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いくら、外側が可憐な芳香を放つ麗しい人物であっても、一皮剥けば同じだ。


長らく放置すると、家畜と同じ。

腐って悪臭を撒き散らす、ただの肉だ。


私は解体をする中で、人の中身を見て、人間の業の様なものを感じる。

それが、堪らなく愛しいと感じるのだ。

生きとし生けるもの。

柔らかな皮膚が裂ける瞬間。

肉を断つ音。

血液の飛沫。

骨を削る音。

腱を千切れる感覚。

その賛美歌を聞いていると、宇宙と一体になっている様な。

そんな全能感を味わえるのだ。


しかして、それは私にとっては過程でしかないのだ。

私は誰かと共有したい。

誰かに私を認めて欲しい。

しかし、私は普通では無い。

誰かは私を受け入れてはくれない。

だから、私を受け入れてくれる器を作らなくてはならない。

そうすると、器は次第に朽ちる。

朽ちると、醜悪な匂いを放つ。

だから私は解体するのだ。


かつての物言わぬ恋人達を———。















サヴァン・グレイ———。


彼は、貴族の子息として、この世に生を受けた。

見目は麗しく、長身。

そして、賢い。

一見恵まれた環境の中に居る彼ではあるが、その生涯は常に孤独であった。


それでは彼の生い立ちに焦点を当てたいと思う。


彼の父親は、貴族でありながら、古代帝国の歴史を趣味で研究している変わり者であった。

時には発掘調査に出かけたりと、かなり熱心に取り組んでいた為、領地の管理などは先代からの使用人に任せていた。

その為、一月や二月帰って屋敷に居ない事もざらにあった。


そして彼の母親は、貧民であった。

ある時彼の父親が発掘調査に出た際に引っ掛けた現地の売春婦であったらしい。

らしい、と言うのも、サヴァンは母親の顔を知らないのだ。

ある日彼の父親がサヴァンの母親を伴い、屋敷に帰って来て出産までの間、屋敷に住んでいたそうだ。

しかし、サヴァンを生んですぐに母親は居なくなってしまった。

どこに消えたのかは知らない。

サヴァンはその時生まれて間もなかったのだから。

余り屋敷に居ない貴族の父親、顔も知らない貧民で売春婦の母親。

ちぐはぐな両親。サヴァンの家族はその二人だけだ。


サヴァンが物心が付く頃———正確には四つくらいの頃、屋敷にはよく父親の姉という人が出入りしていた。

彼女はサヴァンを野良犬と呼んだ。

彼女曰く、貧民で娼婦の息子は貴族で非ず。

そして人間で非ず。

彼女が屋敷に来た際にはよく言われた言葉である。

彼女はサヴァンが、サブァン・グレイと名乗る事を許さなかった。


次第にサヴァンの孤独は増して行った。


サヴァンは無口な子供に育った。


口を開けば詰ってくる父親の姉。

話しをするだけ損だと感じたからか、自分の感情を周囲に話すことに意義が見当たらなかったからか、その辺りは分からない。

だが、サヴァンの孤独が生来の内向的な性格に拍車をかけた事は言うまでも無いだろう。


サヴァンは、次第に他人の輪に入れない人間に育った。


目を見張る程の美貌は、人々を逆に遠ざけた。

両性を持っているかの様なサヴァンの現実的では無い美しさが、サヴァンを助ける事は無かった。

成長すると、美しさに磨きがかかった。

まるで悪魔の様な壮美な美しさに、人々はありもしない妄想を掻き立てられると、避けられる様になる。

しかし、触れてはいけないもの程魅力的に映るのが人間の性である。

事件は、起こるべくして起こったと言えよう。


サヴァンが十四歳になった年、通っていた貴族の子供が通う学校で一つ上の上級生にサヴァンは犯された。

初めてサヴァンは教師に訴えた。

手を差し伸べてくれる事を期待しての行動だろう。

しかし、サヴァンの希望とは逆の事を教師は言った。


———君から誘ったのでは無いか?


サヴァンは酷く傷付いたのだろう。

更に殻に籠る様になった。

誰も寄せ付けない様に。


常に自分を守ってくれるのは、孤独だけだ。


まだ十四になったばかりのサヴァンは絶望とも取れる選択をするしかなかったのである。


しかし、孤独のみが味方である筈のサヴァンは渇望していたのだ。

自らの心を許せ、愛してくれる存在を。


サヴァンは十九になった。

相変わらず孤独だった。

サヴァンの父親は外に家庭を作ったのか、屋敷には帰って来なくなった。

サヴァンは、ある日、父親宛に来た招待状を元に、画廊に足を運んだ。

出資者を募る為に、個展を開いている若き人形師。

父親の古い友人の伝手だった為、サヴァンが代理で行く事になったのだ。

相変わらず父親の姉が屋敷に度々来るのが鬱陶しかった。

サヴァンが十五歳を過ぎると、いつもの詰りに加えて、違う行為も強要された。

十四歳のサヴァンが上級生にされた屈辱。

父親の姉の瞳にも、くっきりと劣情の炎が灯っていた。

十九になってからも、減るどころか、増えていく父親の姉の要求。

サヴァンは屋敷から離れる口実に、人形師の個展へと赴いたのだ。


サヴァンは驚いた。


まるで生きている人間の様に生き生きとした少女の人形がサヴァンを出迎えてくれたからだ。


息を呑んで見つめていると、この個展を開いた人形師、エドワード・ファレットが声を掛けてきた。



「気に入って戴けましたか?」


「ああ、とても素晴らしい」


サヴァンは恍惚の表情で自然と答えた。


「それは良かった。申し遅れました。私、人形師のエドワード・ファレットと申します」


「ああ、貴方が……。まるで生きている少女の様です。こんなに愛らしい少女が隣に居てくれたら夢の様でしょうね」


サヴァンは内心驚いていた様だ。

初めて会話した人間に、素直に心の内を明かした事など殆ど生まれて初めての経験だったからだ。


「貴方程美しい人にそう言って戴けて嬉しいです」


解説しながら一緒に回りませんか?と言うエドワードに、一も二もなく頷いたサヴァンは、夢の様なひと時を過ごした。


こんなに心を許せる人は初めてだ。


サヴァンは、エドワードともっと親しくなりたいと、自分の屋敷へ誘った。


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