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それからのサヴァンの日常は、一月に最低二人の恋人を作る為の品定めが殆どを占める。
しかし、毎回恋人にする訳でも無く、一度寝るだけの相手もいる。
その一夜限りの人間は、規則的では無かった。
サヴァンの中である種のボーダーがある様にも感じたが、それが何かは誰にも分からなかった。
勿論、私にも。
サヴァンは男女問わず、己の恋人にして行ったが、五十人を越えた辺りから数えるのを辞めた様だった。
髑髏も、十人辺りまでは保管していた様だったが、結局数が増え過ぎて一番初めの犠牲者以外は裏庭に埋めた。
サヴァンは時々、エドワードの髑髏を宝石箱から取り出し、月夜に照らす。
真っ赤な血の様なワインを飲みながら、エドワードに語りかけるのだ。
「エドワード、君が居なくなって悲しいよ。私なんかを理解してくれるのは、一生現れないだろう。肉欲は満たされるが、心を埋めてくれる人は居ない。君が私の側にずっと居てくれたなら、どんなに良かっただろうか。結局私には孤独しか訪れない」
髑髏は黙ったままだった。
季節は幾度も過ぎた。
サヴァンは二十五歳になった。
街を寒波が襲い、その年は害虫も猛威を振るい、大不作の年となった。
経済は作物の輸出を生業としていた農業国であるサヴァンの住む国は、大変な不況に追い込まれた。
貴族ですら破綻寸前の状態に陥る事も稀では無くなった。
勿論サヴァンも例に漏れず、苦しい年となった。
使用人も大幅に暇を出し、食事を質素にした。
削れる部分は削り、凌いでいた。
しかし、先の見えない不況は、人の心の闇を育てた。
そんな時、街ではある噂が囁かれ出す。
貧民街に住む人間が忽然と姿を消すという。
年端も行かない少年少女や、物乞いの青年。
売春婦。
様々なタイプの人間が消える。
今までの貧民街は、身寄りの居ない者が多数であったが、不況により、貧民街に身を落とす者が増えた。
その為、元の人間関係がある程度しっかりしている者も多かったのが災いして、嫌な噂が回る様になってしまったのだ。
消えた人間の周りにはいつも影の様に付き纏う麗人の噂がある。
この世の者とは思えない悪魔の様な美しい紳士がいるらしい。
身形はきちんとしており、ステッキを片手に持つ麗人。
彼は言葉巧みに仕事を持ち掛けたり、春を買ったり様々な方法で近付く。
しかし、絡め取られたら最後。
もう戻る事は無いのだという。
そんな麗人に人々の心辺りは一人の人物に次第に集中していった。
サヴァン・グレイ———。
そう、人々が気付いてしまったのだ。
サヴァンの異常な行動に。
サヴァンは頭の切れる人間であるから、自分の舞台の幕が降りる時間を計算していたのだと思う。
次第に狂う歯車。
サヴァンは仕事納めとばかりにその年は一月四人、多い時は六人のペースで恋人を作った。
最後の方は、儀式もおざなりになり、離れは恋人達の断片が至る所に散らばる様な凄惨を極める状態であった。
異臭が本館に漂う程になって、憲兵隊がサヴァンを拘束しに屋敷へ押し掛けた。
サヴァンは、世情は十分理解していた。
いつものペースで恋人を作っていては、いずれこうなるだろう事は十分理解していた。
しかし、心に空いた穴を埋めずには居られないのだ。
サヴァンの瞳の奥に住む獣が、蠢いている。
サヴァンは拘束される際も、落ち着いていた。
やって来た憲兵隊に、離れから顔を出し、聞いた。
「彼は持って行きたいんだが、構わないだろう?」
勿論それは、私、エドワードだった。
憲兵隊はその場でサヴァンを組み伏せ、貴族の罪を犯した犯罪者が収容される牢獄へと収容された。
次の日、帝国中を震撼させた殺人鬼の名と姿絵が、国営新聞の一面を飾った。
サヴァンを取り調べした者は、一様に言う。
———悪魔だ。美しい悪魔に呑まれてしまいそうになる。
事実、サヴァンの余りの美しさに、傾倒してしまう者が相次いだ。
裁判は非公開となり、サヴァンの姿絵を売買する事を禁止した。
宗教じみたサヴァンを崇拝する偽ネクロフィリア達が、増長した。
世情と相まって、その年は混沌と後に言われる事になる。
しかし、サヴァンを敬愛する偽ネクロフィリアは間違っている。
サヴァンはいつでも人の温もりを欲していたのだ。
理解者が欲しかったのだ。
生きた人間と心を通わせたかったのだ。
獣と理解し合う人間は居ない。
サヴァンは、人間の中に一頭だけ紛れ込んでしまった獣だったのだ。
人は、邪悪に引き寄せられてしまう性がある。
しかし、それと反する様に、神聖なものに引き寄せられる性もある。
邪悪な塊の様なサヴァンに引き寄せられた人間達。
しかし、サヴァンも無垢な人間に引き寄せられていたのだ。
私、エドワード・ファレットは髑髏になってからサヴァンを本当によく観察していた。
私から見たサヴァン・グレイという人間はこういった所だ。
後はサヴァン本人に聞いてくれ。
今は地獄の底にいるだろうがな。
了