れられる方法がある。
それが今から使用する『付与魔法』だ。
この魔法は文字通り、使用した魔法の効果を人などに付与することができる魔法だ。
付与させる物は何でもいいが、大抵の場合、安定性の高い『石』が利用される。
石であれば何でも良い。お金が無ければ、そこらへんに落ちているただの石で構わない。
だが、成功率や威力を上げたい場合は、商人達が売っている高い魔力の込められた魔石を使うのが理想的だ。
俺は腰に取り付けてある皮袋から、小さな(ただの)石を一つ取り出した。
そして、右腕で発動させた光魔法『ライト』を、左手に持っている石に効果を付与させる。
自らの腕の中で、『ライト』が石に向かってゆっくりと動き出した。
吸い込まれるように動いた光の玉は、左手の石と重なり——やがて合体する。
——それは、一つの『光源石』となって姿を現した。
どうやら無事に成功したみたいだ。
この『付与魔法』は決して簡単な魔法では無いが、コツさえ掴めば簡単に発動できる。
ただ、この魔法が他の通常魔法と少し違うのは、技術力に加え、運要素も関わってくるということだ。
なので今回一度で成功することが出来たのは、運が良かったと言ってもいい。
何故わざわざ付与魔法を使って『光源石』を作り出したかというのには、そうせざる負えない理由が二つある。
一つは、両手を自由に使える様にしておく為だ。
魔法を発動させたままの状態にしておくと、片手が塞がっていて行動に制限が付いてしまう。特に今は、何が起こるか分からない状況にあるため、咄嗟に逃げる事も隠れる事も難しくなってしまう。
もう一つは、魔法力には上限が存在するからだ。
我々の魔法は、自らの体内に存在する魔力を燃料のように消費する事で発動される。
自らの魔力量の上限というのは、体調や勘で判断するしか無いのだが、体内の魔力が尽きてしまうとかなり危険だ。
まず初めに魔力量が少なくなると、吐き気、めまい、頭痛などが起こる。
さらに少なくなると、吐血し、意識が朦朧として、最悪の場合、昏睡状態になるか死に至る事もある。
それを防ぐ為に、魔力が宿った石などに魔法を付与させて使う。
魔法を付与された石は、石に宿った魔力を消費して魔法の効果を持続させるため、魔法使い達は自らの魔力量を減らす事なく安全に活動する事が出来る。
俺は光源石を片手に持ちながら、再び周りを見回した。
床には大小の木箱が大量に乱雑と置かれている。それ以外には巻かれたままの絨毯や巻き物、剣などの武器も置かれていた。
——大当たりだ。
どうやらこの部屋は、さまざまな物資を保管するための物置部屋らしい。
『ストララーニ・バララルド』
たった一代で巨万の富を得たという、世界でも有数の大富豪だ。
また、商会の会長としても有名で、主に宝石や奴隷を扱う『ストララーニ』ブランドは一定の品質の高さで定評があり、需要も高い。
この館に侵入して正解だった。
バララルドのような成金の館には、大量の金品があると見込んでの潜入だったが、予想は的中だったらしい。
流石に大富豪の館なだけあって、警備は抜かりなかった。
我々泥棒家業はいつ殺されても不思議では無い。常に死と隣り合わせの危険な職業だ。
俺は今までも、幾度となく命の危険に晒されてきた。
だが、今回は命を賭けるに値するだけの報酬が見込めそうだ。
俺は思わず、右手で小さくガッツポーズをしてしまった。
しかし喜んでる暇は無い。時間との勝負だ。
誰かに気づかれる前に金品を盗み出し、早々に引き上げなければならない。
俺は先程作り出した光源石を、透明のペンダントに入れて、首から下げた。
こうする事で両手が自由になり、更に物色がしやすくなる。
早速床に転がっている木箱の蓋を静かに開けて、中身を確認した。
——何……だと!? 嘘だろ……。
俺は驚きの余り、音が出る事を忘れて次々と木箱の蓋を開けていった。
やはりだ。やはりどこにも無い。
物置部屋に乱雑と置かれていた大量の木箱の中には、宝石の数々……ではなく魔力の宿った石『魔石』が大量に入っていた。
「クソ! この部屋じゃ無かったか」
俺は誰にも聞こえないような小さな声で嘆きを叫んだ。
甘く見ていた。……そうだよな。そんな簡単にいくわけがない。
だが、どうしてこんなに大量の魔石が?
魔石はあるに越した事はないが、これほど大量には必要ない。
普通の魔法使いでは、百年あっても使いきれないほどの量だ。
それにこれは『魔曜石』という特殊な魔石。
この『魔曜石』は普通の石と異なり、魔法を付与させる為だけに存在する高級品だ。
一般に出回っている魔石の中では最高級レベルである為、値段もそれなりにする。
魔曜石ひとつで一ヶ月は食料に困らないだろう。
しかし、だからこそ妙なのだ。
この館の主人であるバララルドは魔法を使用出来なかったと聞いた。
バララルド以外が使う事も予想できるが、バララルドの妻であるストララーニ・アニューラは子供を産む前に病気で亡くなったらしいので、現在は独り身のはずだ。
……であれば、商売の為?
大量に買い込んでおいて、魔石の値段が上がった時に売り込む算段だろうか。
商会の会長である事を考えると、その線が濃厚そうだ。
——バララルドのやりそうな事ではある。
いつも客の足元を見て、品物を最高額で売りつけてくる。
卑劣なやり方だ。
この魔石を盗めるだけ盗んで退散するのもアリだが、わざわざ危険を冒して侵入したのだ。
これだけで留めるのはあまりにも惜しい。
俺は大量の魔石を一瞥すると、後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、部屋を後にする事に決めた。
——大丈夫。きっと見つけ出す。待っていてくれ。
個人的には3作目の創作作品です。
(どれも完結させずに放っておいてありますが……)
稚拙な文かと思いますが、読んでいただけると幸いです。