第44話 終わりに見た光
出立の儀、神殿にてそれが執り行われる日には三回の祝砲が上げられる。最初の一回は出立するものを讃える目的で早朝に、二回目は儀礼の始まりを伝え、最後の三回目で無事に旅だったことを知らせるのだ。打ち上げには士官学校の訓練生が動員されて練兵場にて一斉に彼らの加護である破裂玉を空に向かって放つのだった。
そして今朝、民が朝餉を終えた頃に最初の祝砲が上がった。それを合図に退廃街区では決起した持たぬ者たちが広場に集まり始めていた。四六時中衛兵の監視下に置かれているこの街区にて彼らを無事神殿に送り込むには光の民による転移の加護が必要不可欠である。祝砲を合図にして神殿の前でも参謀格のシナールが自分たちの息のかかった神官を従えて街区の者たちを受け入れんと待ち受けていた。
一方、退廃街区では光の民リバロが待機しているが、さすがに彼一人ではこれだけの民を転移させることはできない。ではどうするつもりなのか。妙に余裕綽々の体で時折空を見上げるリバロの様子をジャヌビアは注意深く観察していた。
するとそのときだった。
「ジャヌビアさ――ん、ルセフィさ――ん」
頭上からやけに明るい声が聞こえてきた。ジャヌビアが空を見上げるとそこには上空で翼を広げるテネリアがいた。風の民のテネリア、翼を持つ彼は方法は異なれど光の民同様に空を飛ぶことができる。それならばと考えた光の民たちはオングリザ先生発案の方法で彼への指導を試みた。その結果テネリアは未熟ながらも転移の能力を身に着けることができたのだった。
「頑張ってみましたがやっぱり付け焼刃だと厳しいですね。ここまで来るのに刻んで刻んで日の出を二回も迎えてしまいましたよ」
「テネリアさん、ついに転移の能力を習得したのですね、さすがです」
「それなら帰りは光の人のお世話にならなくてもテネリアがルセフィとお兄ちゃんを連れてってくれるんでしょ?」
思わぬ知った顔の登場にルセフィもいっしょになってはしゃいでいたが、すぐにリバロが冷めた声で割って入った。
「おいおい、仕事はまだこれからだぜ。そこの風の民にはこのあと俺の転移に協力してもらうんだ、和むのはあとにしてさっさと準備を進めてくれ」
「は、はい、リバロさん」
思わず姿勢を正してそう返事するテネリアの肩にルセフィが腰を下ろして聞こえよがしに声をかけた。
「お高くとまった光の民には民をねぎらう心なんでないのですわ。さっさとやることやってあんなヤツらとはさよならですの」
そんなルセフィの軽口などどこ吹く風、いよいよリバロが息を整える仕草とともに目を閉じて何かをつぶやき始めた。神殿に待機する光の民の参謀シナールと疎通ができたのだろう、リバロは街区の民の前で声を上げた。
「これから俺とそこの風の民とであんたらを神殿まで送ってやる。向こうには参謀のシナールってのがいるから指示を仰げ。もちろん俺たちもすぐに後を追う。お前ら全員が着く頃には二回目の祝砲が上がるだろう、それを合図に突入だ」
街区の民から一斉に声が上がる。彼らを挟むようにリバロとテネリアが向かい合わせに立つとリバロが目を閉じて詠唱を始めた。すると街区の民は光に包まれ、その光が消えたとき、そこに全員の姿はなかった。
「よお、お疲れさん、風の民さんよ。あともうひと踏ん張りだ。さあ、俺たちも神殿に向かうぞ。あんたはその野の民二人を連れて来てくれ」
リバロはその場で光となって飛び立ち、テネリアはジャヌビアとルセフィを服の胸元に押し込むと空高く飛び立ちながらその姿を大気に同化させていった。
神殿の前では二回目の祝砲と時を同じくして突如現れた持たぬ者たちの群衆に衛兵たちは慌てふためいていた。応戦しようにもこの状況下では詠唱する暇もない。兵士たちは加護ではなく剣や槍を手にして鎮圧に乗り出した。
その一方で街区の民たちは覚えたての破裂玉を放ってみせる。威力は及ばないものの詠唱なしでのまさかの出来事に兵士たちは混乱した。
「こいつら退廃街区の劣等種だろう。なのに、なぜ加護と祝福を使えるんだ」
「本当に劣等種だけなのか? 一般の民も混じってるんじゃないのか?」
「だとしたらこれは叛乱だ。出立の儀、それも姫様の出立を妨害しようなど言語道断。みんな、とにかくこいつらを鎮圧するんだ。姫様を絶対にお護りするのだ!」
しかし見張り役の衛兵だけでは多勢に無勢、徐々に圧倒され始めてついに神殿の扉が開かれてしまった。なだれ込む街区の民たち、そこにはテネリアとジャヌビア、そしてルセフィもいた。衛兵のひとりが救援を求めて上空に破裂玉を打ち上げるも間に合わない、街区の民の一部は扉が破壊されて口を開いた神殿の入口で衛兵の侵入を許すまいと守り固める。そして神殿の内部では既に始まっている出立の儀を妨害せんと神官に掴みかかる者、ここぞとばかりに能力でひたすら破壊を繰り返す者、そして儀の途中であるにも関わらず保身のために逃げ出す神官、それはまさに混乱を極めていた。外では剣と槍で暴徒鎮圧を試みる兵たちと覚えたての破裂玉を放ちまくる街区の民とが激しく争っていた。
神殿の壁際には突然の騒乱から我が身を護らんと身をすくめて様子を見守る少女がいた。ウルスラグナの侍女ネシーナである。彼女はウルスラグナが無事に出立できるように、ただそれだけを願って神殿の中心で輝く光の柱に向かって祈るばかりだった。黒髪で黒い瞳のネシーナは侍女とは言えその素性は持たぬ者の奴隷、暴徒となった街区の民はひとり壁際で震える彼女のことなど歯牙にもかけていなかった。
ついに暴徒の中から金色の髪を伸ばし放題にした青年が騒乱をかき分けて光の柱の前に立った。その青年こそが街区の民でありながら能力を発現した最初の民カマルーグ、彼は右手を前に伸ばして何かをつぶやいている。
「まさか、詠唱? 持たぬ者のあの人に加護が使えるの? なぜ? でも、もしそうだったらウルスラグナ様は、ウルシャは……」
ネシーナは狼狽した。ウルスラグナの身に危険が迫っている。とにかく青年を止めなければ。彼女は震える足に力を入れて立ち上がる。そして男に駆け寄ろうとした。 しかし時すでに遅し、青年の手には光る水の球が浮かんでいた。
「ダメ、それを放ってはいけない!」
ネシーナもまた右手を目いっぱいに伸ばして叫ぶ。
「神様、どうかウルシャを、ウルシャをお守りください!」
そのときだった、ネシーナの黒い髪が燃えるような緋に変化した。緋いだけではない、火の民の緋の中に水の民の髪色である金色のメッシュまで入っていた。そしてその瞳は右目は紅く左目は青、まさに火と水が入り混じった姿となっていた。
「あれは、ネシーナさん。まさか今ここで加護と祝福が発現したのか?」
「お兄ちゃん、あの人、どうなっちゃうの?」
「わからない。でも二つの種族がせめぎ合うあんな姿を見たのは僕も初めてだ。彼女がどうなるかは神様にしかわからない」
破裂玉を放たんとするカマルーグに衛兵からの邪魔が入らぬよう寄り添っていたジャヌビアとルセフィもネシーナが変容する姿を見て驚きの声を上げた。
ネシーナが広げる手のひらに小さな炎が浮かぶ。それは高温の火球に収斂してやがては青白い輝きとなった。青年の口元が「破裂玉!」と叫んでいるように見えた。同時に彼女の手から火球が飛び出す。青年の水球とネシーナの火球、それぞれがウルスラグナを出立させるための青い光の柱の目前で衝突、眩い閃光と同時に神殿を轟音と地響きが襲った。
ひび割れる光の柱、同時に後方へと吹き飛ばされる神官たち、ついにウルスラグナを包む青い光の柱は閃光とともに消滅した。そしてジャヌビアもルセフィもこの世界で目にしたそれが最後の光景だった。




