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学園騒乱編〜報告書⑦〜

少しだけ長くなります。

 古奈木は彼女が無愛想な態度で接して来ても気にせず丁寧に対応しながらお茶…紅茶を用意し彼女に差し出す。


「理事長のお口に合うかどうか分かりませんが、どうぞ召し上がって下さい」


「…ありがとう」


 あまり無愛想な感じの対応を変える事が出来なかったが律華は素直にお礼を言って湯気立つティーカップを受け取り紅茶の香りを楽しむ。


(なんだか…落ち着く香りね……それに何故だろう懐かしい感じがする……)


 香りを楽しんでいると古奈木が紅茶のお供にとケーキが乗ったお皿を目の前に置き、彼は自分の紅茶を淹れると対面に座る。


「ケーキも紅茶に合うよう作りましたので良かったら召し上がって下さい」


「えっ!、コレ貴方が作ったの?」


 その風貌に似合わない意外さに驚きのあまり思わず口にしてしまう。

 律華は失言にハッとすると恥ずかしながら少し申し訳なさそうに謝罪する。


「先程の言動、失礼しました…」


「いえいえ、私も良く言われるので気になさらないで下さい」


 にこやかな古奈木は全く気にしてない感じで言うとティーカップに口を付け一口飲むと律華と少したわいの無い話をする。


(折角だから…冷めない内に頂きましょう)


 彼女もティーカップに口を付け一口飲むと心地よい味に体がリラックスしていく。


(この味…なんだか懐かしく感じます……昔良く……)


 彼女はそこまで内心思った後、ゆっくりカップを置くと今度は何かを思い出したのか目を見開きながら揺れるカップの水面を見つめる。


「そうよ、この味……」


 呟く律華に古奈木は口に合わなかったのかと心配で問いかけたが彼女はいえ…と答え暫く考え込む。


(私は…知っているこの紅茶の味を…)


 思い出そうとする彼女の記憶にノイズが走ると色々な過去の記憶がフラッシュバックする。


(そうよ…これは……)


 考え込む律華を心配する古奈木は声をかけずにただじっと見据える。


「この味…」


 先程と同じ呟きに古奈木は味に不満か何かあると思い再度問いかける。


「やはり、口に合いませんでしたか?」


「いえ、そんな事は無いです…この味ですが貴方このブレンドは誰かに教わったのですか?」


 古奈木は少し驚くがすぐに律華の問いに答える


「いえ…このブレンドは自作でございますが…」


「…そうですか」


 当てが外れて残念そうな律華は寂しげにそう答えた。


「…このお味に何か思い入れでも?」


 先程から何故か紅茶の味に拘っているのか不思議になり古奈木は彼女に問いかける。


「…………」


 問いかけられた彼女は沈黙しており古奈木は彼女の想いを汲んで話し出す。


「いえ、気になっただけなのでお答えしにくいのであればお忘れ下さい」


「…………」


 なおも、沈黙が続く律華にどうしようかと悩んでいると彼女のティーカップが空になっている事に気付きお代わりは要りますか?と尋ねると彼女は静かに頷くので彼女のティーカップを取りお代わりを注ぐ。

 また湯気立つティーカップを律華の近くに置くと彼女は受け取り静かにカップの中の水面を見つめる。


「………昔ね」


 ブフォッ……………


 急にしおらしく話し出す律華にびっくりして飲んでいた紅茶を吹いてむせてしまう古奈木。


「な、何よ!?」


 こちらも急に吹き出す古奈木にびっくりして慌てる律華にませながら謝罪する彼にもう…と呆れながらも気を取りなおす2人。


「いえ…すみません、どうも歳を取るとね…年はとりたく無いものですね……」


 古奈木は自嘲気味に言いながら口元を懐から出したハンカチで拭うと、律華に話の腰を折ってすみませんねと伝え良ければ続きをお聞かせくださいと言ってきた。


「…はぁ〜、貴方って人は本当に……」


 溜め息混じりでそう答える律華だがもうどうでも良くなってきたのであった。


「まぁ、いいわ……昔ね、ちょうどこのくらいの時間にねこの場所で弟とティータイムしてたのよ…」


 語り出す律華の言葉を黙って聞く古奈木。


「その時に、ね…このブレンドと同じ味の紅茶を飲んでたの…それを思い出してね…」


 律華は寂しげに話した後、紅茶を飲むと夕日が差し込む中央庭園を哀しげに見つめる。

 そんな律華を見る古奈木はそうだったんですね…と答えると悩む素振りを見せ意を決する様に答える。


「その……弟さんは?」


「……亡くなったわ、2年前に」


「そう、だったんですね…お辛かったでしょうに…嫌な事を聞いてしまいすみません…」


 触れてはいけない事に触れてしまった古奈木は心から謝ると、律華は目を瞑り気にしないでと伝える。


「よく私が悩んでる時とかは弟がこうやって私を誘ってティータイムしてくれたわね…」


「でもある日……弟は拐われて消息不明になり…すぐに警察に相談や捜索隊を出したけど成果は無くて…」


「お辛いでしょうから…その辺にしときましょう…」


 古奈木は律華を心配して言葉をかけるが彼女の口は止まる事はなく話を続けた。


「数ヶ月後…詳しい事は伏せられて発見の連絡があったのよ…家族全員で病院に急いで駆けつけて通された部屋には………」


 そこまで口にすると律華は溢れる涙をどうにもする事が出来ず流してしまう。


「…弟は、真っ黒に焼け焦げて横たわっていたわ………体の所々は崩れて……苦しかった筈……怖かった筈……助けて欲しかった筈なのに………私達は何も出来なかった、してあげられなかった……」


「理事長……もうお辛いでしょう…無理にお話されなくて良いですから、とりあえず落ち着きましょう」


 涙でテーブルを濡らす律華を落ち着かせようとするが彼女はそれを拒み話を続けようとする。


「……聞いて下さい……」


 古奈木は律華自身辛いであろうに何故自分に話すのか分からなかったが聞いてくれと言われた以上止める事は出来ないと思い大人しく聞きに徹する事にした。


「……私は心底犯人を憎んだわ……どうして私の弟がこんな酷い目に遭わなければいけなかったのかって……神や世界すら憎みそうになったわ……」


 ちなみに古奈木は先程から彼女の話を聞いていて胸の辺りがズキりと痛み罪悪感が襲っている。

 まぁ…訳あってやむなく実行したが目の前に隠蔽工作(それ)をした(張本人)が居るのだから。

 そんな心境の古奈木はこれ姉さんや妹に正体バレたら殺されるな……と思いながら冷や汗を隠す。


「……でもね弟が拐われらる前に私に言ってくれた言葉が私を立ち直らせてくれたの……」


 彼女の涙は止まっていた。


「いつ迄も落ち込んでいられない…弟がこんな私を見たらきっとガッカリするだろうって思ったら乗り越えて頑張らないといけないって……なら…立派に理事長を務めて弟を安心させようと思ったんだけどね……」


「こうやって物事に詰まってしまうと、どうも感情的になってしまうのよね………」


 律華は静かに聞いている古奈木を見る。


「初めてこうやってゆっくり話してみましたが、ごめんなさい…私ばかり話してしまい…不思議と貴方に話しやすくて何故かこんな暗い話を……する筈は無かったんですけどね……」


 古奈木は、いえ…と話してくれた事に感謝を伝えると紅茶を飲む。


「ふふっ、本当に貴方変わってますね」


 律華の顔は先程の泣きじゃくる女性の顔から変わっており何処かスッキリしている様子であった。


「久々に泣いたからかしら…とてもスッキリしました…素敵なお時間ありがとうございます」


 律華がそう言うと古奈木はこちらこそ有難うと伝える頃には日が暮れ初めていた。


「貴方は意外と優しいのですね…まぁ、あの事故の事は一生許しませんが」


 距離が縮まったのであろうか…褒めてきたと思ったら悪戯っぽく笑みを浮かべそう告げてきた。

 あれ……不可抗力だったのにな、と内心苦笑いしか出ない古奈木は乾いた笑いをする。


「そろそろ…戻りますね」


 律華は以前とは違い心に少しは余裕が持てたのであろう…とても晴れやかに席を後にしようとしたので俺はもう少しだけ後押ししようとギリギリの賭け(サプライズ)をしようと決めた。


「理事長…最後にお一つだけ」


 姉さんを呼び止めると彼女はこちらに振り向く。


「何かしら?」


「年寄りからの助言を…」


「えぇ…何でしょうか?」


「理事長が現在どんな事に躓いておられるか一介の私は知りませんが……」


 律華はえぇ…と呟くと助言を聞こうとして目を瞑りテラスの柱に少し背をもたれかける。

 

「…()()()()


 律華は古奈木から絶対に言われないであろう言葉と聞き覚えのある声に驚き彼を見ると目を大きく見開く。

 椅子に座っていた古奈木の姿は無く、そこに座っていたのは先程まで追いかけていた亡霊。


「ゆっ―――」


 言葉を出そうとするが上手く出せず喉まででかかるが詰まってしまう。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 亡霊の言葉に律華は何も答えられずただその姿を眺める事しか出来ない。

 律華は2度も目にした目の前の状況に混乱するが意識化で自分に強く言い聞かせる。

 そんな筈は無い…そんな筈は無い…これは心の弱さが見せる幻…ただの幻想なのだと…強く言い聞かせるが何処か心の中では目の前の状況を…ifの状況を信じてみたい心境がせめぎ合っていた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 あの日、大事な弟から言われた言葉…。


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 律華の胸の奥深くに届いてくる亡霊からの言葉にまた涙腺が緩む。


(折角…泣き止んだのに…貴方って子は……また泣かしに来るなんて、とんだ姉不幸者ね……)


 律華は亡霊から目を逸らし涙を拭うと身体が動く事に気づき再び見るが、そこには古奈木の姿しかなかった。


「なので…諦めず頑張ってみては?」


 古奈木の優しい声が陽が落ちたテラスに響く。

 律華は再び目を瞑り思うと不思議と悲しみなどなく心安らぐ気分になる。


(幻覚…かしら……それにしても優しい子ね…幻覚でも私の事心配しすぎて、わざわさ思い出さす為に見せてくれたのかしら……)


 律華は目を開くと古奈木を力強く見つめると見つめられた本人は動揺する。


「な、何か……?」


 あまりにも決意が感じられる瞳に見つめられ古奈木は問いかけてみた。


「…決めたわ!」


 確固たる決意と信念が込められた言葉に彼女は先程とは違い凛々しい顔を見せる。


(こんな馬鹿な姉を許して頂戴……そしてこれからは安心して見守ってて)


 古奈木はその顔を見て安堵し心配いらなそうだなと思い声をかける。


「その様子なら…道は見えましたかね?」


「えぇ、もう…大丈夫です、今日は有意義な時間でした…感謝します」


 そう告げた彼女は古奈木を背に去っていく。

 そんな律華の力強く見える背を見送った後、1人テラスでカップに残る紅茶を啜る。

 辺りは暗くなっており中央庭園や通路は街路灯やガーデンライトが明るく灯っており古奈木の居るテラスも6本ある柱にかかっている綺麗に装飾が施されているウォールライトで照らされている。


「………」


 紅茶を啜り終わり辺りを見回し、ある1人の気配以外感じとれなくなると優人としてその気配に話しかける。


「…いつまで隠れてるんだ?」


 その言葉に反応するように柱の影からスッと人影が出てくる。


「いえ…ゴミ虫様の分際で私の存在に気付いておらず、いつまで放置されるかと心配で様子見しておりましたが気付いておられたのですね」


 そう天ヶ崎家のメイド長の咲は辛辣に言い放つと優人に近づくと。


「相変わらずお前は一言余計だな…」


「事実を言ったまでですか?」


 何気ない顔で言い放つ咲に若干苛立ちを覚える。

 勿論彼女の存在には気づいており俺がこの姿から姉さんに優人として姿を見せる少し前から柱の影に潜んでいたのだが声をかけるにかけれない状態で不審な素振りを見せると姉さんから要らぬ疑いをかけられるのも面倒だったので放置していたのである。


「さいでっか…」


 なんかしんどいので適当に返事するがお昼の一件を思い出す。


「なぁ、咲」


「何でしょうか、ゴミ虫様?」


 呼ばれる咲は不服そうに返事する。


「いや昼間の件でお礼言おうと思ってな」


「昼間の、件てすか?」


 咲は歯切れの悪い返事をし首を傾げる。


「いや、咲が電話で会議の時間を教えて……」


「いえ、電話等しておりませんが?」


 事実が噛み合っていない事に優人は疑問を覚える。


「…咲、スマホの発信履歴を確認してくれ」


「だから電話などしてないと言った筈ですが……」


 咲はそう言いながらも事の重大さに気付いたのかスマホの発信履歴を調べる。


「……おかしいですね」


 スマホの画面と睨めっこをしながら呟く咲の反応に優人の疑問が不安に変わる。


「…嘘は言ってない、よな?」


 紅茶を飲みながら少し威圧するように咲に問いかける。

 スマホの発信履歴には色んな番号も載っているがお昼頃確かに俺にかけた形跡がある。


「確かに、ゴミ虫様に電話をかけた事実を認めたく無くて嘘を吐く…って事にもなるかもしれませんが、流石に私も不可思議な状況でその様なつまらない冗談や嘘は言いません」


 彼女の目を確認するに咲はシロと確信する。

 本人が嘘を吐いていないとするならば……一体誰が電話をかけた?


「昼頃は何をしていたんだ?」


 とりあえず咲に昼頃何をしていたかによっては電話の相手の正体もしくは手がかりが掴めると思い質問する。


「…本日は律華様のお側で仕えていましたがお昼は議会もあると言う事で準備や手配などに回り議会が始まる頃には別室で待機しておりました」


「その時スマホは持っていたのか?」


「緊急時連絡が取れないと問題なので肌身離さず……いや……」


 何か思い当たる節があったのか咲は考え込む。


「どうした?」


「いえ…一度議会室に紅茶を持って行った際にスマホを待機していた別室に置いてましたね…」


 俺はそうか…と呟いて考える。

 電話の相手はその時俺に連絡したのだろうと考えると何故スマホを置いて行ったのか疑問に思い再度問いかける。


「何でスマホを別室に置いて行ったんだ?」


「ゴミ虫様は律華様の正確をお忘れであるならばお答えしますが?」


 何故コイツはこうも挑発的なのであろうか…?

 確かに今のは愚問であるのは今の返しで理解した。

 忘れていたが姉さんは基本、大事な話をしてる時に電話が鳴ったりしたりするのを極端に嫌う傾向があるので、ああゆう場には持ち込みとか禁止をしているんだろうなと推測した。


「いや、愚問だった」


「ゴミ虫様のその小さい脳みそでも自ら思い出して頂き幸いです…説明が面倒なので」


 最後の辺りは聞こえなかったけどどうせ説明面倒なんだろうなと思いながら適当に返事する。


「結論から言えば電話の相手はお前が待機部屋に置いた時にかけたのだろうけど……」


「けど?」


「何故回りくどく咲の声を真似てまで俺にコンタクトしてきたかだ……」


 意図が全く見えなかった。

 まず、俺の両親と咲以外は俺の生存を知らない…そして他人だとしても何故俺に電話してまで議会の事を伝えた説明が考えられない。


「…全く見当がつかん」


 更に不味い事に謎の電話相手は俺が生きている事や咲や天ヶ崎家と繋がって秘密裏に護衛や問題解決に動いている事がバレている。

 

「……仮定ですが」


 咲が不意に呟くので考察している彼女に視線を向けると続け様に話す。


「他にも天ヶ崎家に協力する何者かもしくは組織が関わっているとしたら……どうでしょうか?」


「……どうだろうな」


 確かに一概に否定は出来ないが、それならまず両親は俺に頼らないだろうし回りくどい方法で電話もしてこないだろう。

 それに俺が潜入している事は両親と咲しか知らない事でそこらの組織や人間が知り得ることなんて絶対に無い……無い筈なんだが……何か嫌な予感がする。


「まぁ、いいや…放置して、もし邪魔したり脅してくるのであれば潰せば良いだけだしな」


「…当面は放置ですか?」


 珍しく咲が心配そうに尋ねてくるので俺はあぁ…と答えて紅茶を飲み干す。

 おかわりしようとポットに手を伸ばすと咲が給仕しようとしたので手で制して自分でカップに注ぎ新しくもう一つのカップにも注ぐ。


「まぁ、座れよ」


「…ゴミ虫様と一緒のテーブルは拒否したい所です」


 本当にコイツは何なんだろうか…まぁ、ここ何日かで察してはいるが聞いてみた方が確信持てるだろうな。


「…凄い嫌われ様だな」


「……今更ですか?……当然です、ご自分のした事を考えてみて下さい」


 その言葉に、だろうな…と言う確信は持てた。

 何せ俺の両親、姉さんや妹もそうだが咲も俺の死を見てる1人だからな…2年経って何の説明も無しにそれが嘘で本当は生きてましたってなったらそりゃ怒りもするわな。


「………」


「…ご理解頂けましたか?」


 表情はクールに取り繕っているが内面から伝わる憤りを感じ何も言えずにいると咲は仕方なしにと対面に座る。


「…旦那様や奥様は何も仰らなかった様ですが私は……貴方を許せません」


「…………」


 今の俺には咲の内面から溢れ出てくる憤りをを黙って聞くことしか出来ない。


「貴方は律華様や琹様、私達を悲しませて…そして今更戻ってきて何がしたかったんですか?」


「それは……」


 返答が返せずにいると咲は立て続けに想いをぶつけてくる。


「それに先程も影から見てましたけど自身の姿を見せて律華様にお話されてどんな神経してるんですか?」


「何をしたのか知りませんが、その後一瞬でその変装の姿になられてましたが正体バレたく無いのですよね?それなのに自らバレる様な行動して馬鹿なのですか?死にたいのですか?屑なのですか?」


 酷い言われ様だが確かにアホな賭けに出たのは事実なので甘んじて受け入れる事しか出来ない。


「あんなの……結局律華様はずっと悲しいだけじゃないですか………」


「そんな事ねぇーよ」


 俺の自然と口に出た言葉に咲は敵意剥き出しに睨みつける。


「どうしてそう言えるのですか?」


「確かに俺は最低な事もしてるし悲しい思いもさせたけど、姉さんはそんな弱い人間じゃねーよ」


 俺はそう断言して見送った姉さんの背中姿を思い返した。

 もう…迷いが無くなった立派な背中姿を。


「それに、自慢の姉さんだしな」


 断言しきる俺の言葉に何も言えない咲は俯いて黙ってしまう。

 そろそろいい時間じゃ無いかと時計を見ると夜の7時は超えていた。


「姉さんや教職員達は帰った頃かな……」


 俺はそう呟いて変装用のマスクを脱ぎスーツの変装効果を切り自身の姿に戻る。

 この後の予定は学校の見回りを終えて施錠などして帰るだけである。


「俺もそろそろ帰るけど咲はどうするんだ?」


「………一度、お屋敷に戻ります」


「そうか」


 俺に今出来る事も無いし、今迄してきた事や戻ってきた理由を語る事も出来ない…だから時間が解決する事を願って待つしかない…そう思いながら少し寂しげに俯く咲を見つめ、その場を後にする。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 優人と咲が話している頃、数十メートル離れた木の上で双眼鏡片手に2人を監視する人影が呟く。


「……目標(ターゲット)確認」


 人影は小型イヤホンから指示を受け優人の動向を眺めていると自然に手に力が入り双眼鏡がメキッ…と音を立てヒビが入る。


「……この双眼鏡不良品……ヒビ入った」


 そう呟くとイヤホンからは怒声が聞こえ数分間に渡ると人影は監視を止める。


「……今度は逃がさない」


 人影は呟くと闇に溶ける様にその場を後にした。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 翌日、俺は自室で目を覚ますと身体の気怠さと左眼の痛みに苛まされる。


「やっぱり、昨日は使い過ぎたな……」


 時間を見ると早朝の6時頃でカーテンの隙間からは光が覗く。


「咲の奴は……」


 辺りを見たり気配を察してみたりするが誰も居ない。


「まぁ…屋敷に帰るって言ってたし居るわけないか」


 まだ時間はあるのでベットから出ると浴室に向かい朝風呂を浴びる事にした。

 浴槽に張ったお湯に浸かると昨日の事を思い出す。


「はぁ……俺のした事…ね」


 咲に言われた一言は重かった。

 2年前にこうなる事は理解していたけど辛いものだな……としみじみ思う。


(それでも……目的の為には進まなきゃならねーんだよな)


 浸かる水面に目をやると自分の顔が今に無様で滑稽かが伺える。


「…そろそろ出るか」


 浴槽から上がりかけてあるバスタオルで身体を拭き長い髪の毛もよく水を拭き取り洗面台に向かう。

 ドライヤーで髪を乾かしていると鏡に映る自分の中性的な顔立ちに憂鬱さを感じる。


「こうしてたらまるっきり女だよな……はぁ」


 潜入する時には困らないけど…なんか男の自分に悲しくなるわ…と思いながら洗面室から出てくると玄関の扉が開く。


「…………」


「あっ………」


 どうやら今帰ってきた咲とばったり鉢合わせしてしまう。


「ふ、ふっ………」


 カァァっと赤面しながら、ふと呟く咲に首を傾げていると自分の身体に視線を向け只今全裸な事を確認する。


「………あ」


「不潔です!この変態っ!!」


 咲はそう叫びながら俺のみぞおちに右ストレートをぶち込みリビングまで足早と去っていく。


「げ、元気そうで……なによ、り」


 そう呟いて全裸のまま玄関先で屍になる俺であった……。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 あの後気を取り直して朝食を取り変装したのち学園に向かっている。

 咲は相変わらず黙っていたが昨日の件は引きずったりままだと思う。

 やがて学園について管理人室に到着すると朝の日課である花に水やりをする。


「あ!用務員のおじさーん!」


 元気で明るい呼び声に振り向くと愛美ちゃんが手を振りながら走って向かってくる。


「走ると危ないよー」


 走ってくる愛美ちゃんに注意を促すが彼女はそのまま俺に突っ込んでくる。


「ぐふぅっ………」


「お、おじさんだ、大丈夫…?」


 意外と突っ込んできた衝撃が大き過ぎてダメージがくる。

 俺の身体本調子じゃないのに…ともあれ怒るに怒らないが優しく注意はする。


「おじさんは大丈夫だよ…だけど走って飛び込んできたら危ないから、もうしちゃ駄目だよ?」


 そう言うと愛美ちゃんはしゅんとする。


「ごめんなさい…次からしません……」


「ちゃんと謝れて、えらいえらい」


 俺が愛美ちゃんの頭を撫でると彼女は凄く嬉しそうに喜び身を任せてくる。


「えへへ………」


 こうやって頭撫でてると妹を撫でてるみたいだな…まぁ、今の絵面はおっさんと幼女の構図だけど………あれコレって間違えて通報とかされないよね?

 などと考えてると遠くからまた知っている声が聞こえてくる。


「あぁー!おっさんまた幼女と話してる!!」


「おはよう、華鈴さん」


 華鈴の方を見ると後ろにも昨日会った旧友達が揃って登校していた。


「おはようございます、三田さん」


「あぁ、おはよう清水君」


 朝の三朗スマイルは眩しいな………。


「おざっす!」


「おはよー」


 続いて政太と菜月が挨拶してきたので挨拶をし返していると奥から愛花が走ってくる。


「み、皆んな早いよぅ……あ、用務員さんおはようございます…って愛美!?」


「あ!おねーちゃん!」


 元気に言う愛美ちゃんは俺から離れて愛花にべったり引っ付く。


「志野咲さんおはよう…2人は姉妹なのかい?」


「えぇ…もしかして用務員さんに何かご迷惑おかけしましたか?」


 2人は姉妹らしく旧友とは言え知らないその事実に内心びっくりであった。


「いえいえ、明るく元気な良い子ですよ」

 

「そうですか、ご迷惑おかけしてなくて良かったです」


 その後は談笑しながら昨日のお礼なども述べた後、全員を見送る。

 その後は日課の水やりを終え管理人室に戻ろうとした所、律華に出会うが昨日までの態度からだいぶ緩和しておりすれ違い様に挨拶してきたので挨拶を返し後ろ姿を眺める。


(本当に心配要らなさそうだな……)


 その後ろ姿に安心感を覚えた後足早に管理人室に戻ると少しだけ仮眠を取る事にした。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 中央庭園を抜け真っ直ぐに理事長室を目指す律華は部屋に入るいなや、教頭に内線を繋げる。


「おはようございます、律華ですが…」


 電話相手の教頭も朝から律華からの内線に不安と困惑を隠さず応答する。


「いえ…急ですみませんが教職員達を今すぐ議会室に集めてもらえませんか?」


 少しの間応答した後、律華は宜しくお願いしますと告げ内線を切る。


(私が…やりたかった事を……)


 数分後議会室には律華を始めた各々教師たちが集まる。

 全員が集まった事を確認した律華は口を開く。


「教職員の皆さんおはようございます…緊急の呼び出しで申し訳ございませんがお忙しい中集まって下さりありがとうございます」


 律華は辺りを見回すと教職員達は静かに自分を見つめている。

 その事を確認すると律華は喋り始める。


「皆さんに集まって頂いたのは他でもありません…例の脅迫に伴う休校の件ですが、その前に皆さんにお詫びしなければなりません……」


 律華にそう告げられた教職員達にどよめきが走る。

 知っている者が数名で大半が初耳なのでどよめきが走るのは無理もないが気にせず律華は謝罪を伝える。


「ここ最近の私の不遜なる態度や昨日の議会で私情を含む独断で休校の反対をした事についてお詫び申し上げます」


 そう言うと律華は深々と頭を下げる。


「大変…申し訳ございませんでした……」


 言い終わり頭を上がると室内は耳が痛くなるほどの静寂に包まれる。


「私は昨日、頭を冷やして思い出しました…本当に大事な物は何なのか…それは皆さん、教職員や生徒達だと言う事を……なので本日の授業は昼までとしこの学園を即時完全休校と致します」


 そして…と言葉を繋げる律華。


「教職員の皆様にはお手数をかけますが生徒達の完全下校を確認してもらう為、校舎内の確認や親御様への連絡をして頂きたいと思っており、何卒皆さまのお力をお貸し頂けないでしょうか………」


 また頭を下げる律華の身体は震えていた…ここ最近は不遜な態度を見せてる事が多かった為、教職員達が協力してくれるか分からないからだ。

 じっと頭を下げて待っていると教職員達は何やら慌て騒ぎだしたので何かと頭を上げ教職員達を見渡すと連絡や校舎内の見回り、休校に伴う予定等の段取りを始めていた。


「皆さん、一体なにを……」


 律華はこの状況を把握出来ていない状態で問いを投げかけていた。

 すると1人の教職員が答える。


「えっ…何って理事長が仰った事について段取りしてるんですよ?」


「えっ……」


 驚きに教職員達を見渡すと全員、急に静かになり律華を見つめている。

 律華自身も驚きであった。

 何せ生徒からの評判はいつも通り良かったがここ最近は脅迫の件で精神の不安定から教職員達との関係が悪かったのもあり協力を得られるか分からなかったからである。


「皆さん…協力して……下さるのですか?」


 恐る恐る律華は問いかけてみると教職員達は顔を見合わせ彼女に笑顔で一斉に答える。


『もちろんです!!!』


 教職員はそう言ってまた慌ただしく動き始める。


「ありが、とう…ごさいます」


 律華はただただ協力してくれる教職員達にそう感謝を呟いた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





 運命は時に残酷である。

 もし早く優人が潜入出来ていれば…もし早く事態を察知出来ていれば…もし早く休校宣言出来ていれば…こんな事態は起こらなかったのかもしれない。

 だが起きてしまった現状にもし…と言う仮定をしてももう遅いのである………。

 まだこの時は誰も思わなかった……もうすぐそこまで魔の手は忍び寄ってる事を………。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 律華が議会室で皆んなを集めていた頃の時間に遡る。

 ある宅配トラックが1台、天ヶ崎学園裏門前に停車する。

 裏門には警備員が2名在中しており裏門警備や資材の搬入、人の出入りや車の入出庫を管理している。

 停まってすぐ宅配トラックから降りてきた人物は小ぶりな荷物を持って1人の警備員に近づき話しかける。


「あのー、すみません…」


 声をかけられた警備員は宅配業者と思われるその男に近づく。


「はい、何か御用でしょうか?」


 警備員は丁寧に用件を聞く。


「こちらの天ヶ崎学園の理事長様にお届け物がございまして……」


 宅配業者の男はそう言うと小ぶりな荷物を見せるが警備員は不審に思う。


「そんな話や記録は無いのだが……」


「おかしいですね…そんな筈は無いのですが……」


 宅配業者の男はそう言うと警備員に密着してある物を胸元に押し付ける。


「な、何を…」


 宅配業者は不敵に笑い告げる。


「ちゃんとお伝えしたのですけど……災禍と血の雨をお届けに…って」


―――パスッパスッ……ドサッ……


 宅配業者が告げて一瞬だった…静かな音が鳴った後警備員は胸元から血を流し地面に倒れる。

 すぐさま異変に気付いたもう1人の警備員が駆けつけるが音と共に眉間から血を流し脳漿を撒き散らしてそのまま倒れ込む。


「あぁー…いいねぇ…血ってやつは快感を覚えさせてくれるぜ………」


 男はそう言うと裏門のゲートを開け何台ものトラックや黒のバンを率入れると指を鳴らす。

 直後トラックの荷台や黒のバンからフェイスマスクをつけた武装した人間が次々に降りてきて隊列を成す。

 男はザッと100名以上は居る武装集団を見渡して告げる。


「テメー等、準備はいいか?」


 男の言葉を聞くなり謎の武装集団はすぐさま一斉に敬礼する。

 その光景に男は不敵に笑いM4カービンを片手に担ぎ武装集団に告げる。


「んじゃ、テメー等……理事長様にお届けに行こうぜ……災禍と血の雨を、な」


 男はそう告げた後、武装集団と共に学園内に行進して行くのであった。

最後まで読んで下さってありがとうございます。

今回は長文になってしまいました…。

まだまた投稿は不定期ですが頑張って作ってるので読んでいただいてる方や楽しみにしてくださってる方々もう暫くお待ち下さい…

また、感想やブックマークして下さると嬉しいです。

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