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異世界の国々のお話

色々はぐれた獲物様、躾直される運命差し上げます

作者: 宇和マチカ

お読み頂き有難う御座います。

戒律がゆるーい修道院ものです。

設定をゆるく組んであるので部屋を明るくして心を広くお読みください。



 都から馬車で2時間、健康な足で走って4時間。

 周りに店や村はなく、中途半端に茂る森の入り口近く、通りにくい道の側。

 秋に解禁となる猟に狩人が押し寄せる位しか、賑やかなイベントはない。

 そんな立地の鄙びた修道院に、そぐわない来客があった。


「此方に、凛とした佇まいながらも花のような笑顔が麗しく嫋やかで淑やかで清らかの権化のような乙女が、神への奉仕を望み、門戸を叩いては居ないでしょうか」

「分かりかねます」


 修道女は、この頃の惰性で覗き窓で相手を確認せず、ホイホイ扉を開けたことを後悔した。

 そして、向こうからは見えない位置に置いてある備え付けの鉄片を埋め込んだ棒をチラリと眺め、呼んでもいない押しかけ男を見た。


 灰色や茶色で地味に装って入るが、貴族の子弟だろうか。手入れされた黒髪は艶々と輝き、首の後ろでひと纏めにされている。

 薄い赤の瞳は、若く希望に輝いていそうだ。

 十人中七人位はイケメンと評しそうなタイプである。


 しかし、いきなりアポなし訪問の上、尋ねてきたことが意味不明である。

 大体何だその意味不明な尋ね人は。そんな妄想具現化乙女が居る訳がない。

 どうやらこの青年は妄想を込めた主観で行動するタイプのようで、人の話を碌に聞かない大迷惑なパターンだ。

 せめて尋ね人の名前に髪と目の色、背格好位言えよと彼女は心の中で呟いた。


「そんな仏頂面は止してください。貴女の顔は冴えないが年寄りウケは良さそうだ。

 良ければ私がその手の趣味の紳士へ紹介を」


 突風を巻き起こす勢いで閉められた扉は、実に強固であった。

 幾ら顔が良かろうと失礼極まりない。良くなかった初対面よりも今の彼の言葉にて、好感度は地より深くめり込んだ。

 だが、メゲなかった男は更にガンガンとノッカーを鳴らし続けている。

 うっかり足か鼻を潰してやれば良かったと、未だうら若き乙女である修道女トナは思った。


 因みに、昔からトナが年寄りウケしていたのも事実だ。

 最初の婚約に相手の浮気で失敗し、50歳上の貴族に嫁がされる羽目になる所を命からがら逃げてきたエピソードを持つ彼女には、何よりの地雷、いや機雷をぶつけられたに等しい。

 あの見知らぬ貴族青年は、トナの『死んでも許さんリスト』入りを果たした。


「兎に角、長さまにご相談を」

「此処ですシスター・トナ」

「ぐっ!?」


 あまりに間近から声がしたので、恐怖でトナは飛び上がった。

 文句を言いたいところだが、グッと堪え跳ねまくる心臓を抑えながらトナは院長に向き直る。


「長さま、どうしましょう。あの殿方、腹立たしいですし気持ち悪いですし喧しいですわ」

「ああいうタイプの殿方は、総じて気持ち悪さを全面に出して此方の気力を削ぎ、言い分を通そうとしますからね。

 心を強く持ち、撃退法を考えましょう」


 最初から聞いてたのかよ。なら早く出て来て追い払ってくれよと思うトナだったが、奥歯を噛んで微笑み堪えた。

 しかしやけに実感が籠っているが、修道院長は若い頃にでもそういうタイプに騙されたのだろうか。

 気にはなったが、目前の変態を追い払うべく考えなければならない。


 此処には子供から妙齢の乙女から熟女まで揃う、選り取り見取りな女の園なのだ。

 いざとなれば寄って集って数の暴力で殴ればいいが、体面というものがある。

 うっかり道行く行商人にでも目撃されたら、色々と体面とか金銭面とか金銭面とかが困ってしまうのだ。修道院は意外とイメージ重視なのである。他所は知らないが、此処はそうなのだ。


「そもそも結局誰を探していたのでしょう。シスター・トナ。今、どれだけのお嬢様をお預かりしているのかしら」

「ミス・ボラシー、ミス・レンパツ、ミス・テラレ、ミス・ハッチョーをお預かりしておりますね」


 変な名字だが、それを口にはするような不調法者は、即座に破門だ。

 何てったって、スポンサーのお嬢様達への勿論陰口はもっての他。内輪のひそひそ話も厳禁だ。

 何処にでも人の目が有り、告げ口されると彼女達の機嫌を損ね、イコール寄付が減る。そんな暴挙を犯す者はここに居る資格が無い。


 修道女たるもの、清貧であり、空気を読んでお静かに。内部事情は心の中で墓場まで。

 そうした緩いけど守りにくい戒律により、修道院の秩序と平穏は保たれている。


 因みに、本人の居ないところで、という条件はつくが、スポンサーに関係ない貴族への悪口、いや少しばかりの不満を乗せた心の内を口にするのは許されている。

 心より健やかであるには、多少のガス抜きが不可欠である為だ。


「長さま、上からうっかりお湯でも落とさせましょうか」

「まあ、水は神よりのお恵み、燃料はお心付けですよ、シスター・トナ。あんなのに被せては勿体無い」

「この前の生ゴミはお掃除が大変でしたので、つい」

「雪の降るシーズンならねえ。氷柱でも揉いで全力で叩き落とし、いえうっかり刺さってしまう可能性が有るのにねえ。タイミングの悪い」


 以前やったこと有るみたいな口調か、マジ怖いなこのバーさん、とトナは思った。

 だが、勿論口には出さず、曖昧な微笑みを浮かべるに留める。人生は長いのだ。家に頼らず、ずっと此処で暮らすつもりのトナは選択を間違える訳にはいかない。他所を探すにもコネと伝手及び銭が要るのである。トナにはそれが全く無い。


「状況から察するに、間抜けにも庶民に騙され、婚約破棄して追放した令嬢を探しに来たのかしら」

「長さま、僭越ながらも乙女小説の読みすぎでは」


 そういうトナも嫌いではない。こんな片田舎には、たまにやって来る移動本屋から得る本ぐらいしか娯楽がないのだ。


「まあ、シスター・トナは知らないのですか。

 昨今その手の婚約破棄が都で大流行していて救いを求めて駆け込む令嬢が後を立たないのですよ」


 そんな大したことない理由で駆け込まれちゃ修道院がパンクすんじゃねえか?迷惑な、と同じくそんなに大したことのない理由で駆け込んだトナは、自分のことを棚に上げた。


「親兄弟は何をされているのでしょう」

「長きものに巻かれる親御さんは、令嬢を縁切りされるとか」

「お、恐ろしい!!本当にそんな乙女小説のテンプレがリアルに!?」

「世俗の言葉はお止めなさい」


 激論を続けるも、結論が出ないのに未だ扉を叩く音は鳴り止まない。

 随分なしつこさである。無条件で根負けする気は無いらしい。


「それであの方は、どういうポジションなのでしょう」

「そうね。セオリー通りなら、国外追放を言い渡されたご令嬢に岡惚れしていて、救いのヒーローを気取りたい殿方と言うところかしら」

「まあ、情熱的!ですが小説ではタッチの差で間に合いますけど、失踪先に救いに行っては、それは最早手遅れなのでは」

「ええ、手遅れですよ。そもそも修道院に駆け込んておいて、やっぱ止めますは罷り通りません。当院に救いを求めて立ち入ったら、その瞬間から何が何でも修道女見習い生活スタートです」


 その割にはお金積めば簡単に還俗できるんだよな、と最近内情にも詳しくなったトナは思った。

 因みにトナの実家は彼女が生まれた時から鳴かず飛ばずの財政なので、仮に今大恋愛したとしても、相手に結構な財産がないと還俗は不可能である。

 なので、還俗できる環境の修道女を密かに妬ましく思っている。


「しかし長さま、ご令嬢の味方のご兄弟と言う線も御座いますわよ」

「ええ、その線も有りね。ですが、婚約破棄男のマブダチを気取っている兄弟かもしれませんよ。娼婦の身に落として辱めるつもりかもしれませんよ」

「そっちなら素質がないと成り上がれませんね……」

「長さまあ。パッとしないイケメンが外でワーワー煩いですう。多分モモテールノカ伯爵令息のソックリさんだと思いますう。ウチの兄貴の取り巻きのひとりですう」

「まあ、ミス・ハッチョー」


 修道院長との乙女小説トークが白熱しすぎて、ギャラリーが集まって来たらしい。

 お預かりしている金蔓いや、ご令嬢がたも暇していたらしい。その中から、しずしずと薄い金色の髪の令嬢が一歩前に出てきた。


「よくウチの兄貴の斜め35度に居てえ、清らかな乙女妄想を垂れ流して他の令息と悦ってますう」

「滅茶苦茶詳しいわね」

「あの鳩みたいな後頭部は、多分激似のソックリさんですう」


 つまり、十中八九本人らしい。


「本人確認が思わぬ所で取れたところで、意外と高位貴族でしたわね」

「お湯かけなくて良かったですね、長さま。月末ですし、クリーニング代を請求されたら困りますわ」


 以前、立ち寄った貴族の上着を好意で洗濯して返したら、縮んでるとイチャモンを付けられたので、トナは根に持っていた。


「ミス・ハッチョー。あの殿方にご事情を聞いてきてくださらない?」

「ええー?昨日来たばっかだから下っ端扱いですう?修道院、身分差気にしないの容赦ないですう」


 甘えよ。本当の下っ端は視線と顎で使われることを令嬢は知らないんだよな、とトナは心に秘め、微笑んだ。

 その年季の入った年功序列を盾にした威圧オーラに、ブーブーと文句を言いつつも、ミス・ハッチョーは扉を開ける。


「世界に一つの奇跡な御使い、私の幸福よ!!やっと出てきてくれましたね!!」

「何言ってるかキモいし意味不明ですう、チャートン卿」

「君は……我が悪友のお荷物妹カナリー嬢!?

 あれ?何だか雰囲気が違うな」

「ブッ飛ばしたいですう。どっか行けですう」


 のっけから不穏なムードが漂っているが、貴族同士だから何かあっても大丈夫だろうな、と元貴族にして今平民の修道院長とトナは思った。


「そもそも何の用ですう?此処は女の園なんですう。身内と商人以外の殿方はお呼びでないですう」

「私はギラーリ嬢を探しているんだ」


 やっとお探しの令嬢の名前が出て来た。コレ、自分が相手してたら一生出てきそうに無かったなとトナは思った。


「はあ?まさかギラーリ・ブリッコンですう?」

「そうだ」

「あの、萎れて腐った花みたいな猫背の乱暴ガサツ金満大好き泥棒女が、修道院に来る筈無いですう。あんなB級モンスター女、近隣を徘徊してたらやっつけるレベルですう」


 随分ハッチョー嬢と彼の感想との相違は、激しいようだ。


「だっ、誰が泥棒女だと!?」

「そもそもあんな女よりもお前の本来の婚約者、キラーラ嬢を慈しめですう」


 どうやら彼には名前の似過ぎな婚約者が居るにも関わらず、そのギラーリ嬢とやらを探しに来たらしい。

 愛人にでもする気だろうか。

 余計に乙女小説めいてきた。トナと長はヒートアップするふたりの様子を止めるべきだったが固唾を飲んで見守った。


「ギラーリ嬢は、婚約破棄をされて悲しんで王都から失踪したんだぞ!?」

「股掛け女の末路なんか知らんですう。悲惨ならざまあですう」

「何だとお!?」

「お前こそ何だとおよ!

 私の悲しみを噛み締めて野垂れ死ねえっ!!」

「え?」


 喋り方が急に荒くなったハッチョー嬢に、その場にいた者は目を白黒させた。

 勿論チャートン卿と呼ばれた令息も同じである。


 だが、その一瞬。

 ごいん!と、大きな音が響き渡る。


 扉の閂がいつの間にかハッチョー嬢の手に握られており、貴族令息はその足元に伸びていた。


「あースッキリしたあ!」


 スッキリしたではない。だが、この発言からして殴ったのは彼女に間違いないようだ。


「あ、ら?ミス・ハッチョー?」


 よく見れば、髪の色は同じだか、お預かりしている令嬢と背格好が違う。彼女の方が背が高い。


「はあい、こっちですう」

「えっ!?」


 急に令嬢達の背中からぴょんっと本人が出て来た。


「ハッチョー嬢がふたり!?」

「いえいえいえ、お騒がせ致しました。わたくし、キラーラ・カランですわ」


 足元に令息を転がした方が見事なカーテシーをし、微笑んだ。

 一体、どういうことなのだろうか。




「わたくし、そこのチャートン卿の婚約者でしたの。まあお恥ずかしながらそこのアホの浮気で解消されてますが」

「そ、そうだったの……」


 本人の前で散々色々言ってしまった気マズさを堪えながら、トナはキラーラ嬢へ向き直った。

 因みに修道院長は忙しいと丸投げし、逃げてしまった。


「カラン嬢、そもそも先触れも無く……何故当院に隠れてらしたの?」


 何気に連絡しろよとの嫌味を込めたが、キラーラ嬢は、ニコリと微笑んだままだ。


「怒鳴り込んで来られるなら此方かと思いまして、寄親筋のハッチョー嬢にご相談しましたの」

「お父様が目にもの見せてやれって言ってたですう」


 公爵家絡みならクレームも物申せない。

 鬱憤だけが溜まる話に、トナの血圧は上がっていく。


「ほほほ、ではキラーラ嬢は神へのご奉仕をお望みですのね?」

「いえ、直ぐに領地に戻ります」


 オイふざけんなよ、寄進くらいしてけやと血管がうずくも、トナは微笑みを絶やさなかった。

 今度公爵家から寄付が来たら、迷惑料を嵩増ししてある事を祈るのみだ。


「はあ」


 しかも、表のぶっ倒れた令息を何とかせねばならない。

 浮かれる少女達を後に残し、トナは入り口へ向かった。

 この頃他の修道女達は日和見に徹し、後始末ばかりに駆られている気がする。

 銭と男が居れば出ていくのにな……とトナは常々思っていたが、更に思いとため息を深くした。





「起きなさい、迷える青年よ」

「うう……頭が痛い。ここは何処だ私は……」


 ヤバい、怪我してるんじゃないだろうか。

 無駄に厳かな口調になってみたが、トナは監督不行き届きを責められるかと一瞬ビクついた。

 しかし、修道院長も居たのでその可能性は無いなと思い直した。

 見た所大きな怪我は無いので、大丈夫だろうか。

 試しに、いい加減なことを言ってみた。


「貴方はとある修道院です。貴方はとある女性を探し、此方へ来られ倒れられました」

「何だと!!それは貴女のことかな、麗しいシスターの君!!」


 コイツ、懲りねえな。とトナは思った。

 だが、彼の顔を見て考えを改めた。


 特にどストライク級な好みではないが、生理的嫌悪が湧く訳でもない。黒髪に薄赤い目は、まあまあ見目麗しい。

 しかも記憶が混濁しており、自分の言うことを丸っと信じ込んでいる。


「ええ、陰ながら貴方をお助けしたいと思っておりましたのよ、チャートン卿」


 公爵家の取り巻きだけ有って、金もコネも地位も有る。

 都合の悪いことをすっかり頭から消し去るような、調子が良すぎるタチなのは自分が手綱を取ればいい。



 王子様も貴公子様も、そんな高貴な獲物は待ってても来ない。

 若さと美貌を持ち合わせた狩人にすぐさま駆られてしまう。

 では、トナのような狩人はどうすればいいのか?


 群れからはみ出した変りものの獲物を、騙し、丸め込み、優しくして……とっ捕まえる迄だ。

 最早、手段など選んでいられない。


 私は此処から出る。死んでも許さんリストは、取り敢えず忘れよう。

 トナの張り付いた微笑みは、本物に変わった。




  そして、一年後。

 とある寂れて使用人も少ない貧乏な男爵家に一通の手紙が届く。


「……?トナから手紙か?」


 何処かで見た封蝋に首を傾げながらも、当主は古びたレターナイフで封を切り……中身を見て仰天した。


「結婚、します……!?」


 色々有って修道院に送った娘に一体何が。

 慌てて封筒をひっくり返すと、其処にはモモテールノカ伯爵の封蝋が押されていた。


「……其処まで玉の輿でもないが、金はある……。トナ……」


 勝手に還俗までして意外とちゃっかりしている長女に、父親は娘の幸せを確信するのだった。

 確か相手の男は浮気性らしいが、トナなら大丈夫だろう。


「……5歳下……わが娘よ、頑張れ」






チャートン卿はトナに丸め込まれ、トナに躾けられる運命を送ります。

結構幸せな感じです。

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