第6話 『おめでとう』
↓黒崎黎人 視点
やってしまった。
伝える順番を間違えたあ~!
そりゃあ、勘違いするよ!
ただでさえ、チョコを持っている状況を見られただけで泣くほど取り乱していたのにっ!
小雪がぐちゃぐちゃになった顔のまま泣きながら走り去ったのを追いかけたのだが、小雪の脚の速さに敵わず小雪を見失ってしまった。
速すぎるだろ!?
「はぁ、はぁ、とりあえず探さないと……」
荒だった息を整えながら今後の方針を考える。
探すのは確定として見失った小雪を広い街の中から探し出すのは混迷を極める。
とりあえず人手が必要だと思った僕はスマホを取り出して電話を掛けた。
『もしもし、黎人?』
「綾ねえ、小雪がっ!」
『小雪ちゃん?……あんたまさか、あれほど言い聞かせたのに泣かせたのっ!?』
綾ねえの怒号が僕の耳をつんざく。
綾ねえの言うことは度正論で言い返すことが出来ずに黙り込んでしまう。
『小雪ちゃんは自分のことを蔑ろにしちゃうから黎人がカバーしないとダメだって、ちゃんと高校のバレンタインがどういうものか教えたでしょ?』
「うん、ごめん……伝える順番を間違えて……」
『もしかして、気持ちの前に本命チョコの話をしたんじゃ……』
「はい、それで早とちりされて逃げられました……」
『あんたらね……とりあえず、話は後で聞くから今は小雪ちゃんを探して、ちゃんと伝えて渡しなさいっ!あたしも小雪ちゃんのご両親に連絡して探してもらうからっ!』
人手は確保できた……後は探すだけだ。
小雪が走り去り、どこへ向かったのかはよくわからない。だけどなんとなく小雪が居る場所に見当はついていた。
小雪と小さい頃から何度も遊んできた公園で、高校生になった今はあまり行かなくなってしまったけれど、小雪はなにかあったときすぐにそこに逃げ込んでひっそり泣いて、僕が見つけ出すというのが昔の日課だった気がする。
昔の彼女は、いや、今も小雪は自分の気持ちに素直になれないどこにでもいる普通の女の子なんだ……。
紅い髪で珍しいとか、自分の気持ちを蔑ろにして他人を思える優しさがあるとかそんなんじゃない。
高崎小雪は全然特別な女の子でもなんでもない。
健気で、泣き虫でそれでも笑顔を浮かべるともの凄く可愛い小雪。
小雪と出会ったのは小学校1年生。
そこから仲良くなって、一緒に遊んだり勉強して、ちょっぴり喧嘩して、また仲直りして。4年生のときに他の男子と仲良くしているのを見て嫌な気持ちになって、そこから小雪のことが好きなのだと恋をしてはドキドキした。
中学になってから明確な男女の壁が出来てしまって関わる時間は大きく減ってしまったけれど、定期的に一緒に帰ったり、休日を過ごしたり、バレンタインのチョコレートをもらったりして小雪からの好意はひしひしと感じてきた。
両想い、それが僕にとって居心地がよかったのだと思う。
お互いに好きだとは伝え合ってない、けれど好きだとわかっている幼馴染み同士の関係。
恋人という明らかに縛られた関係ではなく自由に振る舞える関係が……。
だけど、いつまでも小雪に負担を掛けられない、甘え続けるわけにはいかない。
好意を互いに抱いていると、それによって小雪がずっと辛い思いをしているということが自分でもわかっているのだから、そんな彼女を苦しめ続ける僕は最低だ。
息を切らしながらも辿り着いた懐かしい公園。相変わらず人通りは少なくて、街灯も近くにはないため、日が落ちてしまった今となっては真っ暗闇である。
だけど、何度も通った公園の場所は完璧に把握していて、真ん中にある小さな丘の、貫通したトンネルにスマホのライトを照らして覗き込む。
「ほら、みいつけた……小雪」
「れ、れいと……くん」
悲しみに暮れてぐちゃぐちゃに泣き腫らした小雪の顔には真っ赤に腫れ上がった目に、頬には土汚れや涙の跡が付いていて見るに堪えない顔だった。
けれど、そんな小雪の顔も愛おしいと思えるほどに僕の心は恋を自覚する前から、ずっと初めから彼女に奪われてしまっていたんだ。
◆◆◆↓高崎 小雪視点
「さ、寒い……」
気付けば私は小さな丘がぽつんとある寂れた公園に来ていました。
走ってきて、上がっている息を整えながら久し振りに訪れる公園を眺めて昔の私を投影します。
そして投影した影を追うように私は一人でめそめそと泣く小さな赤髪の女の子を追いかけて私は丘にある小さなトンネルに潜っていきます。
「うぅっ、……っすん……はぁ、はぁ、っすん……」
さっきまで全力疾走していたせいか、息を整えるのと嗚咽を溢すことの2つが同時に行われようとするのは流石に体に悪いのか涙は少しだけ落ち着きました。
だけど、胸に生じるズキズキとした痛みは止むことなく、むしろ深く差し込まれてグサリと私の心を抉り取っていきます。
「ふぅ~……本命チョコを頂けるなんて、っ……流石黎人くんです」
暴れ狂う私自身に言い聞かせるようにキリキリと痛む胸をぎゅっと押えて深呼吸をしながら溢れて止まない自分の気持ちにナイフを突き立てて黙らせます。
「そ、そうです、お祝いの練習しないといけませんっ」
わざとらしく手をパチンと叩いて、暴れ狂う自分に鞭を打ち手綱を握ります。
ほら、ちゃんとイメージしてください。
もう顔に関しては今日はぐちゃぐちゃになってしまったので笑顔の練習はできませんが、発声練習は十分にできます。
私はまず、ひ、1人で高校に向かいます。
そして、大好きな黎人くんとまだ私が見たことのない黎人くんの彼女さん。
だけど、黎人くんのことを好きになってくれる女性ですから、私よりも15cmほど身長が高くて、胸が大きくて、キラキラと煌めく黒いふわふわとしたショートヘアの明るくて親しみやすい元気一杯の純朴な女の子に違いありません。
……きっと私の想像よりももっと素晴らしく、こんな卑屈でどうしようもない私なんかとは引き合いに出すまでもないくらいに素敵な女の子です。
そんな2人に私は会いました。はい、
「おめでとうございます、黎人くん。素敵な彼女さんですね」
……
トンネルに反響した私の声を再度聞き直しますがだめだめです。
全然心が籠もっていませんっ、やり直しです。
「おめでとうございますっ黎人くんっ」
……
声が上擦りすぎて不自然ですっ。
「っ……おめでとうご、ございます、れ、黎人くん」
……
噛みましたっ、やり直し……です。
「れ、れいっと……れいっ、とっ……れっ、れぅ……れぅううぅぅぅうっ」
止まったはずの涙が溢れ出しました。
どんなに拭っても土汚れを気にせずに目元を擦りつけても涙が止まってくれません。
一度決壊したダムは私の中の水分が、想いが枯れ果てるまで流れ続けるしかありません。
胸が、心が痛いです……。
お祝いしなきゃいけないのにっ、大好きな黎人くんが幸せになっていることを喜ばなきゃいけないのにっ……。
私なんかよりもずっと素敵な女の子と一緒にいられるようになってそれが彼を笑顔にしてくれるのにっ。
なんで、なんでっ……私は
「おめでとうって言えないんですかぁ……っうぅぅうぅうっ、ああぁあぁああぁん……うわぁああぁああぁ!……」
わかっています。
簡単です。
私が黎人くんのことを好きだからです。
彼の隣に他の女の子が隣にいて、彼が私には向けたことがないような優しい笑顔を浮かべているのがいやなんですっ。
彼の一番が私は欲しいんですっ!
彼の隣にずっと居たいんですっ。
でも、でもでもでもっ臆病で愚かな私は優しい彼の側に立つことは許されませんでした……。
だからっ!幸せになってくださいって!願わなきゃいけないんです!……だって大好きな彼が幸せになろうとしているのですよ。それすら願えない私は最低じゃないですか……。
なのに、なんで……。
胸が痛いの?涙が止まらないの?
トンネルの入り口を見ますが気付けば外はもう真っ暗で真っ黒で何も見えません。
一寸先は闇とはまさにこのこと、こんな暗闇の中を見つけてくれる人はいるはずもありません。
気付けば先程一緒に入った女の子の影は同じくらいの背をした男の子がやって来て、男の子に手を引かれて嬉しそうに帰っていきました。
私の手を引く者は一向に現れません、まぁ、現れるはずがない癖になにを期待しているんですか私は。
私は独りぼっちです。
寒くて、怖くて、どうしようもなく寂しくて仕方ありませんが、これでいいのかもしれません。
ここで闇に溶け込むように消えて居なくなってしまえればこんなにも醜い私は黎人くんの前から消えられる。
そうすれば黎人くんは私という幼馴染みの束縛から解放されて、彼が本当に好きな女の子と一緒に居ることができます。
もしかしなくとも、そういう話を黎人くんは持ちかけようとしたのかもしれません。
大好きな子と一緒にいるために幼馴染みである私はお邪魔虫で、そんな2人の仲を蝕む害虫は駆除せねばなりませんから。
「ハハハ……ッスン、スン……ああぁああぁぁ……れ……黎人くん」
――好きです。
もう口には出せませんから。
黎人くんのことが好きです。
私が黎人くんのことを明確に好きだと気付いたのは小学校6年生の卒業式とかなり遅くなってしまいました。
卒業と同時に引っ越してしまう遠くに女の子がいて、その子が『離れたくないっ』と泣きながら黎人くんに慰められている所を見てしまい、その時にようやく自覚しました。
黎人くんの隣、私のなのに……あなたが私の場所を盗らないでくれませんか?。
なんか悔しいです。
自分の恋心に気付いたのが嫉妬からだったなんて……。
でもたぶん自覚してなかっただけで、私の心はあの時黎人くんが守ってくれて、慰めてくれて、こんな赤い髪を綺麗だって褒めてくれたその時から私の心は既に黎人くんのものです。
たくさん遊びました、たくさん笑いました。
たくさん泣きました、その度にここにやってきては隠れんぼをしていました。
何度も見つけてこの手を引いてもらえました。
ちょっぴりだけ喧嘩したこともありました。
喧嘩のときはムカムカしていたのに黎人くんがいなくなったらすぐに寂しくなってしまいました。
仲直りをしました、黎人くんとまた一緒にいてもいいのだと心の底から安堵していました。
黎人くん……私、高崎小雪は貴方のことが……
そんな時でした。
真っ暗だったトンネルに光が差し込まれて急激な眩しさにきゅっと目をつむってします。
それと同時に私の胸の痛みが少しだけ和らいでドキンと強く拍動するのがわかりました。
冷め切っていたはずの体にほんの僅かに灯が灯りました。
「ほら、みいつけた……小雪」
「れ、れいと……くん」
私の大好きな黎人くんの声です。
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↓以下宣伝です。
私が、投稿している完結小説の後日談の方でもバレンタインに関するお話をあげております。
こちらは既にくっついた2人がイチャイチャするだけですが、よければ是非読んで見てください!
刹那の想いを紡ぎ重ね永遠に『俺は幼馴染の美少女と住んでるんだけど、誰よりも優しいそんな彼女とずっと一緒にいたい。ただ、それだけの話』
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