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「貴方に私の人形を作ってもらいたい。この後私の屋敷で話しを詰めないか?」
誘い文句はこうだった。
駆け出し人形師のエドワードは、すぐ様快諾した。
買い手が決まっている作品を作る事は、有り難い事だったからだ。
サヴァンはエドワードを屋敷の離れに連れ込んだ。
そこには父親の姉は絶対に来ないからだ。
サヴァンの母親が屋敷で僅かに暮らした場所。
そこが離れだった。
野良犬の小屋になど行かないと言って父親の姉は来ない。
ましてや父親も屋敷自体に帰って来ない。
エドワードと親密になりたい。
温もりを感じたい。
友人になりたい。
孤独なサヴァンは渇望していたのだろう。
エドワードとは、サヴァンの人形の構想の他に、様々な話しをした。
サヴァンには語れる程の事が無いので、殆どエドワードの話しを聞くだけだったが、サヴァンは酔い痴れた。
永遠に続いて欲しい。
そう願ったのだろう。
いつしかサヴァンはエドワードに友情を越えた感情を芽生えさせていた。
「サヴァン、君は学生時代はどんな生徒だったんだ?」
酒を飲みながら、砕けた口調で話すエドワード。
「暗い性格だった。分かるだろう?友達もいなかった」
答えるサヴァンもエドワードに合わせていた。
「信じられないな!本当か?」
「ああ、本当だ。苛めも受けていた。上級生から」
「貴族にも苛めなんかあるのかい?」
「ああ、あるさ。とびきり陰湿な」
「教師は止めてくれなかったのか?」
「私の所為だと言われた。誘ったのはお前だろうと」
サヴァンは両手の指を組んで、額に当てた。
影が落ちたサヴァンのサファイアの様な瞳が怪しく輝いた。
見つめていても底の見えない恐ろしい目だとエドワードは初めてサヴァンに恐怖した。
「誘う?」
「ああ……。上級生に犯された。十四の時だ」
エドワードは息を詰まらせた。
「ゲイは嫌いか?エドワード」
サヴァンに尋ねられるが、喉が痙攣し、言葉が出ない。
選択を間違えてはいけない。
エドワードの頭の中に警告が鳴り響いている。
「嫌いでは無いよ、サヴァン。でも……」
サヴァンは表情を幾分明るく作る。
「それは良かった」
そう言って長椅子に隣同士で座っているエドワードににじり寄る。
エドワードは後退りして距離を測るが、サヴァンが逃しはしなかった。
覆い被さるサヴァンをエドワードは拒絶する。
「私は同性愛者では無い!」
渾身の力を振り絞って暴れるエドワード。
サヴァンは鼻息を荒くして暴れるエドワードの首に両手を回した。
きつく締め上げながら、
「君から拒絶されたく無かった」
嗚咽を漏らしながら泣いた。
そうして、サヴァンの初めての恋人が完成した。
サヴァンは、何も言わなくなったエドワードに様々な事を話した。
無口なサヴァンが驚くほどに饒舌に語った。
初めてのキスもエドワードと経験した。
犯された上級生とも、父親の姉という人も、サヴァンの身体にしか興味が無かった様だったからだ。
サヴァンは愛するエドワードと何度も交わった。
満たされている。
生きている。
サヴァンはそう感じた。
しかし、二人の時間は長くは続かなかった。
二週間程離れに篭ってエドワードと寝起きしていると、サヴァンは眉間に皺を寄せた。
「エドワード、君、臭うな」
そろそろ潮時か、サヴァンは呟いた。
サヴァンは、まるで最愛の恋人との別れを惜しむように、エドワードを解体する準備を進めた。
肉切り包丁や、剪定バサミ、大きな鍋。
この二週間、サヴァンはエドワードとの蜜月を楽しむ傍らで、エドワードとの最高の別れを想定していた。
初めての別れの儀式は、とても円滑なものとは言えなかった。
肉切り包丁の刃はぼろぼろになってしまったし、どこが切断しやすいかも分からなかったから、酷い有り様になってしまった。
しかし、なんとか作業を進めエドワードを煮込む頃には、また、サヴァンの心にはぽっかりと穴が空いてしまった。
煮込んだスープは、少し味わってから裏庭に埋め立てた。その時に殆どを埋めたが、髑髏だけは残した。
日に干して宝石箱に仕舞った。
サヴァンの大切な宝物になった。
そうしてサヴァンは、新たな恋人を探す様になった。
孤独を埋める様に、恋人を作り続けた。
それは時に孤児の少年であったり、街で春を売る少女であったり、留学してきた青年であったりと、様々だった。
サヴァンの手口も回を重ねるごとに円滑に、巧妙になっていった。
そうこうしているうちに、サヴァンは爵位を継いだ。
今までサヴァンを苦しめ続けた父親の姉という人は屋敷に一歩たりとも入れない様にきつく使用人に言い含めた。
サヴァンの作業場である離れにも近付く事を禁じた。
サヴァンは、自分と恋人達の居場所を手にしたのだ。
加速度的に壊れて行くサヴァンを、もう誰も止められなかったのだ。