寸説 《私は登場人物A》
「姫、私と結婚してください」
一人の騎士が跪く。そして手を伸ばして求婚する。
「はい、喜んで!」
騎士と姫は幸せに暮らしました。
「はい! カット! お疲れ様!」
監督が撮影の終了を告げる。
「いや~良かったよA子さん。最後の微笑み、思わず惚れそうになっちゃったよ」
「ありがとうございます」
姫役だったA子は嬉しそうに笑う。
「お疲れ様、A子ちゃん。一緒に演じられて楽しかったよ」
騎士役だったB男がA子を労う。
「私もです。あ、C美さん、お疲れ!」
「A子ちゃん、お疲れ~。この後の打ち上げ行くよね?」
「行きますよ。ずっとお姫様役でお酒控えてましたから」
「A子ちゃんは凄いね。役に成りきろうって努力してるもん」
「いや~そうですか?」
先輩であるC美に褒められて頬を染めるA子。
「皆、打ち上げの会場取ってあるから。場所は--」
監督の頭上からバサリと何かが落ちる。監督はそれを拾うと嘆息する。
「皆、打ち上げは中止。俺たちの神様が新しい話を考えたから演じるよ」
登場人物たちからはブーイングの嵐。
「仕方ないじゃない。神様が考えた物語の役を演じるのが僕たち登場人物なんだから」
「有休とかないんですか?」
「お盆もクリスマスも休めなかったんですよ!」
「その時期は神様は長期休暇だから話数が増えるんだよ。ほら台本配るから、皆自分の役になって」
渋々登場人物たちは台本を開く。
「今度は学園モノ。私は……虐めっ子役」
A子も皆と同じように台本を読み進めて役を固める。
「吊り目ぎみで髪は金髪に染めて、虐めっ子たちのリーダー。口が悪くて制服は着崩すっと」
読み終えた台本を閉じ、準備された姿見の前に立つ。
すると、みるみるうちにドレスとティアラで愛らしかった姫が制服姿の金髪ギャルになった。
「監督どうですか? 性格悪そうに見えます?」
「良いと思うよ。あとは台詞を頑張ってね。悪役と言えど、メインの役だから」
「はい! 頑張って虐めっ子を演じます!」
「汚ねえ! モップかよ!」
A子、改め『飯島 京香』は同じく虐めっ子役の子が絶賛虐め中のヒロインに向かって罵声を浴びせる。
ヒロインは長い黒髪をトイレの床に付けられてしゃくりあげて泣いている。
「ほら綺麗に掃除しろよ!」
もう一人の虐めっ子役が鉄バケツを引っくり返して冷たい水をヒロインに浴びせる。
制服もびしょ濡れになったヒロインが四つん這いになって立ち上がろうとする。
そこでA子の出番だ。
「ゴキブリは這いつくばってろ!」
A子はヒロインの横っ腹を蹴り上げる。
「トイレ掃除よろしく~!」
A子はヒロインに向かって手をヒラヒラと振り、虐めっ子たちを連れて女子トイレから去った。
「め、メンタルが」
自分の番が終わったA子は舞台裏で机に突っ伏した。
「良かったですよ、A子さん」
「はい、バッチリ虐めっ子でした」
一緒に虐めっ子役を演じていた二人がA子を讃える。
「ありがとう、二人とも。でも、わざと悪い役を演じるのも難しいんだね」
「A子さんはヒロイン役が多かったですからね」
「そういえば今回のヒロイン役は新人らしいですけど、務まるでしょうか?」
「確かに。A子さんがやった方が私は良いと思うけどな~」
「そんなことないよ。新人ちゃんだって頑張ってたから。それより私は演技とはいえ水かけちゃったし、お腹蹴っちゃったから新人ちゃんが悲しんでないか心配だよ」
そうだ! とA子は勢いよく立ち上がる。
「今日の仕事が終わったら新人ちゃんをご飯に誘おう! 一緒にやっていくんだから仲良くなりたいし」
だが、A子はそこで、ふと考えた。
虐めっ子役の自分がヒロインの新人ちゃんと仲良くして良いのか、と。
A子は役作りに人一倍の努力をしてきた。その力で今までも主役を演じて高評価を得てきた。ならば今回も、と思ってしまうのはA子が真面目だからだった。
「A子たち、そろそろ出番!」
「はーい!」
先輩に呼ばれてA子たちは舞台に戻った。
その後もA子は虐めっ子役を演じ続けた。彼女の演技力は素晴らしく神様にも好評で第二のヒロインと呼ばれるほどだった。
だが、ある日のこと。台本におかしなことがかかれていた。
「『これは他の登場人物には秘密である。台本の指示通りに演じてほしい。これは登場人物たちのアドリブ対応力を鍛えるためである』。なんだろう、これ?」
こんなこと初めてだったのでA子は困惑した。ページをめくるとこんなことが書かれていた。
「『ヒロインの下駄箱の上履きに画鋲を入れずに飴を入れろ』……んんん?」
確かに次の演技ではそういうシーンがあるが、実際は画鋲など入れない。怪我をしてしまうので入っている風にするのだが。
「まあやるしかないか」
A子は下駄箱のシーンが始まる前にヒロインの下駄箱を開く。
「……嘘でしょ? 画鋲が本当に入ってる!?」
驚いたことに上履きに本物の画鋲が入っていた。しかも、ご丁寧に針が上向きになるようにテープで止められている。
「これじゃ新人ちゃんが気付かずに怪我しちゃうよ! 飴に変えておかないと」
そこでふと、飴にする必要があるのかと思ったがA子は指示に従った。そしてこっそりと現場を後にする。
「本番、よーい、はい!」
監督の声で下駄箱のシーンが始まる。
「痛いッ!」
ヒロインが下駄箱から取り出した上履きを履いたとき顔を歪めた。
周りではそれが演技だと思っていた。だが、ヒロインの新人が蹲ってしまったのでいったん中止する。
「大丈夫かい、新人?」
「どこか痛いのか?」
登場人物たちが心配になって新人に駆け寄る。
「だ、大丈夫です! 上履きの中のものを踏んでしまっただけで」
「まさか、画鋲か!?」
「い、いえ。飴が何個か」
「……へ?」
ヒロインの新人の言葉に登場人物たちは呆ける。
「ええと、誰かのイタズラ?」
「可愛いイタズラだな」
「まあ怪我がなかったなら良し」
場の空気が緩くなり、登場人物たちはホッとする。
「これだー!」
監督が叫んだ。
「謎の誰かがヒロインへアプローチする。面白そうじゃないか! 早速、神様に提案してみよう」
これが切っ掛けだったのか、A子の台本にはヒロインを虐めるシーンと陰でヒロインを助ける謎の仕事が始まった。
トイレの個室に籠るヒロインの上から水をかける虐めをするので個室に事前に雨合羽と傘を準備しておく。
机の中にゴキブリとクモのおもちゃを入れていたがクマとウサギのマスコットキーホルダーにすり替える。
机に『キモイ』『死ね』と書かれていたので『かわいい』『生きて!』と励ます。
その他etc.
謎の人物によってヒロインの虐めが回避されていく。
「う~ん」
今日もA子は撮影の前に虐めの仕掛けを取り除いて、ほんわかする仕掛けに変える作業をしている。
「でもこれじゃ話変わっちゃうんじゃ? 私、虐めっ子のリーダー役なのに虐めてないんだけど。というか次回最終回なんだけど!?」
「あ、あの。A子先輩?」
「ふぇ!?」
背後からの声にA子の肩が跳ね上がる。
「し、新人ちゃん! こんな早くどうしたの?」
「ちょっと昨日忘れ物しちゃって。そういうA子先輩は?」
「いつも早く来て演技のチェックを……」
「そうなんですか!」
必死の言い訳だったが乗り切れそうだ。
「A子先輩、相談があるんですけど」
「え?」
「コーヒーです」
「ありがとう」
二人だけの控室。
A子はカップを受け取り啜――
「先輩ですよね。私を助けてくれてるのは」
「ぶふっ!?」
思いっきり噴き出した。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ゴホッゴホッ。大丈夫、だから」
A子は呼吸を整える。
「何のこと?」
「虐めのことです」
「あ、ああ。謎の誰かが……」
「A子先輩ですよね」
「…………いつから?」
「わりと最初のほうで」
「マジですか……」
「マジです」
他の登場人物には内緒なのにバレていたとは。
「私たちは役を演じなくちゃならないのに、どうして先輩は台本にないことをするんですか?」
「え、えーと。それが私の役だから?」
「どうして疑問形なんですか?」
「それで、相談って?」
これ以上、謎の台本について詮索されても困るので話題を変える。
「次回で私、役終わります」
「ん? そうだね。最終回だし」
「それもそうなんですけど」
新人は苦笑する。
「神様が私の演技は下手だから登場人物から削除するらしいです」
「は?」
新人の言葉にA子の思考が凍り付く。
「削除って。消えちゃうってこと?」
登場人物の削除。
役のない登場人物は不必要とされて存在を消される。
だが基本はモブキャラの役もあるので消されることはない。
だというのに神様はモブキャラの役すら与えずに新人を消すらしい。
「次回、私、ヒーローと結ばれるんですけど。ほら、ヒーローが実はヒロインの虐めを未然に陰から防いでいて、それで両思いになって。でも交通事故でヒロインは死んじゃってヒーローはそれで泣いて終わり。それが私の最後の役です」
「嫌なの?」
「嫌では、ないです。私の最初で最後の役なので最後まで演じ切りたいです。でも……」
新人は肩を震わせる。
「消えたく、ないです……! モブでも良いから登場人物として生きていたかった!」
涙と共に新人は言葉を吐露する。
「どうして私に?」
困惑するA子は訊いた。
「だって――」
新人は涙を拭う。
「先輩は私の憧れの登場人物だから。私のことを覚えていてほしかったんです」
とても辛いはずなのに笑った。
「ハイ、カット!」
一つの物語が終わった。
虐められていたヒロインと陰でヒロインを助けていたヒーロー。
結ばれて幸せになるはずだった二人だがヒロインの死亡で幕を閉じる。
「今までお世話になりました!」
役を終えた新人が監督と登場人物に最後の挨拶をする。
「初めての役でしたが皆様のおかげで演じきれました。本当にありがとうございました!」
登場人物たちはパチパチと手を叩く。
「残念なことだが新人は今回で登場人物を削除になりました」
監督が淡々という。
登場人物たちがざわつく。
「神様の決定だから。お疲れ様、新人」
「お世話になりました」
ぽろりと一滴の涙。
「ふっざっけんなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
誰かの叫び声。
登場人物たちが声のほうを見ると、そこに居たのは――
「何が削除だ! 私たちは生きてるんだ!」
A子だった。
「神様だからって私たちを良いように使うな! 私たちはおもちゃじゃないんだぞ!」
「A子さん、そんなに言ったら神様に消されちゃうよ!?」
登場人物はA子を落ち着かせようとする。
だがA子は止まらない。
「私たち登場人物が居なくちゃ、ろくに物語の設定もたてられないヘッポコのくせに! 物語を作るのは神様でも演じてるのは私たちなんだから大事にしろ! あと休みをよこせ! ボイコットするぞ!」
「俺もボイコットするぞ!」
今回ヒーロー役だったB男を声をあげる。
「私も!」
「俺も!」
「僕も!」
次々と登場人物たちが声を大にする。
それは登場人物たちのボイコットだった。
彼ら彼女らが居なければいくら神様が物語を紡ごうとも形になることはない。
「?」
監督の頭上からバサリと台本が落ちる。
監督はそれを拾うとページを捲った。
「みんな、神様からだ」
次の物語が幕を開ける。
前回と違うハッピーエンド予定の青春物語だ。
A子は姿見の前に立ち、金髪ギャルから清楚な黒髪ロングに変身する。
「結局演じるのか」
ボイコットは失敗した。
神様に逆らおうとも登場人物たちは従うしかなかった。
「A子先輩!」
ショートで幼い顔立ちの少女が駆け寄ってくる。
「台本読んで、こんな感じの女の子だと思ったんですけど。どうですか?」
ブレザー姿の少女は花のように微笑む。
「似合ってるよ、新人ちゃん」
彼女は今日も登場人物Aだ。