わらべみち 5話
わらべみち 5話
突然後ろから声がして、コノハはビクッと背筋を伸ばして、驚きながら振り向いた。玄関の葦で編んだのれんが開け放たれ、そこに月の光を背に少女が立っていた。
「ミサキ...!」
コノハは息を飲んだ。ミサキは驚いた顔をしていた。
「あんた、そんな荷物まとめてどうしたの?」
コノハは突然の状況に頭が混乱して、答えることができなかった。
「いや、これは....
そ、それより、何でお前がこんな所にいるんだよ」
コノハは慌てながらも話をそらすのと、ミサキへの疑問も兼ねて質問した。
「何でって、私が胡桃まんじゅう食べに行って、コノハにも食べさせてあげようと思って呼びに戻ったのよ。そしたら元の場所にあんたがいなくて、辺りを探したら、会場の出口からあんたが出ていく姿が見えたから、気になってついて来たのよ」
コノハは内心しまったと思った。ミサキと同様に自分が会場から出ていくのを見ていた者がいるかもしれない。こっそりと早足で脱出したが、目撃者がいてもおかしくない。そうなれば、いずれ父や母の耳に入って家にやって来るかもしれない。
コノハの心が不安と焦りが広がっているとは知らず、ミサキはコノハを訝しげに見ていた。
「ねえ、あんた本当にどうしたの...」
と、言って、何か納得して、頷いた。
「わかった、旅に出ようとしたんでしょ。
この祭に乗じて誰にも気づかれないように」
コノハはミサキに核心をつかれ、はっと弾かれて意識を取り戻し、ミサキに言った。
「ミサキ、戻るんだ。それと誰にもこの事を言うなよ。絶対だぞ」
ミサキは一瞬きょとんとして、しかし、次の瞬間には顔に笑みを浮かべた。
「ねえ、私も旅に連れていってよ」
「はぁ!?」
コノハは目が飛び出るほど驚いた。ミサキは少し顔をしかめながら、
「声大きいよ、皆にばれちゃうよ。それに何よ、はぁ!?、て。別についていってもいいでしょ?」
コノハは慌てながらも言った。
「な、何言ってんだよお前、連れて行けるわけないだろ、旅は危険だし、それにこれは俺一人で行くて決めたんだ。それにお前がいなくなったら、村の皆が...ああ、そうだ、お前の父さんや母さん家族皆が心配するんだぞ」
ミサキは手を合わせて、
「あー、それなら大丈夫、私の親は私に、自分の生きたいように生きろ、ていつも言ってくれるし。それに私もいつか旅したいと思ってたしね」
とはしゃぎながら言った。
「ばか!だからって連れて行けるかよ。旅は危険だし、遊びに半分の気持ちなんかで行ったら、命落とすかもしれないんだぞ。お前を連れていくわけにはいかない」
「大丈夫だって。自分のことは自分で面倒見て、コノハには迷惑かけないようにするから、だからお願い、私も連れていってよ」
「絶対駄目だ!ここに残れ!」
コノハは怒鳴るような言い方で言ってしまい、自分自身驚いてしまった。
ミサキはコノハに怒鳴られて唖然とした顔になっていた。コノハはミサキの表情に気づいて「ごめん、怒鳴って...」と言った。しかし、ミサキは突然不適な笑みを浮かび始めた。
「へぇー、そう、私を連れてってくれないんだ。わかった。それじゃあ私皆の所に戻って、コノハが旅に出ようとしてるよ、て大声で言ってきちゃおうかな」
コノハはギョッとしてミサキを見た。
「お、おい、ばかやめろ!そんな事するなよ。皆にバレたら旅に出れなくなるだろ」
「嫌だもんねー。コノハが私のこと旅に連れていってくれないなら、皆にバラしちゃうから」
「だから、お前は連れていけないって..」
「ふ~ん、それなら皆に言っちゃおうかな~」
コノハはカッとなって、ミサキを止めようと腕を掴もうとした。しかし、ミサキはひょいと軽くかわして、コノハはよろめいて転びそうになった。その勢いで二人は家の外に出た。コノハはミサキを睨んで向き直った。ミサキはコノハから数歩離れて立っていた。
「私を止めてみる?出来るかな?かけっこなら昔から私得意だけど、やってみる?」
コノハはぐっと息を飲んだ。ミサキは昔から足が速かった。いつもかけっこをしていたが、コノハは一度もミサキに勝ったことがなかった。ミサキがこのまま広場に走って向かったら、追い付くのは難しい。
コノハは内心悔しかったが、皆に言われてしまうのは困ると思い、ため息をついた。
「あー、もうわかった、連れてくよ。だから頼むから、誰にも言うなよ」
ミサキはパッと明るい表情になって、
「ほんと?やったー!私も一度旅してみたいなて思ってたのよね。でも、一人じゃ心細かったし。コノハと一緒なら楽しくなりそう」
ウキウキして言った。コノハは頭を抱えた。ミサキと一緒に行くとはいえ、この先大丈夫だろうかと、とても不安になってきた。ミサキには旅の厳しさがわかるとも思えないし、危険な状況になったとき対処できるか心配だ。
ミサキは手を叩いた。
「そうだ。私も置き手紙書いとこう。何も無しでいなくなったら、皆心配しちゃうしね。ねえ、手紙書いたんでしょ?筆と硯まだ置いてある?」
ミサキはそう言って家に入って、部屋の隅の机の上に筆と硯を見つけて、別の紙に書き始めた。コノハも家に入って、
「手短に書いてくれよ。もうそろそろ出発しないと皆に気づかれるから、急いでくれよ」
「わかってるって。.....よーし、出来た!これでよし」
ミサキは手紙を、コノハの手紙の横に置いた。コノハは重ねて置いてあった麻袋から一つ袋をとって、自分の袋からいくつか物を移して、他にも木棚から物を取り出して入れた。その袋をミサキに差し出して。
「これを持ってくれ」
ミサキは袋を受け取り、
「何が入ってるの?」と尋ねた。
「その中には食料が入ってる。鹿肉の燻製や乾燥させた炒り豆とか、長期間保存の効く食料だから、持っていった方がいいからね。それと、薬草もいくつか入れといた。旅先で怖いのは怪我や病気になったときだから、薬草での応急処置が必要になるから、しっかり持っとくんだ」
ミサキは袋を背負って、
「任せてよ。一緒に旅に行くなら荷物ぐらい持たせてもらった方がいいし、それに病気のことなら、私も少しは詳しいよ」
と言った。
コノハは袋を背負い直して、
「よし、行こう」と言って、家から出た。
ミサキもそのあとからついてきた。コノハは軒の横を人がいないか辺りを確認しながら、慎重に歩いた。幸い、村には誰も戻っていないようだった。そのまま歩行の速度をあげて、足早に村の西にある森へと続く入り口へ向かった。入り口につくと、森の暗闇がコノハとミサキを覆った。月の光は木々に遮られて、道の先は暗くなっていた。動物たちの鳴き声が聞こえてくる。
コノハは振り返った。月に照らし出されて、白く光る村が目に入った。遠くからかすかに祭り囃子の音が聞こえてくる。旅に出るのは自分の意志だが、いざ旅立つ瞬間になると、哀愁が胸を満たした。しばしこの村とはお別れだ。
「コノハ」
ミサキに呼ばれ、コノハは向き直った。ミサキの顔にはコノハの心情を察したような寂しそうな顔であったが、目には強い光が宿っていた。
「行こう」
静かに、そして強くミサキは言った。
「ああ、行こう」
コノハは応えて、再び二人は歩き始め、暗闇の森の中へ入っていった。夜空に散らばった星と月は、静かに輝いていた。
第一章 完




