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「ヒロイン」に対抗する、たったひとつの冴えたやり方

作者: みーみ

ハッピーエンドが書きたかったんや!

幼馴染のハッピーエンドが書きたかったんや!

「ヒロイン」に対抗する、たったひとつの冴えたやり方



生きていればいつか必ず碌でもない事に出会う。避けようもなく理不尽に。

でも為す術なく蹂躙されるか、ギリギリまで抗うかは其々の判断次第。

これはそんな理不尽に対抗した私の幼馴染の馬鹿騒ぎ。




マギステア学園は16歳までの4年間通う学園であり、マギステア皇国の最大学府であると同時に国中の貴族子女の学び舎。

そこでは最近とある話題で持ち切りであった。

現皇帝の長男、つまり皇太子であるマギステア・アルイート殿下とその取り巻き連中、さらには優秀な生徒を一手に振り回すとあるピンクの髪をした女子生徒の話だ。


マギステア皇国の最高権力者はマギステア皇帝一族であるが、そのマギステア皇帝一族ですら容易に手出しできない五大侯爵家が存在する。

軍務の頂点に立つアーマード家、司法検察を司るロウシュ家、貿易外交権限を一手に引き受けるトライン家、帝国議会の議長を歴任するプレシャル家、皇帝一族の懐刀と呼ばれるイバン家。

この五大侯爵には絶対な権限が与えられており、もし仮に五大侯爵が権力闘争を乗り越えて結託出来るならば、皇帝を罷免することさえ可能。

ゆえに皇帝であろうと五大侯爵家を軽く扱う事は出来ない。

それ程までに強い権限を持つ侯爵家と皇帝一族は兎に角選民意識が強いのが特徴でもある。侯爵未満には常に横柄で、権威を振りかざしてやりたい放題。

何せそれが許される圧倒的な権力を持つのだ、驕り高ぶるのも仕方ない。

そんなお偉い五大侯爵家の嫡男達が、全員何故か皇太子と同い年である不思議は置いておき、皇太子諸共振り回す特異点。

皇都から馬車で7日の位置にあるフランベル子爵家の令嬢シンシア。

儚げな美貌とピンク色の髪を振りまく彼女はまさに物語の「ヒロイン」とも言える存在であった。


もはや演劇の舞台、ふざけた脚本だ。




ーーーーーー





さて、話を脇道に誘うが大衆娯楽に出てくるように貴族は美男美女ばかり、なんて事はない。

何せお家存続が最優先、血統の保存が二番、容姿や能力は三番手、本人の感情なんてのは論外が常識。

つまり、貴族の男子はそれが侯爵家の嫡男であろうと微妙な奴は当然いる。具体的に言えば私の婚約者である侯爵家嫡男トライン・リンドバーグなんてバカはその代表と言っても過言ではない。

凡庸な薄めの顔、私よりも低い身長、冴えない話術、努力が長続きしない精神、要領を掴めないセンス。優秀な美形ばかりだったら疲れるだろ、凡人の需要を満たしておいたぞと言わんばかりの凡俗。

磨けば光る物?トライン侯爵家がその財力と権威をかけて既に磨いた結果がコレである。


ザ・無能とまではいかないが、生まれだけで生きていると言って過言ではあるまい。


しかし、こんな貴族として疑問符が付く奴もいるがそうでは無い貴族もいる。まるで大衆娯楽にいるような美男美女で優秀な貴族様、物語の住人の如き貴族。

だが、これもよく考えてみたら当たり前。皇家でさえ始まりなんて元は地方の豪族。そんな小規模な集団のボスがチビで冴えない奴ならば誰も付いていかないに違いない。つまり貴族の始祖のカリスマを考慮すれば当然元のツラが良い。

そして豊かになれば食生活や教養が満たされ、より文化的な生活になる。身だしなみを整えお洒落をする余裕が出来る。平民よりは優秀で見栄えが良くなる条件は揃う。

さらに豊かになれば妾や愛人を囲う者も出てくる。そうやって囲われる人物の外見は漏れなく優秀で、その血がまかり間違えて次期当主に混じっていけば子供らも優れた容姿になる。

マギステア皇家や侯爵家の嫡男達やその婚約者達。それにミライ伯爵家の令嬢である私、ミライ・フルーレの容姿が優れているのもそう言う理屈ある。

まぁ私の場合は先々代当主の後妻のアホみたいな美女の血が、ロクでも無いお家騒動の末にまかり間違えて現当主である我が父に引き継がれて遺伝しただけである。詳細はR-18になるので語れないが倫理観なんて糞食らえなロリコン伯爵が祖父なのだ、言い訳不要なこの血が憎い。





ーーーーーーーー






とある女子生徒が立ち竦み、眼前の光景を目に焼き付けていた。


女子生徒の名前はセサミ・リリアン伯爵令嬢。私の友人にして侯爵家に嫁ぐという同じ境遇、プレッシャーに押し潰されそうになりながらもよくお茶会などを開いていた。

そんな優しい彼女の目の前で、彼女の婚約者であるアーマード・ファルシ侯爵嫡男がピンク色の髪の令嬢シンシアと二人で手を繋いで庭園を散策している。


あぁ、またかと、諦めにも似たため息が漏れる。


皇太子しかり、他の五大侯爵嫡男しかり。

シンシア嬢がまた一人男を手玉に取った。もはや学園では見慣れた光景になってしまったが、それでも親友の婚約者がそうなってしまったからには私の胸にもクルものがある。

アーマード・ファルシ侯爵嫡男は軍務の頂点に立つアーマード家に相応しい筋骨隆々で武骨で不器用な性格の男であった。リリアンとのデートにわざわざ新調した軍服で現れて軍の演習を見に行き、軍の訓練や編成について長々と解説する。

そんな乙女心が分からない、しかし、不義理な事だけは決して行わないと信頼出来る男でもあった。

シンシア嬢に熱を上げている皇太子アルイート殿下に諫言を行なってもいた。

だが、今はどうだ。

顔を赤らめてヘラヘラと、膝を折ってシンシア嬢に尽くしている。正直言って信じられないし、気持ち悪い。

リリアン伯爵令嬢が硬く拳を握りしめてその場を立ち去る、もはや見ていられないのだ。こんな男がアーマード・ファルシだと、自分の婚約者なのだと。


「ファルが、か」


リリアンが去り、遠くで甘い雰囲気を撒き散らす二人を眺める私の隣で、一人の男が呟いた。その呟きには様々な思いが込められており、同時にその呟いた人物が誰かを私に教える。

私ミライ・フルーレの婚約者、侯爵嫡男のトライン・リンドバーグである。侯爵嫡男であるファルシ様を愛称で呼ぶのは同じ侯爵嫡男ぐらいだ。



「あんたはあそこに行かなくて良いの?」


親友が傷ついたのだ、言葉の端々に棘が出てしまう。


「行くわけ無いだろ」


「どうだか、あのファルシ様が行ったのよ」


「そうなんだよなぁ」


「自分だけは違うと言いたいの?」


「言いたいが、ファルがな、いや、あいつと先々週に話したんだ」


「何を?」


「婚約者を裏切らない、みたいな事を」


「はぁ?今のコレを見て言いなさい」


遠くには甘々のデートを繰り広げる二人がいる。これを裏切りと言わずに何を裏切りと言うのか。


「だよなぁ、うん、でもおかしいと、おもう」


「だから何が」


「少なくとも、知る限りだが、間違えてるかも知れないし、思い込みの可能性や、勘違い、心変わりや、より違う」


「何が言いたい」


「つまり、なんだ。ファルはリリアンが初恋の相手で、な。リリアンの為に、死ねる奴なんだ」


「今のコレ見てそれを言うの?」


「そうだよなぁ、そうだよな、うん、そうだよなぁ」


その場で芝生に直接胡座をくんで座る我が婚約者。本当に会話のセンスや振る舞いの隅々に品がない。

だが言いたい事はわかる、不自然なんだ何もかも。皇太子が熱を上げる事から隣の馬鹿以外の他の侯爵嫡男が振り回される事も含め。


「なぁ、ルー」


懐かしい愛称だ、私の幼子時代の愛称。こいつ以外は誰も使わない。幼馴染の特権。


「何よバーカ」


侯爵の嫡男様に酷い愛称をつけたものだ、当時の私は怖いもの知らずで遠慮が無さ過ぎる。

幼馴染の特権で許される限度を超えてるが、こう呼ばれてヘラヘラ笑えるこいつは正真正銘のバカなんだろう。


「ルーの領地でさ、魔導射影機ってあるじゃん」


「あれがどうしたの?」


「カシャって音がして、風景とか人がそのまま残る、不思議な器械。あるじゃん。何回か試験撮影を一緒にしたさ」


「だから?要点をまとめて」


「あれで撮影した水晶球ってさ、集めたくならない?色々な景色とか、建物とか、料理とか、劇団の公演とか」


「それがどうしたの」


「人物とか」


「人?」


「そう、人」


「人がどうしたの?」


「水晶球ってさコレクションしたくなるじゃん。だからきっとそうなんじゃないかなと。水晶球じゃ無いけど、集めたいって」


「あのピンクが?」


「たぶん」


「どうやって?」


「分からない」


「そこが一番重要でしょ、分からないって」


「でも、さ、ある程度予想は出来る、て、思うんだが、どうだろ?コレクションしてると考えるならさ、つまり」


「皇太子はおわり、今は五大侯爵を集めてるって事?」


「そうなるかなって」


軍務の頂点に立つアーマード家、司法検察を司るロウシュ家、貿易外交権限を一手に引き受けるトライン家、帝国議会の議長を歴任するプレシャル家、皇帝一族の懐刀と呼ばれるイバン家。

あのピンク、五大侯爵は隣のこいつ以外は収集済み。つまり次はこいつ、一番どうでも良いから後回しにされたと。


「バカが居なくなるのは有り難いわ」


「えぇ、そんな」


「良かったじゃない、ピンクがバカを欲しいってさ」


「酷い、いや、ガチで酷い」


「それでどうするの?逃げるの?」


「これでも、一応、侯爵の嫡男だから、逃げても夜会とかで、詰む」


「でしょうね、チビで不細工で無能でも侯爵の嫡男よね」


「ルーの毒舌で死にそうなんだが」


「それで?」


どうするのと聞く。幼馴染だ、遺言くらいは聞いてやろう。


「また下らない推測なんだが、」


「前振りは良いから要点を」


「えーと、つまり、狙われたらお仕舞い」


「それで?」


「え、お仕舞い、なんだけど」


「はぁ?お仕舞いってそれで終わり?何かないの?対抗策とか」


「ないかなぁ」


「無いって、それじゃバカはピンクの虜になりたいの?」


「それは死んでも嫌だ」


「ならば、」


ならばどうすると、聞こうとしたが聞けなかった。

バカが本当に珍しく覚悟を決めた顔をしていたから。私がノリで胸を揉ませてあげるから、皇太子にピンクと熱々ですねってノリツッコミを決めて来いって言った時と同じ顔をしていた。

いや、例えが酷すぎるか。


「ファルと対策を、いくつか立ててたんだ。だが失敗したんだ、もしくは効かなかったんだ。ファルで駄目だったんだ。僕がどうにか出来るものじゃない。でも、あのピンクは嫌だ。ルー」


「何?」


その目は泣き出す寸前、溺れて死ぬ童の生き様。


「二つあるんだ、十中八九失敗するまともな方法と、」


あぁ、こいつ。


「十中八九成功して貴族として死ぬ方法なんだが、どっちにしようかな?」


死ぬ気かな?


「殺すの?もしくは自殺する気?」


「死にはしないけど、殺しもしないし、まぁ、死ねないというか、貴族じゃ無くなると言うか、アハハ。まだやると決まった訳じゃ無いけど、確定というか、アハハ」


カラ元気な笑いだ事、嫌になる。


「昨日ウチの親父やルーのお父さん、皇帝陛下にも手紙を書いたよ。返事が来る前にやってしまう事になるかもだけど、ゴメンね」


「そう。で、何するの?」


「言えない、かなぁ」


「どっちをするの」


「たぶん、二つ目の方法」


「じゃあ一つ目は」


「ピンクが来たら、正気を保とうと、手を抓ったりする」


「それは無理そうね」


「だよね」


既にピンク達は視界から消えている。此処にいるのは私達二人だけだ。


「ゴメンね、ルー。迷惑かける」


「いつもの事よ、バーカ」





ーーーーーー





生まれだけが良い。

それが自分、トライン・リンドバーグの評価である。

凡庸な薄めの顔、婚約者より低い身長、冴えない話術、努力が長続きしない精神、要領を掴めないセンス。

五大侯爵家のトライン家が総力を上げて磨いてこの様、笑ってくれ。5歳下の優秀な弟を次期当主にすれば良いのに、なまじ皇太子達と同じ歳のせいで外せない。

そんな自分の婚約者であるミライ・フルーレには昔から小馬鹿にされてきた。ずっと、バーカと。

幼馴染であった。婚約者でもあったから何かと共に行動した。いつも手を引かれ、バーカと呼ばれる。

彼女は、常に自分の真正面からバーカと呼んだ。

使用人達が裏でコソコソ噂するように、他の貴族が遠くで囁くように。そんな卑劣な事だけはしなかった。

だからか惹かれた。自分でも単純だが彼女といるのが楽しかった。劣等感もいつしか消えて、ただただ好きになってしまっていた。ルーと呼ぶたびに心が暖かくなる。

彼女は優秀で性格はキツイがとても美しい。何度夢に出て来た事か。

整った顔立ち、プラチナゴールドの髪、抜群のスタイル。余りにも目立つ容姿の為、皇太子の婚約者がいるパーティーでは敢えて地味なドレスを着る程。

彼女は私と釣り合わないとよく言われるようになった、美の化身だと。だから生まれだけの貴様如きは身を引けと、他家侯爵当主に遠回しに諭されるようになる。

だが、手放すなんて絶対に嫌だと断り続ける。自分の理想の女性はミライ・フルーレその人だから。


共に学園に入学し、学び、雑談をし、権力に物を言わせて進級だけをし、しかし余計な争いは起こさない。そんな順調な学園生活が狂い始めたのは半年前。

ピンク髪の女生徒、フランベル・シンシアが子爵の妾の子だと、時期外れながらも編入して来た事が全ての始まりであった。

ピンクは凄まじかった。入学後僅か三ヶ月足らずでアルイート殿下を虜にし思うがままに操り、その勢いで五大侯爵家の友人達を切り崩しにかかる。

ロウシュ、プレシャル、イバン、全員一癖あるものの優秀な男であった。だが二ヶ月程で骨抜きになっていた。

先々週までファルと自分の二人が正気を保っていた。だがもうファルが駄目になった。

ファルなら、ファルならピンクに対抗できると思っていた。だが違った。ファルが今まで正気を保っていたのは単に美形じゃなかったから。ピンクにとって巌の如き武人は趣味で無かったから優先順位が低かった、ただそれだけの理由で正気を保っていただけであった。

そして自分がまだ正気を保っているのはファルよりも優先順位が低かった、ただそれだけと理解してしまった。


なんだこれは?どういう理屈だ?


殿下達を虜にした方法がサッパリ分からない、ただ会話をしていただけである、理解出来ない。対抗策が思い付かない。


何故?何故こんな事をするんだ?権力や地位が欲しいならば殿下一人虜にすれば十分じゃないのか?ほかの五大侯爵に手を出す意味が無いじゃないか。


ファルが完全に虜になれば次は自分、残された時間は刻一刻となくなるのが分かり絶望がより深くなる。こんな事ならいっそ先に正気を失っていればと悩む程に。

故に気づいた、ピンクはただ順番にコレクションしているだけ。自分が正気なのはピンクから見た優先順位が低かったから、そこが突破点であると。


ならば、話が早い。

魔導射影機で水晶球のコレクションをしている人がいたとしよう。水晶球は美しい物ばかり写している。

そこに腐乱死体を写した水晶球をコレクションしたいと思うかどうか、まずコレクションしたいと思うまい。

つまり、コレクションしたくないと相手に引かせれば良い。

しかし、それは貴族としたらお仕舞いだ。だが、それでも、



せめてルーを好きなままで生きていたい。




親父達や陛下に手紙を書く。やらかすと。

物は直ぐに用意出来た。学園食堂の裏手で見つけたこれが、今すぐに用意できる最大効率だ。

持ち歩くのも嫌だが我慢した。

ルーには最後の挨拶も済ませた、彼女はいつも通りバーカと応援してくれた。これで思い残す事無くやれる。


そしてルーと話した三日後、大勢の生徒が注目する食堂でピンクは唐突に来た。

あー嫌だ、ピンクが来た。と逃げる間も無く会話が始まる。

今日の学食や授業内容など取り留めのない会話、もしやこのまま何事も無いのではと思っていたら災厄は唐突に来る。

学園の成績なんてどうにでもなると言った自分に、ピンクが貴方の将来が心配ですと言った直後。


視界がピンクに染まり出したのだ。

急激に作り変わる精神、人格。何故か無性にシンシアが愛おしくてたまらなくなる。

濁流に飲み込まれるが如く押し流される自我が、叫ぶ!ルー!

シンシアへの愛おしさが増大し続ける、対抗するように叫ぶ、ルー!

ルー、愛してる。無理だ、耐えられ無い、シンシア、愛してる、助けてルー、ルーこれは無理だ!ルー!ルー!

負けてたまるか!



「ヒロイン」に対抗する、たった一つの冴えたやり方。を



残された自我を総動員して秘策を取り出す。

袋に入れ、持ち歩いていた秘策。ルー、俺はやるぞ、すまない。やるぞ!!!


袋から取り出したのは、ゴキブリ。


一匹つまみ、取り出して、シンシアに見せつける。

嫌だ、糞、やるぞ!

そしてそれを口に運び、前歯で噛みちぎる。

一瞬世界が停滞したかのように、全てが止まった。

ゴキブリが必死に抵抗している。口内で暴れ回っている。

残されたゴキブリの下半身をさらに口に放り込む、足が舌の上で暴れ回っている。でもそんなの関係無い。

ワザと音が出るように噛み、咀嚼する。

胃液が荒れ狂い、今に吐き出そうとしているが堪える。ここで吐き出す訳にはいかない。

苦悩を一切表に出さず、平静を装いながら、ピンクを見る。愛おしさが消えている。

行ける!と判断した。

追撃だ!と覚悟を決めた。

理性は限界を超えていたが、それでもピンクよりはマシ!


もう一匹、ゴキブリをつまみ出す。一匹余計なのが外に出たが、しるか!


「シンシアさん、一匹、如何?」


笑ってみせた。ピンクは一歩後ずさった。

ならばと一匹丸ごと食べてみせる。大きな咀嚼音を響かせながら。

腐らせたカニのような味が、脳天を突き抜ける。

だがあれほど変容し始めていた精神は、余すところ無く自分のままである。

さぁ、ならば行ける、飲み込め。

噛み砕いたゴキブリを決死の思いで飲み込み、紅茶で押し流す。

コップを下げた時そこにピンクはおらず、ただ周りの冷ややかな目線だけが刺さっている。


あぁ、やりきってしまった。

そう安堵し、気が緩んでしまったらもうダメだった。せめて人目につかないよう、外で吐こう。






ーーーーーーーー





昼休憩が終わろうかとタイミングで親友のリリアンが私に告げた。

食堂でピンクとバカが騒ぎを起こしたと。

リリアンはとても言いづらそうにオブラートに包み私に教えてくれた。その言い方から何があったかまでは分からないが何故起きたのかは見当がつく、ピンクに対抗したのだろうあのバカは。方法は分からないが。

リリアンに軽く礼を告げて別れ、食堂に着けばそこはガラリと空気が違っていた。

その目線は普段と違い憐れみ混じり、私が可哀想と目で訴えてくる。

捕まえた下級生にバカの行方を聞けば、恐怖に駆られながらも庭園の方に行ったと教えてくれた。


こっちに来たと言う事は人目に付きたくなかったから。ならば、と当てずっぽうに歩けば簡単に見つける事が出来た。

衣服を吐瀉物まみれにし、なおも吐き出そうとえづいている。いっそ哀れなその醜態を見て、せめてと背中をさすってみる。


「生きてはいるみたいね」


「あぁ、生きてる。超生きてる。ルー愛してる」


なんだこの愛の告白は、全く嬉しく無い。まぁでもそんな軽口を叩けるって事は上手くいったのだろうか。


「で、何をしたの?」


「何ってつまりだな、あれだ、アレをアレした」


「アレなのね」


「そう、アレアレ」


「で、何?」


「えっとつまり、要は、ピンクにコレクションしたいと、思われたら駄目だから、だから、そうなら無いよう」


「そうなら無いように?」


「生理的に無理って、手軽に思わせるようと」


「それで?」


「ゴキブリを食べた」


そう言ったバカは食感を思い出したのか再度胃液を吐き出す。咄嗟に背中をさすってる手も止まる。


あぁ、こいつ本当に馬鹿だ。今この瞬間にギリギリ残っていた婚約者としての情と、ピンクに対抗して見直したと、頑張ったなと褒めようとした感情が一気に霧散した。


いや流石に無理だろ。ゴキブリ食う奴と結婚って。

こいつと結婚するって事はアレなコレをして子供を作る訳で、つまりキスの一つや二つ当たり前にこなさなきゃならない。

もはや私がゴキブリを食べるか否かである。普通に無理だ。絶対に無理。

さらにそれ以前の問題として、間違いなく貴族として死んだだろ。誰がゴキブリを食う奴を貴族として敬う。食堂での目線の理由がよく分かった。


「アハハ、終わったな俺」


「そうね、弁解の余地なしね」


うん、こいつの婚約者だった事は私の人生に光輝く黒歴史、頼むから死んでくれ。


「酷い、死ねって」


「ごめんなさい、つい内心が外に」


「ついって、もう、ホント、頑張ったのに」


「いや、この反応で普通だから。寧ろまともに会話して貰えるだけ有り難いと思うべき」


「マジかぁー」


「というか他にやり方が無かったの?もっとこう、ピンクには嫌われるけど世間体は大丈夫な」


「それは、何処で、見極めるんだよ」


「ピンクと軽くお付き合いでもしながらとか?」


「無理だ、死ぬ」


「死ぬって大袈裟な」


「大袈裟なんかじゃ、無い。精神が人格が、心が作り変わる。酷い所業だ」


「ピンクが?」


「あぁ、凄まじかった。ちょっと会話しただけなのにな、あるタイミングからピンクの事が唐突に大好きになっていった。理屈はサッパリだが、もはや呪いや改造に近い。殿下やファルが、あぁなってしまったのも納得出来た。来ると分かっていて、備えがあって、死ぬ覚悟があってようやく対抗できる。不条理にも程があるだろ、ちくしょうめ」


胃液と共に吐き出す言葉は真実を話していると、私に信じさせるには十分過ぎた。


「災難だったわね」


「だが、俺は、死んでいない。俺だけは生き残った」


「殿下達もまだ生きているわ」


「いや、もう、死んだも同然だ」


そりゃそうか、傍目にはあんな小娘に振り回されてる殿下は世継ぎの資格無し。他の侯爵嫡男達もまた同じ。

ピンクが全ての元凶であってもそれは関係無い。

だが、それはバカも同じ事。なにせ衆人環視のなかゴキブリを食べたのだ。貴族としてはお仕舞いだ。


「あんたも同じでしょう」


「違う。ルー愛してる。この言葉を本心で口に出せる。生き残った証拠だ」


そう言って、バカは笑った。仰向けに寝転がり晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。


「ゴキブリを食べる奴に言われても、恐怖でしか無いんですが」


まぁ良いかと私も笑った。





ーーーーーーーー






マギステア皇国マギステア学園の卒業パーティーは皇族や貴族が主催する為に毎年盛大に開催される。

それは明日には卒業して嫁ぎ先に向かったり領地に戻る、最後のモラトリアムを満喫するイベントだ。何者にも邪魔されない、邪魔を許さない無礼講の一日でもあった。

そんな祝福されしイベントを私は、いや私達はパートナーも付けずに満喫している。何故か旧婚約者が居なくなってしまったピンク被害者の会だ。


「あれから半年」「ではタチアナ様は隣国の王太子の元へ」「リリアンはセント伯爵様と」「キサラさんは近衛に入られるんですね」「それじゃあ、フィン様はマルス皇太子殿下と近々」「メルリーは北国に嫁がれると」「フルーレは?」「私は白紙になっただけでして」「あの方はその」「言いにくいのはわかります。無下にしにくいのでわ」「皇家としても扱いに困るのでしょう」「なにせシンシアさんの、ね」「でも余計にお困りでしょう」「特命騎士団の記憶も新しいし」


と言う感じに話が飛んでは盛り上がる。

遠方へ向かう友人もいる、恐らく今日が今生の別れになる人も多い。そんな私達の話題は当然ピンクが中心だ。

ピンク。子爵令嬢フランベル・シンシアは私のバカに手を出し火傷をしてからも、いや火傷を癒そうとそれまで以上に精力的に行動していった。

その他高位貴族の子息は当然、顔が良ければ平民や教師。ついには諜報機関のエージェントや現役当主にも手を出し始める美食雑食暴食っぷり。

このままピンクはどこまで行くのかと皆が固唾を呑んで見ていたが、流石に皇家が許さなかった。


それまでの調査やバカの報告を真摯に受け止めた皇帝は悪名高い特命騎士団を設立し、ピンク並びにピンクの支持者38人を一網打尽にして見せた。これが半年前の話である。

ピンクはその場で処刑され、殿下や五大侯爵元嫡男達やその他大勢の虜達は修道院に強制収容。しかし未だにピンクの呪いが解けていない。

この悪女めよくもシンシアを殺したなと恨まれた、つい先日に最後の面会を終えたリリアンが涙ながらに話していた。

仕方ない面もあったかも知れない。

皇家の調査報告書が公開されてバカの仮説が正しいと、呪われた元殿下や元侯爵嫡男達に過失は無かったと認められた。皇家や五大侯爵家の思惑も重なり彼等の名誉だけは回復した。

だが、もう何もかもが遅いのだ。

私達は貴族の令嬢で、贅沢出来る権利には義務があり、お家存続の為に動ける期間は短い。正気を取り戻すまで待つという選択肢は存在しない。

私達は明日には各々の進路に進む。


そして私、ミライ・フルーレにも貴族としての責務がある。だがそれはあのバカのせいで非常に微妙な事になっていた。

元殿下や元侯爵嫡男達のように呪われていたならば逆にやり易かった。バカは呪われてましたので修道院に入れます、名誉を回復します、他の婚約者を探しますで済む。


だがバカは呪われておらず正気を保っており、ゴキブリの件はそのままだ。名誉は当然回復せず、しかしあのピンクへの対策を見つけ初めて対抗してみせた功がある。しかし特命騎士団の悪評は根強く残っており、その始祖とも言えるバカは軽蔑の対象でもある。


そのせいで私とバカの婚約は破棄でなく白紙に、バカは嫡男ではなくなったものの貴族としてこの学園を卒業予定。マギステア学園を貴族として卒業するとは即ち一人前の貴族である証拠だが、就職先や領地も何も無い。なんともチグハグな処分になっていた。


せめて、せめて特命騎士団がまともであったならばと思わなくも無い。それならば皇城勤務が可能だっただろうし、最低限の実績を作り適度な役職を得させ、2年程度ほとぼりを冷ました後に私が嫁入りして新たに貴族家を作れば万事解決であった。

その程度ならミライ家は許容した。アレ以後でもなんやかんやでバカと仲のいい私は、ゴキブリ云々の誹謗嘲笑に慣れてしまっている。嫁入り程度は許容範囲になってしまっていた。


だが特命騎士団の悪評がそれを許さない。

特命騎士団はその名の通り、皇帝の肝入りで作られた対ピンク専用の騎士団であったが中身が酷すぎる。

何せピンクに対抗する騎士団にまともな人選は不可能、ピンクの虜になってより悪化する事が目に見えている。つまり特命騎士団とはピンクが生理的に受け付けない人のみを200人も集めた集団なのだ。

全員が体重は100キロ以上で40歳以上の脂ぎったビール腹のハゲたオッサン連中、当時は風呂に入る事を禁止されており、体に蜘蛛やゴキブリやヘビを住まわせる。

もはや歩く公害、ピンクの最後の言葉は「こんなの魅了できない」だと伝えられるぐらい効果的だったらしい。


だが、名は体を表すと言うが奴等はその見た目通りの連中でもあった。悪い事に碌でもない連中ばかりでありながら、皇帝によって組織されたから権力もある。

ピンクの現地処刑は初めから決められており、その通りピンクは処刑された。だが何故か三日もかかり、誰がどう見ても使い回された後であった。

ピンク討伐までに相当数の無関係な被害も出た。皇帝直轄の騎士団としての権限が下級貴族の令嬢や平民女性には強すぎて、糞みたいな不幸な事件が多発した。

故にピンク討伐後、特命騎士団は近衛騎士団に全員捕縛されて後に処刑。だが悪評だけは色濃く残り、平民界隈ではピンクよりも特命騎士団の方が長く恐怖の代名詞として語られる始末。特命騎士団は貴族としての矜持を著しく傷つけたと歴史事抹消する動きさえある程だ。

そんな中無関係だが特命騎士団の始祖とも言えるバカ。もはや貴族としてマギステア帝国では扱えず、処遇は難航していた。



「ではいつかまた。フィン、我が婚約者もマルス殿下といつか会談する用意があると宜しくお伝えください」「はい。タチアナはもうすかっり王太子妃ですね」「キサラ、お元気で。女の子なので程々に」「メルリーも、風邪を引かないように」「フルーレ、今までありがとう」「リリアン、泣かないで」



楽しい時間はあっという間に過ぎ去り別れの時間はくる。お互いに別れを惜しみ、それでも貴族の矜持を胸に進む。

とは言え、私にはここからもう少し出番がある。

学園を出て馬車を走らせる事10分、皇城に入り謁見の用意を整える。どんな用事かは聞いてないが父と共に皇帝陛下と合間見える予定なのだ。

まさかと思うが皇帝の側室入りなのか?皇国最高権力者とは言え親子程に年が離れていて正直嫌だ。

だが流石に皇帝では望まれれば嫁ぐしか無い。気分が重い。しかも私には現在この歳で婚約者がいないのだ、何処かの後妻の紹介かも知れない。侯爵当主の後妻クラスの縁談でも出来る範囲で断ってきたから、その後押しに皇帝が現れたとも考えられる。

貴族で無駄に美人に生まれたからと求婚が途絶えずに困る、割とマジで困る。バカが嫡男でかつ婚約者として健在だった時から多く、バカという風除けが居なくなったのも向かい風だ。

まったくもって憂鬱でしかない。


「そう怖い顔をするな、美人が勿体無いぞ」


「学園を卒業した感傷に浸っているだけです。お父様。それに、準備が整ったみたいです」


父と時間まで待つこの一瞬すらも嫌で仕方ない。ゆえにまだ思春期ともギリギリ言えなくもない年齢故に、表面上は反抗期で押し通そう。

使いが私達を呼びに来たのをこれ幸いと立ち上がり部屋から出る。後ろで父がため息を吐いているが知った事か。


無駄に豪華な謁見の間に通され、つづいて何故かトレイン侯爵と挙動不審なバカが入室し、最後にイバン宰相とマギステア皇帝が現れた。

皆が一様に形式通りの挨拶を済ませるなか、思考を巡らせる。

何故私とバカがいる?もしかしたら、これは願ったり叶ったりの展開ではなかろうか?

バカの入室して私を見た反応からあいつも何も知らされていないと判断、だがこの場にこいつと私がいる理由なんて限られる。情報漏洩は最小限で発表は内々に、余計ないざこざを極力減らす為ならば辻褄は合う。

定型文的な会話が終わり本題に入る。この謁見の目的、要はバカの扱いと私の扱いについてで間違いない。ますます良い流れだ。


「昨年の船乗り達の報告を要約すれば、南方に未発見の大き目の島を発見したとの事。眉唾であったが先日皇国海軍で確認を終えた」


「これを調査し、我が皇国の領土として治める必要がある」


「場所はツバイク港からさらに南方、辺境のさらに辺境。片道で半年程かかり、二度と皇都には帰れまい」


「領主を派遣する」


皇帝の威厳に満ちた宣言にバカの肩がビクリと上がる。いや、この流れから分かるだろ!

無関係な私達が此処に呼ばれている時点で察しろ、この話を受けろよ。下手に断るなよ、良い流れなんだから!


「トライン侯爵、誰か良い人材は居らぬか?」


「でしたら我が息子、トライン・リンドバーグは如何でしょうか?今の皇都は息子にとって息がつまるでしょうし」


「ふむ、なるほどな。ではトライン・リンドバーグよ。そなたを新発見された島の領主に任命する、異存はあるか?」


皇帝は宰相や私の両親を見る。何も異存は出ない。

バカは何故か青ざめている。どうせルーともう会えない、とか考えているだろう。いや、それ杞憂だからさっさと受けろ。

というか断ったらぶっ飛ばすからな。

キツくバカを睨みつけると、バカは何かを観念した。


「こ、この話、ひ、ひ、引き受けさせていただだだだきます」


かみかみである。だがナイスだ。

これで大きな懸念が一つ消えた。


「うむ、では新たな貴族家の誕生を祝福し家名を贈る。その名はリメイズ。この名を新たな島の名にもする。リメイズ島のリメイズ・リンドバーグよ、其方に幸多からん事を」


「同時に貴族法典に基づき、リメイズ・リンドバーグには辺境伯の爵位が贈られます」


そこでやる気の無い拍手が送られる。こんなものは既定路線の茶番でしか無い。そして私にとっての本題は次の茶番、次の茶番には複数の分岐点が存在する。

貴族家とは貴族の男と女がいて、家を存続させていく枠組み。貴族法典にも記載されている貴族の大原則、つまり此処から返答を間違えて流刑されればハッピーエンド。


「ところでミライ伯爵。伯爵のご令嬢には今婚約者がおりませんね。学生身分のうちはと固辞されてましたが、彼女の身を固められては如何でしょうか」


「それは勿論そのつもりなのですが、誰に似たのやら気が強く好みに煩い我儘な娘に育ちました。多少なりとも本人の意思を考慮せねばなりません」


「成る程、ではより高貴な方や五大侯爵家の後妻などは如何でしょうか。裕福な生活は勿論、社会的身分など満足する結婚生活を送れるでしょう」


つまり皇帝か本命は自分の後妻にって事でしょ、五大侯爵家で唯一後継者が皆無になってしまったイバン侯爵殿。

ピンクが嫡男を駄目にして焦るのは分かるが他を当たってくれ、五大侯爵家の後妻の席なんて直ぐ埋まるから心配しなさんな。

父が私に目配りしたのを確認して返答する。


「いえいえ私には過剰な身分、その様な重圧に耐えられそうに有りません」


「其方は元は侯爵家嫡男の婚約者。後妻であればより気楽かと考えますが」


「当時から責任に押し潰されまいと必死でして、高位貴族に嫁ぐなんてとてもとても。もし許されるなら同じ爵位、お互いが似た立場で、年も近く、それも辺境の伯爵などを考えております」


どう?この直球勝負。分かりやすいでしょ。


「辺境に行けば二度と都会の華やかな生活に戻れませんよ。それに貴女のような綺麗な姫君が辺境に行く必要は有りません、豚に真珠と言う諺通りになっています。考え直しなさい」


「いえいえ、私は父が言いました通りに気が強く、子供の時分には野原を駆け回ったもの。むしろ都会の方が向いていなかったと考えます」


「ミライ伯爵はどの様にお考えで」


「お父様、分かるでしょ」


父を睨みつける。下手な回答をするんじゃ無いと。

ここが私の人生の分岐点なんだよ、わかるだろ、オゥラァ!

父は諦めたように頷いて、トライン侯爵に、続いて皇帝陛下に目配りした。勝ったな。


「我が娘も色々と傷心の様子で、田舎や辺境で療養するのが宜しいかと思います」


「左様か、ならば皇帝として臣下の娘にはよき縁談を探さねばなるまい」


「しかし陛下、彼女のような者を辺境の、それも、こんな悪食の」


「良いのだ、イバン宰相。諦めろ」


その言葉が宰相を無力化した、ナイスだ皇帝陛下。今日を終えれば二度と会わないがヒゲが素敵で好感度高いぞ。


「さて、ミライ伯爵の娘。余から一人の貴族を紹介したい。その者は其方の望み通りに辺境の領地を持つ伯爵で、其方と同じく一度婚約を白紙に戻された、其方と同い年の新任領主がいる。如何か」


「それはとても親近感が持てます、とても。前向きに検討致しますので、その領主様のお名前を教えて頂ければ幸いです」


「良いのだな?二度と皇都に、いや故郷に帰れまい」


「他家に嫁ぐのです。貴族に生まれた以上覚悟の上」


「その覚悟、しかと聞き入れた。領主の名はリメイズ・リンドバーグ、領地はつい最近発見された辺境、リメイズ島である」


皇帝はバカを私に紹介した。皇国最高権力者の皇帝陛下がバカを私に、ミライ・フルーレに紹介したのだ。

あーあ残念、非常に残念だ。バカを皇帝に紹介されてしまった。さすがの私も皇帝に紹介された男を無下にする訳にいかない。

まったく、バカとの腐れ縁が切れなくて本当に辛いなぁ。

いや、残念無念。本当に辛い。あーあ、辛いと幸せって字が似てるよね。


「リメイズ家、初めて聞いた名前です。ですがリンドバーグ、懐かしい名前です」


茶番劇を行おう。ウィニングランだ。まずはトライン侯爵から。


「それはそうであろう。我が息子トライン・リンドバーグが新たな領地を賜り授かった名だ」


「そうなんですか。何という偶然でしょうか」


我が父も諦念交じりに加わる。


「好みに煩い娘だが、まぁ、あの男は付き合いも長いから大丈夫でしょう」


「えぇお父様、あの方ならば心配ございません。とんでも無く長い付き合いなので安心出来ます」


ホラ、イバン宰相。あんたも認めろ。


「南方の辺境とはいえ、名家の血が統治するのは悪い事ではありません」


「はい、安定した貴族家を作ってみせましょう」


締めに皇帝陛下、勅命をお願いします。


「うむ、その心意気や良し。ではマギステア皇帝として命ずる。ミライ・フルーレ伯爵令嬢よ、リメイズ・リンドバーグに嫁ぎ、リメイズ島にリメイズ家を栄えさせよ」


「その勅命、しかと受け賜ります」


カーテシーを決めたあと、上体を起こす時にバカを見る。マナー違反だが今後マナーを問われ場に来る事も有るまいし、それよりもバカの顔が見たくて見たくて仕方なかった。

泣きそうで笑いながら、安堵と嬉しさでぐちゃぐちゃになったバカ顔。

凡庸な薄めの顔、私よりも低い身長、冴えない話術、努力が長続きしない精神、要領を掴めないセンス。優秀な美形ばかりだったら疲れるだろ、凡人の需要を満たしておいたぞと言わんばかりの凡俗な男。

まったく、なんでこんな男に惚れたのか。

古い記憶、共に笑って、手を繋いで歩いた日々。


まぁ、良いかと私も笑った。


さて、帰ったら荷造りをしよう。

もう二度帰れないし、物資を送って貰う事も儘ならないから念入りに行う必要がある。

食料は兎も角、ドレスとか贅沢品は論外。貴金属は万が一の換金用に幾ばくか。

あ、でも魔導射影機とその水晶球は沢山持って行こう。これで記録を沢山残そう。なんならこちらで撮ったバカとのアルバムも持って行こう。


私は未来に希望を持つ。「ヒロイン」なんかと違い、私達は幸せだ。



ーーーーーーーー





遥か未来のとある学校の歴史の授業


まるで催眠攻撃と言わざるをえない教師の口述が続く。


「リメイズ合衆国は北歴1319年にマギステア帝国海軍フササ・コロンビア子爵がリメイズ大陸を発見し、翌1320年にリメイズ家が入植。当時リメイズ大陸は小島であると推測されていましたがリメイズ家の調査で大陸であると明らかになりました。しかし当時のリメイズ家はこれを隠蔽し力を蓄え、1492年にマギステア帝国崩壊と同時に独立を宣言。以後リメイズ合衆国はリメイズ家が支配します。

それから1800年代までリメイズ家が大陸を支配し続け、フラジャイル自由民権運動の際にはリメイズ家は自ら進んで合衆国の自由民権化に賛成。さらに当時のその他権力者と1861年に南北戦争を開戦します。これに勝利したリメイズ家は合衆国政府に10年かけて政務を移譲しました。以後リメイズ家はリメイズ合衆国の象徴として存在し、自由民権の象徴として扱われています。

また、早期に比較的混乱も少なく自由民権化を成し遂げたリメイズ合衆国は産業革命を他国に先駆けて実現し、今日の世界最大国家になる基礎を築くことができました。今年2020年はリメイズ家700年祭と言う事で世界最大国家の威信にかけて盛大なイベントが行われるでしょう。面接のある受験生の皆さんは魔導フォン等で構いません、最新の情報は常に仕入れておいて下さい。

今日の授業は此処まで、ここはテストに出やすいから注意するように」


退屈な授業が終わり昼休憩の時間が始まる。

進藤隆は魔導フォンを操作し、先程の授業内容を復習するようにリメイズ家やリメイズ合衆国について調べながら昼飯に齧り付く。今日の昼は三色パンだ。

気になったキーワードに飛びながら面接対策をひたすらに検索し続ける。


リメイズ合衆国大統領、リメイズ合衆国歴史、リメイズ家年表、リメイズ家初代、リメイズ家初代嫁可愛い、リメイズ家初代嫁美人、リメイズ・フルーレはアイドルよりも遥かに格上、フルーレ様は現代でも女神、フルーレ様エロコラ、フルーレ同人誌、フルーレ転生、トラックに轢かれたらフルーレ様だった件、私がフルーレ様なんて聞いてない、現代に転生したフルーレ様は魔導フォンと共に、フルーレ様の旦那が地味過ぎて草、フルーレ旦那ゴキ、フルーレ様の審美眼について、



途中から変なのが交じり出したな、何だこれ?


「おー、隆もついにフルーレ様に目覚めたのか」


後ろの席から悪友鈴木が声をかけて来た。


「いいよなー、フルーレ様。気高く強く美しく、それでいて優しさも兼ね備える。まさに人類史最高の美女だよ。なぁ酒井もそう思うよな」


さらにたまたま横を通った悪友酒井が巻き込まれる。だが酒井は元はミッション系の小学校出身。悪友なだけに性格はお察し、故に返しはさらにぶっ飛んでいた。


「人類史最高の美女は聖母ユリア様だろ、常識的に考えて」


「いやそんなお伽話とかどうでも良いから」


「はぁふざけんな。お伽話だと」


「いたかどうだが分からん奴で、なおかつどんな面してたかさらさら分からんしな」


「聖母ユリア様は存在したし、その様は神々しいに決まっておられるだろうが」


「いやいや、だからそんなの人の考え方次第じゃないか。だがな、見ろ。フルーレ様は水晶球が今でも保存されてて、その美貌は現代でもしっかり確認出来るじゃん。もうね、フルーレ様サイコーじゃん」


鈴木が取り出した魔導フォンからフルカラー3D立体映像が等身大まで拡大して浮かび上がる。成る程、整った顔立ち、プラチナゴールドの髪、抜群のスタイルとこれは確かに美人だ。

だが何故か二人がヒートアップするにつれて、周りの男連中もこの論争に加わり始めた。

おいやめろ、女子の視線が凄いことになってるぞ。


「いや分かる、確かにフルーレ様は良い」「人類史最高の美女ってのも誇張じゃない」「いや所詮は只人、神々しいユリア様のが」「だから人類史だろ、聖母は聖母でフルーレ様は国母」「だからなんだよ」「フルーレ様で抜けるわ」「聖母様はハイストの母親だぜ、母性が違う」「フルーレ様も当時の医療環境で22人も産み育てたんだよ、同格じゃね」「でもこの人の旦那はゴキ食ったんだろ」「そうそう、そんな奴とやる事やってる女はどんなに顔や身体が良くても」「でもさ、旦那がゴキ食ったのって仕方なくだぜ」「たしか会話性魅了症候群への対策だっけ?」「中世のセキュリティ雑過ぎ」「やっぱりユリア様だよな」「だから実像が残っているフルーレ様だろ」「そういやリメイズ国立博物館にはフルーレ様のR-18水晶球が」「聞いた事ある、成人してからのみ観れるとか」「フルーレ様淫売じゃん」「撮った旦那が悪いだろ」「撮らせるのはどうかと思う」「あー早く成人してー」「俺も俺も、成人したら速攻で見に行く」


あぁ、男どもの熱意は青天井。

女子から男子への評価は底なし沼。



俺はただ、面接対策に調べ物をしていただけなのに。昼休みは無情にも減ってゆくのであった。

作品世界

乙女ゲーの世界だが、作中は欠片も出てこない。

魔法があったりするナロウ的な中世的な世界観って思えば大丈夫。

魔法があるナロウ的中世的世界観って強い言葉だな。だいたい通じる。


フランベル・シンシア

子爵家の令嬢、妾の子。

「ヒロイン」

作中はピンクと書かれる事多数。

実は転生者だったという裏設定があったが、作中は欠片も出てこない。逆ハーレムを目指してゴキブリに全てを崩された人。

会話性魅了症候群なるこの世界の珍しい病気扱いになった。世界の修正力的なもので。

しかし、これの調査で世界の魔導学が大きく前進する。

特命騎士団との闘いはR−18無しでは語れない。

そもそも逆ハー目指した理由が特に無い、本当にイベントスチルを100%にしようとしたノリでした。


マギステア・アルイート

皇太子殿下、フィンの婚約者。

作中初っ端で名前が出るものの、特に意味は無し。

シンシアの虜になっただけのモブ。

殿下はモブ。ただし美形。俺様。

フルーレに横恋慕していた、NTRする気満々だったという裏設定があったが、作中では欠片も出てこない。

死ぬまでピンクに呪われていたから、リンドバーグは運がいい。


ロウシュ、プレシャル、イバン

侯爵嫡男達

名前すら無いモブ。それぞれの婚約者がタチアナ、キサラ、メルリーって設定しかない。

裏設定でも特に無し。みんな死ぬまでピンクの虜。

しいて言えばイバンは一人っ子。

イバン家は大変だな。


アーマード・ファルシ

侯爵嫡男、リリアンの婚約者

リリアンが大好きだったが時代と相手が悪かった。

対抗策をいくつか作っていたが無意味であった、しかし、自我を失いながらも一週間程耐えていた。

この時間のおかげでリンドバーグが対抗出来た、つまり本編のMVP。

なお裏設定的な扱いは最悪。

修道院で8年後に正気を取り戻し、自身や世間、リリアンの事を聞いて自殺する。

本編のバッドエンド枠不動の1位。


セサミ・リリアン

伯爵令嬢、ファルシの婚約者

不器用なファルシの理解者であり、ファルシの事を愛していた。

ピンクの所為でめちゃくちゃになった人、その2

裏設定的にピンクと甘々なファルシを見て自殺寸前までいったり、自暴自棄になった。

ファルシの名誉が回復するとギリギリまで婚約者を決めなかった程ファルシを愛していた。

だが、どうしようも無く結婚。

特命騎士団みたいな相手との間に子供をもうけたが、夫婦仲は最悪。

止めにファルシが正気に戻り、遺書でリリアンに謝罪したのを聞き後追いした。


シャルル・フィン

アルイート殿下の婚約者

裏設定的には実はアルイート殿下が大嫌い。年下好き。

マルス君ペロペロ。つまり勝ち組。


ウネビ・タチアナ

ロウシュの婚約者

ロウシュとは良くも悪くも政略結婚と割り切っていた。

裏設定も特に無し。ピンクの報告書をみて感情に整理がつき他国に嫁ぐ。


カミジョウ・キサラ

プレシャルの婚約者

裏設定で婚約に懲りて近衛に入る。そして百合の花に目覚めました。

やったね、キサラ!同志が増えるよ!


ドトール・メルリー

イバンの婚約者。

裏設定で北国に嫁ぐハズがイバン侯爵家が横槍を入れ、最終的にイバン家侯爵の後妻になった。

その件でフルーレを憎んだが、フルーレは二度と帰らなかったし、手紙も届かない場所の為どうしようもない。

何故か不幸枠な人。



イバン侯爵

ロリコン。

フルーレを後妻に欲しがり、皇帝に止められた。

でも諦めずに息子の元婚約者に手を出したロリコン。

もはや病気。



ミライ伯爵

フルーレからみて祖父や曽祖父の代が問題だったが今は大丈夫。

貴族の使命を理解しながらも、最後まで娘の意見を尊重する。貴族にしては良き父親であった。



トライン侯爵

無能な長男を処分できてラッキー。

他の五大侯爵家がやらかした。ラッキー。

うちのは名誉回復しないが、まぁ事情は誰もが知る所。

美女で有名なミライ・フルーレが長男に嫁いだ。ラッキー。

リンドバーグの運の良さはこいつ譲り。


マギステア皇帝

特命騎士団の使い方で評判を地に落としてしまった、どちらかと言えば名君。

裏設定でこの特命騎士団で落とした格や評判がマギステア皇国崩壊に繋がる。


特命騎士団

種付けオジサンのみで構成された騎士団。

もはや薄い本的に最強と言って過言では無い。

皇国の荒廃も3割こいつらのせい。

でもピンクにはこいつらでないと勝てなかった。



リメイズ島、リメイズ大陸、リメイズ合衆国、リメイズ家

リメイズ島はのちにリメイズ大陸に名称を変更する。

先住民は居らず、リメイズ家が主導で41組の家族が開梱していった。後に世界最大最強国家リメイズ合衆国になる。その際はリメイズ家はなんの権限も持たない象徴に。

つまり、アメリカに国の象徴、天皇がいる感じ。

マジで最強でヤバイ。ボクの考えた最強国家!


リメイズ・リンドバーグ

旧トライン・リンドバーグ。フルーレの婚約者。

凄まじいまでの凡人。特徴が無いのが特徴とすら言えない凡愚。

だが、後に歴史的にみれば、人類史最高の美女と呼ばれるフルーレと結婚、死ぬまで仲良し。子供を22人つくる。フルーレを魔導射影機で撮り保存した。世界最大国家の始祖。

つまり、ゴキブリを食うだけで歴史的にみれば圧倒的な勝ち組になった豪運!

人類史最高の豪運は彼の事である。

リメイズ合衆国の度胸試しはゴキブリ食。理由は勿論この男。


リメイズ・フルーレ

旧ミライ・フルーレ、リンドバーグの婚約者。

軽口憎まれ口を叩きながらも、なんやかんやでリンドバーグに一途であった女性。

リメイズ大陸では他の移住者の奥様達と変わりなく家事育児等を行う。

付き合いの長さで情が深くなり、情が深ければ深い程、その相手の無茶振りを受け入れてしまえるタイプ。

裏設定でヌード撮影もリンドバーグに強請られ、なんやかんやで許してしまい、後に国宝として受け継がれてしまった。

女性団体の抗議もあるが、フルーレの遺言で守られており、今だに成人に一般公開されている。リメイズ合衆国の成人男子は100%、一度は彼女の妄想で抜くと言われる。

子供を22人産み、その子供から孫が100以上、ひ孫が500超え。リメイズ合衆国の人口の7割が何らかの形で彼女の血を受け継いでいると言われる。

故にリメイズ合衆国は美女が多い国と言われる程。


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[一言] 人型ゴミの皇太子を封殺したんがピンク唯一の功績
[一言] 特名騎士団にお目つき役ぐらいつければよかったのに… それかリンドバーグに殺らせるとか方法は色々あったはずなのになぁ…
[一言] Gは市街地に居るヤツはダメでも、山中等に居るヤツなら食えるそうな…食べてるもの的に。生理的にダメというのが一番難点なんですが。 それはそれとして、種付け親父だけで構成された騎士団とかのイン…
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