主人公のクラスにいる貴族の話、または壊れた復讐者の話
「は~い。成績表を返すよ~」
期末の成績表を返され、喧騒に包まれる教室。たった一枚の紙切れを見つめ、あるものは嬉しそうに、あるものは苦々しい顔をしながら、また、あるものは笑いながら周囲の学友たちと自らの勉学の成果を見せ合っている。
「は~い、今回もBクラスへの降格は0、Bクラスからの昇格も0。みんな優秀で結構結構。じゃあ解散な~?おらぁめんどくさいから揉め事は起こさないでくれよ~」
賑やかな教室内を気怠そうに見渡した後、ヨレヨレのローブに身を包み、全身で怠惰を表現したような中年男性は扉を閉める。多くの生徒はそんな担任教師のことなど気にも留めずに自由に話をしている。
「なんでですの!」
そんな中、一人の女性との叫び声が教室に響き渡る。生徒たちは何事かと声の出所に目を向けるが、その正体を見るなり、目をそらした。
「な!ん!で!またあなたが私より上位なのですか!?」
食って掛かっているのは、一人の女生徒だ。奇麗に纏められ、螺旋を描いた金髪は振り乱され、ビスクドールの様に整った顔に不釣り合いなほど憤怒に彩られた碧眼を一人の男子生徒に向けている。
「って言われてもなぁ?俺のほうが成績が良かったからだろ」
対して食って掛かられている男子生徒は面倒そうに黒に近い茶髪を手ですく。それなりに整っているものの、目の前の怒れる少女に比べれば見劣りのする顔には、いやそうな顔が浮かんでいる。
「ど!う!せ!あなたは今回もテストを半分寝ながら適当にやったんでしょう!なのにどうして私より上の順位なのですか!!!!!」
衝動のままに机をたたきつけるが、少女の怒りを収まらない。心なしか、少年の机の周りからは人がいなくなり、彼ら3人を中心に過疎化が進んでいる。
「なんでって、わかっているだろう?なぁ、“貴族様”?」
そう言って、少年は少女の隣に控えている少年に目を向ける。青みがかった白髪に下の顔は中世的で、そこに天使のような微笑みを浮かべている。
「ええ、もちろんわかっていますよ、“平民ジャック”。我がフェイシェル王立魔術学園の試験は筆記と魔術の実技試験。筆記は100点満点なのに対して、魔術実技には満点以上の加点が加わる。あなたの魔術技能は学園随一であるから、加点量も学園随一、結果Aクラス上位という平民だということが信じられない好成績を残しているというわけです」
「流石はAクラス主席のレインバーツ家の子息様」
ニコニコとジャックと呼ばれた少年の成績について解説するレインバーツ。それに気の抜けた拍手を送りながら、少年が言葉を続ける。
「加えて言うならば、さっきから食って掛かっている王女様の筆記が俺が寝ながら解いたモノとどっこいどっこいだからだ」
魔術に関しては加点が行われるが、何も青天井に点数が上がっていくわけではない。故にジャックの成績はクラスで上のほうではあっても、目の前の首席少年ほどいいわけではない。
つまりは、そう言うことである。
「いけませんよジャック君。いくら我が国の姫様、マリアンヌ様のおつむが王族にしては残念極まりないとしても、聞く人が聞けば国家反逆罪だなんて言われますよ」
「いや、あんたほど辛辣じゃないよ」
「ふ!ざ!け!る!んじゃありませんわ~!」
だんだんレインバーツの微笑みが悪魔の笑みに見えてきたジャックだったが、そんな彼の視界を遮ったのは、フェイシェル王国王女の顔だった。
普通だったら奇麗な少女に詰め寄られ、ドギマギするところかもしれないが、その顔は今にも噛みつかんとする狂犬そのもので、千年の恋も冷めかねないものだった。
「誰の頭が残念ですって!平民のくせに生意気な!!!」
「いや、俺じゃねぇって」
「怒りましたわ!決闘よ!わたくしの魔法でギタンギタンのけちょんけちょんにして差し上げますわ!」
「最初から怒ってたじゃん。わかったよ。いつ?」
「今すぐで!す!わ!」
そう言って、マリアンヌは肩を怒らせレインバーツと共に教室を後にした。ジャックもめんどくさそうについて行き、教室にはどこからともなく安堵のため息が零れ落ちた。
「相変わらず、王女様は平民にご執心だ」
そんな言葉が聞こえ、手元の詩集から顔を上げる。そこには目の前の茶番劇を呆れた顔で見送った友人の顔があった。
「そういうなカンカ。どこにでもある長閑な学び舎というのは、戦争が終わった事の成果も言うべき貴重なものだろう?」
翼が模られた銀細工の栞を挟み、詩集を懐にしまう。周囲は先ほどの喧騒を取り戻し、皆思い思いの話をしている。何人かは先ほど決まった決闘でも見に行くのか、談笑しながら教室を出て行った。
「で、君の成績はどうだったんだいオウルドア?」
「いつも通りさ。中の下。Aクラスにいるのが奇跡のような結果さ」
そう言って、朗らかに笑って見せる。全くもって、我が身のことながら、掛けてもらっている温情がなければ、唯の落第生だ。幼少の頃より英才教育を施された身でありながら、ジャックの様な自らの才覚のみでこの学園に入学した平民枠の生徒に顔向けできない。
いや、ジャックの出生を考えれば、我々貴族以上に特殊だったか。そんなことを考えていたからか、友人の呟きを聞き取ることはできなかった。
「…相変わらず、か。全く。戦争さえなければな」
「?」
「いや、何でもないさ。所でこれから暇か?シュバイン」
そう言って、友人はAクラスに配られている真紅のローブを羽織る。フェイシェル王国の国旗にも彩られている炎の色を基にしたその色彩は、今の私には血の色にしか見えなかった。
「何度目かはわからないが、フェイシェル王国王女対、国家の英雄の弟子の対決だ。後学のために見学としゃれ込もう」
「さあ、今日こそはぶち殺して差し上げますわ!」
そう言って、真紅のローブをはためかせ、偉そうに胸を張るマリアンヌ王女。実際に偉いのだが、魔法に対して耐性の高い特別仕様のローブが、彼女の背中を飾る装飾品に成り下がっているのが、なんとも物悲しい。
「つうか、勝てるのか?今まで何回決闘もどきをしていると思っているんだ?5戦中俺の5勝だぞ?」
対して、ジャックはAクラスのローブを羽織ってすらいない。身軽そうな運動着に身を包み、屈伸をしている。
「世の中には六度目の正直という言葉がありましてよ!何より今回の私は一味違いましてよ!」
聞いたこともない諺を叫びながら、マリアンヌ王女は懐に持っていた包みを開ける。包んでいた布を開いたそこには、豪華な宝飾をされた剣が姿を見せる。鞘の中心にはめ込まれたルビーが神々しい光を放ち、そこに強大な魔力を感じる。
「おいおい、なんじゃそりゃ」
流石にここまでの業物は想像していなかったのか、ジャックは目を丸くする。基本的に魔術の威力は練りこんだ魔力の量に比例する。マリアンヌの持つ剣にはめ込まれたルビーもそうだが、剣そのものの持つ魔力も尋常ではない。下手すれば、この修練場ごと観客全員が消し炭になってもおかしくはない。
「ほっほっほ!驚きましたか!これこそ我がフェイシェル家に伝わる紅の宝剣バルムンク!こっそり宝物庫から拝借した甲斐がありましたわ!!」
大声で実家の倉庫に盗みに入ったことを自供する王女様。何故だか隣に座っているお付きのレインバーツの顔を見ると、こめかみに青筋を浮かべ、とても見れたものではなかったので、視線を詩集に戻す。
「さあ、始めますわよ平民!『是は炎、地を紅で切り裂き、空を朱に染める侵略の大翼なり!父祖シグルド・リィ・フェイシェルの前に潰えし炎龍の陰よ!我が声を聴き、ここに形となれ!我は炎の竜騎なり(バルムンク・ドラクル)!』」
王女の詠唱が響いた後、剣にはめ込まれた宝玉から真紅の光が放たれた。光はマリアンヌ王女を中心に巨大な炎柱を巻き起こす。
炎を消えた後、そこには巨大な竜が宙を舞っていた。一本一本が大ぶりの剣にも匹敵する爪が宙を掻き、人間なんて一飲みにできそうな口からは炎がくすぶっている。そしてその背には鞘の消えた剥き出しの剣を構えたマリアンヌ王女が騎乗している
「ほっほっほ!これぞ王家に伝わる宝剣の力ですわ!宝物庫からバルムンクを持ち出して一週間!試験勉強もそこそこに詠唱の練習をした甲斐がありましたわ!では、覚悟!」
そう言って、マリアンヌは炎の竜を操りジャックに向けて突撃する。竜は自由自在に飛び回り、その爪で、牙でジャックの体を貫こうとする。
「まさか、学園の修練場我が国の秘儀を見ることができるとはねぇ?ていうか姫様の成績が悪かった原因ってあの剣じゃん。平民君は関係ないんじゃないの?ねえクリス君」
そういって、カンカは眉間のしわを必死で揉み解しているレインバーツに問いかける。彼はぶつぶつと「あのバカ姫が…」「宝物庫の警備はどうなっているんだ」「お兄様に叱られる」などと呟いている。
「しっかし流石は賢者の弟子。姫様の猪攻撃が面白いほど当たらないねぇ」
そう言われて修練場に目を向けると、ジャックは縦横無尽に火竜の攻撃を回避している。時々ブツブツという呟きに応じて、水や風、岩石などが彼の周りに生じて竜に向かって飛んでいく。
「あそこまで詠唱を省略できるなんてすごいよねぇ?どれだけ修練を積んでいるのかな」
魔術は自らの魔力を言葉に乗せて発生する。最初はマリアンヌ王女が詠唱したような長い呪文が必要だが、訓練することで必要なフレーズは減っていく。熟練の魔術師は一言二言で魔術を行使することができる。
ジャックの詠唱の詳細は聞き取れないが、平均で二言といったところか。火の魔術を使わないのは炎の竜に効果がないと見たからか、土、水、そして風の基本四属性の内、三属性の魔術を自由自在に駆使している。
そしてなにより
「ほんと、魔力が切れないねぇ?俺の何人分の魔力かな?」
ジャックの魔術の行使ペースは一向に落ちない。魔力は体内に存在する有限の力だ。あれだけ連続していれば息切れしそうなものだが、悠然と魔術を行使している。熟練の魔術師顔負けの詠唱破棄と、底なしにも思える魔術、そして、
「国宝っていうからどんなものかと思ったけど、飽きた。使い手がペーパードライバーだと単調だから見切りやすい。猫に小判、王女に国宝。ふふっ」
「笑ったわね!手も足も出てないくせに!!」
「いや、もういいよ。水、水、大玉」
そう呟くと、ジャックの前に大きな水球が出現する。人一人覆い隠せるほど大きいそれはジャックが突くとゴムボールの様に弾み、竜に向かって突進する。
「なめるんじゃないわよ!」
そう叫ぶとリリアンヌを乗せた竜は咆哮と共に炎を水球に向かって吐き出した。水球はみるみる小さくなって消滅し、残ったのは
「霧!?くそっ!あいつはどこに」
「それはただの目くらましさ。神の怒りは嵐を起こす。しかしそれは末子の癇癪。素戔嗚」
リリアンヌと火竜を包み込んでいた霧が突如渦を巻き始める。大量の水が暴風雨となり、竜を削り始める。竜を模っているが、その本質は炎そのもの。じりじりと温度が下がり、ついに姿を維持できなくなったのか、竜は消え赤い宝石の嵌った鞘が姿を現した。
「きゃああ!」
突如騎乗していた竜が消えてしまった為、リリアンヌは空に投げ出される。このままでは地面に叩きつけられると、衝撃を覚悟し身構える。が、思ったよりも柔らかい感触が体を包む。
「神話でイメージを強化してもこの程度か、まだまだ修行が足りないな。大丈夫か?お姫様」
リリアンヌを受け止めたのはジャックであった。彼女をお姫様抱っこし、気遣うように顔を仰ぎ見る。突如目の前にジャックの顔がアップとなったことで、リリアンヌの顔が朱に染まる。
「イヤァー!!!」
「なんで!?」
火竜の猛攻もかすりもしなかったジャックに加えた初の一撃は、彼の右頬に大きな紅葉を残した。
「いやぁ。楽しい見世物だったね!」
観戦客が興奮冷めやらぬままに言葉を交わす中、カンカも楽しげに笑っている。
「見世物、ですか」
一方でクリスはそんなカンカの物言いが気に食わなかったのか、眉を潜めて彼を仰ぎ見る。
「ふふ、王女様のお付きとしては、看過できない物言いだったかな?だが見てみなよ。王女様も平民君も傷一つない。まあ王女様は若干本気だったんだろうけれど、修練場で遊ぶには多少派手だっただけさ。派手なだけの魔術なんて、兵士を鼓舞するには良いものかもしれないが、実用性なんてない。戦場に出ればすぐに殺される」
まあ、王女様の安全は、兵士たちが死んでも守るだろうけどね。カンカはそう言って立ち上がる。修練場を見る目も先ほどとは打って変わって冷ややかだ。
「……そうか。君とシュバインは先の戦争で出兵したのでしたね。しかし、戦争は終りました。宣戦布告してきた皇国も消耗が激しく、戦争を仕掛けた当の皇族は殆ど戦死したと聞ききます。有事の際に剣をとるのが、貴族の務め。ですが、それはまだ先だと信じたいものです」
カンカの言葉に怒りが冷めたのか、そう呟きながら息を吐くクリス。彼は直接戦争で殺し合いはしていない。しかし貴族として何らかの形で関わらざる終えなかったはずだ。
特に二年前に終戦したあの戦いでは、隣国であるフェルミン皇国は王国の国力を削ぐための破壊工作を積極的に行っていた。その中で多くの人間が殺害され、その中には彼の知り合いもいただろう。
結局、戦争に勝ったとはいえ、王国の得たものは、失ったものには釣り合わなかった。
「ところでシュバイツ。拳を握るのを止めたほうがいい。血、出てるよ」
そう言われ、手元を見ると拳を置いているズボンに血がついていた。どうやら手を握りしめすぎたせいで、爪が手のひらに食い込んで出血したらしい。
「ああ、すまないな。ふふ」
そう言って、力を抜き、手を開く。四つの傷跡が奇麗に並んでいるのを見て、おかしくなり、つい笑ってしまった。
「大丈夫なのですか?」
クリスが心配そうにこちらを見つめてくる。痛みに気づかなかった程度の傷だ。化膿しなければ問題ないだろう。
「クリス君は心配性過ぎさ。それにしても、まだトラウマは克服できていなさそうだね。これくらいの魔法戦だったらいい気晴らしになると思ったんだが、悪いことをしたね」
そう言って、謝ってくる友人に逆に申し訳なくなる。先の戦争から、まともに魔術が使えなくなった。危険だということで実技試験も免除され、落第しない程度の点数を与えられている。
「魔術に対するトラウマですか。なるほど合点がいきました。オウルドア家の神童と呼ばれた男が、Aクラスとはいえ中程の成績なのはおかしいとは思っていましたが、戦争のトラウマですか」
「実技の点数がほとんどないのにAクラスにいるって逆にすごいよね」
なにやら訳知り顔で頷いているAクラス主席と友人。その視線を避けるためにポケットから詩集を取り出す。
「お!おもしろい方々の入場だね」
そんな端々の人間たちの会話など聞いていないように、歯車は動き出す。その果てに紡がれるのは平民の少年による華々しい英雄譚なのか。はたまた別の物語なのかは、誰にもわからない。
「クカカカカ!やってるなあ、若者たち」
そう言って、修練場に足を踏み入れたのは、ジャック達と同年代の少女たちを連れた壮年の男だった。上等な灰色のローブを身にまとったその男性は、楽し気に顎髭を撫でている。
「なんだ爺さんか」
「失礼を言うな平民!エルドリッチ学園長とお呼びなさい!!」
ジャックは何でもなさそうに、マリアンヌは先ほどの動揺から立ち直ったのか、決闘前の高飛車さを取り戻し、ジャックに噛みついている。
「いいじゃねぇか。育ての親をどう呼ぼうか、息子の勝手だろ?」
そう言ってヘラヘラ笑っているジャックに対して、壮年の魔術師は拳骨を振り下ろした。
「イテっ!何すんだよ!」
「相も変わらず、目上の人間に敬語は使えんかジャック。後、爺さんは止めろと言っているだろう?私はまだ340代だ」
「爺通り越して化け物だな。へいへい、すいませんでした。学園長先生に置かれましては、若いお嬢様とのお茶会では無かったのですか?」
そう言いながら、エルドリッチが連れてきた少女たちを見る。黒髪の少女がメイドと共に控えていた。マリアンヌはその少女のことを睨みつけているが、黒髪の少女はマリアンヌの視線に気づいていないかのように悠然と微笑んでいる。
「カカカ!妬むな妬むな。そんなんじゃあモテないぞ!というのは冗談でな。遠く皇国から留学に来ている客品だ。困っていることも多いだろうからな、定期的に話を聞いているだけだ。な、リリエスタ皇女」
そう言って、後ろの皇女に声をかけると、彼女は優雅に一礼した。そんな皇女の態度が気に食わなかったのか、マリアンヌは忌々し気に呟いた。
「は、客品?人質の間違いでしょ?敗戦国の王女様が、王国に対してさんざん悪逆の限りを尽くした皇族の人間が、のうのうと学園で勉学に励んでいるなんて、何の笑い話よ!何なら私自らご家族の元へ……!」
そう言って、一人ヒートアップしていたマリアンヌの口上は半ばで途切れた。修練場の地面から生えた刃が、彼女の首元に添えられていた。首元だけではなく、肩、膝も同様に刃によって動きが阻まれており、もし刃が動くのであれば、彼女は成す術もなく五体バラバラになってしまうだろう。
「いい機会だから、この場にいる全員に改めて伝えておく。諸君が学園の外で彼女のことをどう言おうと、まあ止めて欲しいが、私は何も言わない。だが、彼女はこの学園に客分として招いている。王家が何を言おうが、貴族共が何を言おうが、それは変わらん。彼女は人質でも奴隷でもない、この学園の一生徒だ。それを含めてマリアンヌ君」
その言葉の続きを口に出す愚行を行うかね?
そう言ってエルドリッチはマリアンヌにそう問いかける。その言葉はいつも通り優しげだが、その言葉に裏には、はっきりとした意志が感じられた。
言えば、殺す。と
「も、申し訳ございませんでした。エルドリッチ学園長、リリエスタ皇女」
マリアンヌは素直に謝罪の言葉を口にする。それと同時に彼女を拘束していた土の刃は修練場に戻っていった。
たとえ王族が国の最高権力者であろうと、彼は躊躇うことなくマリアンヌを殺すだろう。先の戦争で両国の争いを王国の勝利という形に収めたのは他ならない彼だ。敗戦国の扱いに口出しをするということは、彼を敵に回すということであり、その結果命を落としたとしても、誰も彼女を擁護しないだろう。
「あんたは、何も思わないのか?皇女様」
そんな一部始終を相変わらず微笑んだまま見つめているリリエスタに対して、ジャックは怪訝そうに問いかける。
「もちろん感動しております。世界で数人しかたどり着けなかった境地、無詠唱。一言も発することもなく、あれほどまでの魔術を行使するところを見たことがありません」
「いや、そうじゃなくてあんたがこんな扱いを受けていることがさ」
エルドリッチを尊敬の目で見つめるリリエスタにそう問いかけるが、彼女は不思議そうに見つめる。そして納得がいったようにジャックに告げた。
「そう言えば、賢者様はご子息を貴族として育てたわけではありませんでしたね。ジャック様、高貴な血というのはその時に流れるからこそ価値があるのです。我が一族の殆どは先の戦争で息絶えたため、私が死ねば皇族の直系は断絶する。私が生きている理由はそれだけです。そして、その時(死なねばならぬ時)が来れば、私は死ぬでしょう。貴族とはそういうものです」
そう言って、彼女は先ほど同様に悠然と微笑む。ジャックにとっては理解できない、すべてを諦め、受け入れた貴族がそこにいた。
「ところでジャック様、この後お時間はございますか?よろしければ私とも手合わせをお願い致します」
マリアンヌとジャックの決闘が終わり、エルドリッチ学園長の声明が観客の全員に告げられた後、見物客たちは全員修練場を後にした。シュバインも修練場を出ると、学園の裏庭の一角。奥まっており人の立ち寄らない区域へを足を運んび、一人読書に耽っていた。
「やあ、いらっしゃい。メイドさん」
読んでいた詩集に栞を挟み、ポケットにしまう。目の前には十数人の男達。そして、先ほどリリエスタのそばに控えていたメイドの少女の姿があった。
「初めまして、死神さん。私はアナスタシア。あなたを殺しに来ました」
少女は無表情にそう告げた。彼らの背後の男たちは全員顔をフードで隠しており、表情は見えない。しかし全員が殺気立っており、それぞれの手には武器が握られている。
「アナスタシア?ふむ、もしかしてだけども、君は皇族かな?」
「ええ、あなたが虐殺した皇族の生き残りです。といっても私の母はメイドの為、継承権はありませんし、正統な皇族はリリエスタ一人です」
少女の表情は変わらない。武装した男たちの先頭に立つその身には防具一つ身に着けていないが、瞳は陰りなくシュバインを見つめている。
「ふむ、では後ろに控えているのは傭兵かなにかかな?君か、私が皆殺しにしたあのパーティーの参加者の家族に雇われたのかな?」
「いいえ、この場にいるのはあなたと、あなたに家族を殺された人間のみです」
「そうか、それは後腐れがなくて助かる」
「? 状況が分かっているのですか?あなたが魔術を使えなくなっていることは調べがついています。あなたはここで私たちになぶり殺しにされるのですよ!」
十数人に囲まれているというのに怯えを見せないシュバインに声を荒げるアナスタシア。後ろの男達も今にも彼に切りかからんばかりに武器を構え、数名は弓に矢をつがえている。そんなことを気にしないかのように、シュバインはリリエスタに似た、すべてを諦めた人間が浮かべる微笑みをアナスタシアに向ける。
「なに、私はもう壊れてしまっているだけさ。所でアナスタシアさん。皇族の庶子は君だけかい?」
「何を、聞いているのですか?」
「いやね」
そう言って、シュバインは彼女に笑いかける。先ほどの微笑みには程遠い、憎悪を宿した、醜悪な笑みだった。
「庶子が他にもいるというのならば、殺しておかなければならないからね。何事も中途半端というのはいけないものだろう」
「っ!!!ヤレ!」
「だから、君も殺すよ」
少女の命令にいち早く反応したのは弓持ちだった。二人の弓持ちはすぐさま彼を射抜こうとつがえた矢から手を放す。次の瞬間、逆さまになった視界に映っていたのは、半ばで切断された弓、そして出鱈目な方向に飛んで行った自分の矢だった。
次の瞬間、彼らの視界は永遠に暗転した。
「何が!」
「っ奴が消えた!!」
彼らの後ろに控えていた男たちはパニックに陥った。一瞬で二人の首が切断されたと思ったら、シュバインの姿が消えたのだ。
そして、その一瞬はすべてだった。次に異変が起きたのは杖を構えていた魔術師だった。一瞬で杖を持った手を切り落とされ、次の瞬間には悲鳴を上げる暇もなく、残り三つの肢体が胴体から離れていった。
「ぎゃああ!!」
「がああ!!」
「腕!俺の腕が!!」
「畜生!!ナンデだ!魔術は使えないんじゃなかったのかよ!」
「アナスタシア様!!お助けを!」
残りの男たちも無残なものだった。仇敵であるシュバインの姿を見つけることができないままに、手を切られ、足を切られ、芋虫の様に地面にのたうち回っている。最初の弓持ち以降、誰一人即死することなく、しかしなにもできずに怨嗟の声を上げるだけだ。出血量からして誰一人助かることはないだろう。
ただ、即死させていないだけ、唯々死を待つだけの長い地獄が彼らを苦しめていた。
「な、なによ。これ」
「その様子だと。リリエスタ皇女に聞かなかったのかな?」
目の前の地獄絵図に狼狽しているアナスタシアの前に、忽然とシュバインは姿を現した。その身は血で汚れており、地面を這う男達の上に立ち、彼らの一人の頭を踏みつけている。
「私が使うのは無詠唱の風魔術。人の首なんて一瞬で切り落とせる。それを知っていれば、もう少しましな戦いになっていたでしょうに」
のたうち回る男たちの中でも、彼を睨む気概があった男の頭を踏みつけながらそう呟く。もはや男達には彼を睨むか、死を嘆くぐらいしかできることがなかった。
「そうじゃない、なんで!なんで魔法が使えるの。あの男はお前が魔術を使えないって言っていたのに」
「語弊がありますね。人を殺さないように(・・・・・・・・・)魔術を使うことができないだけです」
何でもなさそうに、踏みつけていた男の首を踏み折ると、シュバイツは一歩アナスタシアに近づく。アナスタシアとて、無手でシュバイツを殺しに来たわけではない。懐にしまっている短刀を取り出せば切りかかれる距離に彼はいる。しかし、目の前の男たちに起きた惨劇が、その中で微笑んでいる彼の歪さが彼女の動きを縛っていた。
「あの日以降、魔術を使えば、あの日を思い出してしまう。トラウマなのも本当です。憎くて、殺したくてたまらない。相手が誰かなんて関係ない。もう少しで授業中に教官を殺してしまうところでした」
今ももう限界なのですよ。とシュバインはアナスタシアの喉に手を添える。アナスタシアの体はピクリとも動かせない。動けば次の瞬間に殺される。目の前にある青い瞳の中に、彼ら同様に四肢を切断され、這いずり回る自分を幻視してしまった。
「さて、先ほどの質問の続きです。皇族の血を継いでいる庶子が他にいるかはご存知ですか?皇家から分かれた貴族筋はあのパーティーの時に皆殺しにしたのですが、流石に伏せられた子についてはわかりませんでしたからね、まさか、いまになって知ることができるとは、僥倖というものです」
「なんで」
「はい?」
どうにか、その一言を絞り出す。目の前の男は相も変わらず微笑を浮かべている。どうしても聞きたかったことがあった。彼を殺す前に聞くつもりであった。だが、今無事なのは自分だけ。もはや復讐はかなわず、自分は死ぬのであろう。
だが、だからこそ聞きたかったのだ。なにがこの男を狂わせたのか。
そしてなぜこの男は、あの優しい姉が壊してしまったのか。
「なんでそこまで皇族(私達)を恨むのですか?皇国が戦争を仕掛けたからですか?多くの人を殺したからですか?でもそれが、リリの誕生日に家族を皆殺しにされる理由になったのですか!」
リリエスタ皇女の誕生日パーティー。皇女の晴れの日に合わせて皇国中から集まっていた出席者一同をシュバインは皆殺しにした。生き残ったのはただ一人、パーティーの主賓。リリエスタ皇女だけだった。
「そこまでにしてくれないかな?」
そんな声が聞こえると同時にシュバインの姿が掻き消える。彼は少し離れた場所に姿を現し、シュバインとアナスタシアの間には、学園の最高責任者、エルドリッチ学園長が佇んでいた。
「いやいや、しばらく目を離した隙に、お痛が過ぎましたなアナスタシア殿。無事なのはあなただけですか」
彼の後ろに倒れている男たちに、すでに息をしている者はいなかった。流れ出した多くの血と、それに伴う濃厚な血の匂いのみが、彼らが生きていたことをエルドリッチに訴えかけていた。
「リリエスタ皇女の傷を癒すために、愚息と彼女をかかわらせていたのですが、まさか裏であなたが動くとは」
私の動きが裏目に出ましたか。そう言いながらエルドリッチの瞳はシュバインを捉え続けている。左腕に身に着けている小手が金属特有の光沢を放ちながらが、さながら盾のようにシュバインに向けられている。事実彼はいつでも魔術を使えるように身構えている。
「あの時と同じような形になってしまったね、シュバイン君。また引いてはくれないかな?」
「そうですね学園長殿。次は右腕を置いて行ってくれるというのならば考えてあげてもいいですが」
自分に突き付けられている鋼鉄製の義手を見ながらそう答える。
外から見れば微笑んでいるように見えるが、その実シュバインの脳内は憎悪と殺意で塗り固められていた。
あのパーティーの日、リリエスタ皇女を連れて消え去った怨敵。王国と皇国の戦争を終結に導き、彼から皇族を殺すチャンスを奪い去った宿敵。賢者の腕を切り落とした事実なぞ、彼にとっては慰めにもならない。
「過去の盟約でしたっけ?全くもってくだらない。友人の息子、孫なら兎も角、その孫の代の命まで守ろうとするとは、律儀なことです。その相手が腐り切っていようとお構いなしとは、ご子息のように孤児を育てたほうが健全というものです」
シュバイツから少しずつ敬語がはがれていく。そこにいるのはただ、この理不尽を呪う一人の青年だった。自らが育て、教えるべき人間を狂わしている。その事実に、エルドリッチは悲し気に顔を歪める。
「そう言わないでくれ、皇国を作ったアイヴォフも、王国を作ったフリードも等しくわが友だったのだ。といっても、アイヴォフの後継はリリエスタ皇女とアナスタシア殿のみになってしまったがな」
その言葉に、シュバイツは再び微笑みを浮かべる。傍から見れば、怒りを収めたようにも見えるだろう。
だが、事実は逆。彼の中の殺意を留めておくのは限界だった。
「そうですか。ではここで彼女を殺せば、皇族の血はあと一人で根絶やしにできるということですね」
その瞬間、シュバイツとエルドリッチの間に大地の壁が出現する。土は瞬時に石のように固まり、シュバイツが放った魔術は壁に切込みを入れるだけだった。大地の壁はそのままエルドリッチとアナスタシアを取り囲むように出現する。何かが削れるような音とともに壁に何条もの切創が刻まれるが、大地の壁は堅牢にシュバイツの風刃を防いでいる。
「っかあ!」
何かに気づき義手を頭上に掲げるエルドリッチ。突如頭上に姿を現したシュバイツに向けて、義手から火球が放たれる。シュバイツが上空で指を振ると指先から放たれた風の刃が火球と衝突し、拡散する。
そのまま炎に飛び込みながらアナスタシアの首を刈ろうと一撃を送るが、エルドリッチは風の刃を義手で防ぐと、アナスタシアを抱え離脱してしまう。
彼らを囲っていた土の壁はいつの間にか消滅しており、シュバインとエルドリッチ達の間には距離ができてしまう。
「やはり、正面からの戦いでは賢者を殺すことはできませんか、風より土が速く動くとは、いやはや世界最高の魔術師の名は伊達ではありませんね」
そんな軽口を言いながらも、エルドリッチに向けて、無数の不可視の斬撃が飛んでいるが、大地から延びる壁がそれを阻んでいる。
「……いやはや、その年で無詠唱。しかも完成された風の刃と移動術とは。あと数年あれば、私の正面から右腕を切り落とせるかもしれないな」
だが、まだ私のほうが上手だよ。
「……だからこそ。今度も逃げさせてもらうよ。君も頭を冷やしなさい」
「それを止めるすべは私にはありません。あなたと違って、わたしは瞬間移動などできないですからね。そうだ、アナスタシア殿。先ほどの問いに答えておきましょう。リリエスタ皇女があんな目に合う理由があったのか、でしたね」
あるに決まっているじゃないですか。
「私の家族、親族はあなた方皇族の差し向けた暗殺者に皆殺しされました。一族が集まった妹の誕生パーティーの場でね。父も、母も、幼かった妹も、出席していた私の婚約者も皆、殺されてしまった!」
残ったのは、学園から遅れて戻ってきた私一人だった。
「私は赦さない!愛する家族を奪った貴様ら皇国を!目的の為ならば幼子すら手にかけるような狂った血族など、この世界から根絶やしにしてくれる!!だからその男の邪魔さえ入らなければ、皇女もさっさと殺すはずだった!……一人残されるくらいならば、ともに死んだほうが幾分かましだ」
そう吐き捨てた言葉は、誰に向けたものだったのか。微笑みの仮面がはがされた後にいたのは、歪んだ復讐者の狂相だった。すべてを憎み、殺そうとする醜悪な男が、その場に立っていた。
「……復讐ならいつでも構わないよ、アナスタシア殿。君が殺しに来てくれれば、私は合法的に君を殺せる。もはや残りの皇族は二人だと分かった。次はその場で、君の首を切り落とす」
「それをさせると思うかい?」
エルドリッチとアナスタシアの姿が薄くなっていく。ここではない空間に移動するエルドリッチの空間魔術。発動されてしまえば、もはやシュバイツには何もできない。あの時もこれを使われたせいでリリエスタを殺し損ねた。
「いつかして見せるよ、エルドリッチ。その時は、腕だけじゃない。あなたの命を貰おう」
もはや、和解など望めない。皇族の血の断絶を望むシュバイツと、血の継承を望むエルドリッチ。どちらかの望みを通すには、どちらかが折れるしかない。
そして、両者は死んでも折れないだろう。つまりはどちらかを殺すしかない。
「……君の憎悪を我が息子たちが薄めてくれることを願うよ」
そう言って、エルドリッチとアナスタシアは完全に姿を消した。消える前に見たアナスタシアは泣いていたようにも見えたが、自分には関係のないことだ。美しい姉妹愛など見せられたところで、余計に憎悪と虚無感が募るのみだ。
残された死体に腰掛け息を吐く。懐を探れば、羽型の栞の挟まれた詩集が手に収まる。詩集を開きその中にあるいくつもの詩に目を通す。そうしていくうちに、沸騰していた頭の血が引いていき、多少は正気に戻っていく。
「やあ、やあこれはだいぶ派手にやったねシュバイツ」
「うっ」
「カンカか。お前のほうは何もなかったようだな」
そんな彼の元に現れたのは、カンカとクリスだった。カンカは何事もなさそうにシュバイツに話しかけ、クリスは目の前の死体を見て、気分が悪そうに目を背ける。
「その言葉使い。まだ頭が沸騰中かな?となると学園長殿にいいところを持っていかれたようだね?」
「ああ……だが朗報です。後、二人だそうですよ」
落ち着いてきたのか、敬語も戻ってきたシュバイツ。カンカは彼の言葉などどうでもよさそうに、彼の持っている詩集に目を向ける。
「そうかい。いい加減、その詩集は妹に返してあげてもいいんじゃないかな?」
「まだ、答えが出ていないんです。もう少し待ってください、義兄上様」
詩集を愛おしそうに撫でながら、そう呟くシュバイツ。一方でカンカは長い溜息を吐くと、彼に背を向ける。
「彼女は死んだんだシュバイツ。もう僕らは兄弟ではなく唯の友、もしくは共犯者といったところさ」
僕はあの日の復讐で手打ちでいいと思っているよ。だから君も前を向きな。
そう言い残してカンカは去っていった。
「それは、あなたの元婚約者のものですか」
残ったクリスは詩集から目を上げないシュバイツにそう問いかける。彼は悲し気な笑みを浮かべながら、クリスに目を向ける。
「元、はつけないでくれないかな。彼女から借りていてね、『自分の一番好きな詩を当ててくれ』と言われていました。あの日、生きていれば答え合わせをする筈だったんですよ」
いくら読んでも、何度見返しても、答えがわからない。
そう言って微笑んだシュバイツの顔が泣いているようにしか見えなかった。
「カンカの言葉を借りるようですが、前を向いてはいかがですか。私としても、そうしていただきたいのですが」
「君との婚約の件ですか?オウルドア家の復興をレインバーツ公爵家が支援するという話は断ったはずです。時が来れば、私は侯爵位を返上するとも伝えている筈です」
クリスは父である公爵の命令で男子としてふるまっていた。それはちょうど年の近かったマリアンヌに対する風よけとして、あたかも婚約者のような男が近くにいたほうが良いという考えからだった。婚約者ができればクリスの男装も終わるはずだった。だが、婚約者は結局決まらずに今に至っている。
「わかっているでしょう?風魔術の権威であり、由緒正しいオウルドア家をつぶすわけにはいかないのです。それにあなたの先の戦争での功績は、詳細こそ語られていませんが、戦で活躍した貴族を、放逐なんて出来る筈がないでしょう?それとも、私との結構は不満ですか?」
「そういうわけじゃないさ。だが、君にとって、私との婚約など何の利もない。壊れ果てた復讐者との結婚なんて、喜劇にもなりもしないだろう。私はもう、皇族(彼ら)を殺すことしか考えられない」
「それならば、私があなたを救いましょう」
背中に温かい感触が伝わってくる。クリスはシュバイツを後ろから抱擁し、彼の頭を愛おしそうに撫でる。彼らを囲むのが男たちの死体でなければ、きっと絵になるような光景だったろう。
「戦争は終わったのですシュバイン。あの戦争で失われたものは、あまりにも多かった。だが、だからこそ。君は幸せになるはべきだ。失った多くのものを抱えて、それよりも多くのものを得るべきなんだ」
だから、私は君を愛そう。そう言ってクリスはさらに強くシュバインを抱きしめる。悲しくても涙を流せない男が、こうしなければどこかに行ってしまいそうだった。
「私は、君の愛に答えられないかもしれない。私の中にはまだ彼女がいて、そして、私の心はあの日彼女達と共に死んでしまった」
「いつか、いつか君の中の彼女を超えて見せるよ。帰ってこいシュバイツ。君はまだ、壊れてなんかいないはずだ」
彼女たちのために泣ける君は、とても優しい、普通の男だよ。
シュバイツは何も言わずに、詩集を撫でた。少し湿ってしまった詩集の肌触りは、何故か少し暖かく感じた。
これは、賢者に育てられた少年の英雄譚
または、壊れてしまった貴族の復讐譚
もしくは、どこにでもある恋の話