第八話『レベルとステータス。そして才能』
さらに数日が経過した。
あれからも毎日戦闘訓練は続いている。
基本的に午前中は実施訓練、午後は座学でこの世界についての知識を学んでいっている感じだ。
しかし……やはりコミュ障にとって異世界は生き辛い場所だった。
俺は甘く考えていたが、右も左も分からない異世界に来たからこそコミュニケーションは必要だった。それなのにそのコミュニケーションがまともに取れないのだ。
どれだけ丁寧に対応してもロクに返事すら返さず挙動不審に口籠る気持ちの悪い少年。しかもそいつは一緒に転移されてきた他の者たちに比べあからさまにステータスが低い。
王城にいる者たちが俺にどんな感情を向けるか推して知るべしだろう。今ではまともに相手をしてくれる人はほとんどいなかった。
魔王討伐のために一致団結が義務付けられた状態では自分の部屋に引きこもることも許されない。
俺はそんな息苦しく辛い毎日を送っていた。
そんな中、ただ一人だけ俺をまともに扱ってくれる人がいた。
聖騎士マリーだ。
何故か知らないが彼女は俺のことを気に入ったようで、困っている俺に対し色々と世話を焼いてくれた。
厳しいイメージのある彼女だが、俺には優しい一面を覗かせてくれる。
もし彼女がいなかったら俺は早々に心が折れて王城を脱走していたかもしれない。いや、間違いなく脱走していただろうなぁ……。
と、まあ、それくらい世話になっているということだ。
もし姉がいたらこんな感じなのだろうか? 俺にとってマリーさんとはそう思わせてくれる人だった。
俺は十年前の『厄災』で両親を失っている。
そんな俺にマリーさんは久しく感じていなかった温かな感情を懐かせてくれた。
だからもう少しこの城で頑張ってみようと思っている。
そのようなわけで、俺は出来得る限り貪欲に色んなものを吸収しようと必死になっていた。
座学ではこの異世界を生き抜く上で必要なことを多く習った。
まずは強くなる方法……すなわち『レベルアップ』について。
この世界の空気には『マナ』と呼ばれる魔力の源が含まれており、そのマナを体内に取り込むことによってレベルアップは成されるらしい。
と言ってもただ空気を吸えばいいというわけではない。
例えばこの世界で筋トレすると自然とその筋トレした部分に取り込んだマナが定着するようで、そういったマナを取り込んだ修練を繰り返すことでレベルアップに至るのだそうだ。
魔法使いも同じ。魔法の練習をすることで自然と体内の魔法回路に取り込んだマナが定着しレベルアップするらしい。
しかしこれはあくまで『訓練』や『修行』といったものに限った場合の話だ。
実はもっと簡単にレベルアップする方法がある。
それはモンスターを倒すことだ。
この世界のモンスターは『負のマナ』の集合体らしく、その負のマナの集合体であるモンスターを倒すことで効率よくマナを体内に取り込むことが出来るらしい。
『負のマナ』なんてマイナスっぽいイメージのあるものを体内に取り込んでも大丈夫なのかという声がクラスメイトの中から上がったが、名称が『負のマナ』というだけで体内に取り込む分には普通のマナを取り込むのと変わらないということだった。
だったら訓練なんてせずにモンスターだけ倒していればいいかというとまた話は違ってくる。
モンスターは極めて危険な存在というのもあるが、それ以上に『スキルレベル』を高めるにはどうしても『修練』が必要になるのだ。
スキルレベルは普通のレベルアップでは上がらない。例えば俺が持っている『剣レベル』はあくまで俺の剣の腕前が上達した時にスキルレベルが上昇するらしい。
ここで一つ重要なことを言うが、ステータスはあくまで自分の力を数値化したものに過ぎないということだった。
『ステータスが高いから自分が強い』のではなく、『自分が強いからステータスが高い』のである。意外とこれを忘れ努力を怠る者が多いとマリーさんは嘆いていた。
しかし、だからこそ俺にだって強くなるチャンスはあるはずだった。
努力すればきっと俺でも強くなれると思う。
『成長率』だって変動するとあの時、女王は言っていた。
ただその後、この成長率というのは滅多なことでは変化しないとも説明された。
『成長率』は世間一般では一種の才能のようなものと認識されているらしく、才能のある者が強くなり、才能のない者はレベルが上がっても弱いままなのだと解釈されているそうだ。
しかしそれはあくまで世間一般の考え方であり、学者たちの間では未だこの成長率についてのはっきりとした答えは出ていないらしい。
ここで一つ言わせてもらうと、俺はあまり『才能』という言葉が好きじゃなかった。
『才能』なんてありきたりな言葉で人の人生を左右されたのではたまったものではない。
要はどうやって強くなるか考えた者が強くなり、それを怠った者が弱くなる。どうやったら頭が良くなるかを考えた者は頭が良くなり、そんなことも考えず『勉強』という言葉に捕われてペンだけを動かしている者はさして頭が良くなれない。俺はそのように考えている。
もし『才能』なんて言葉があるなら、それこそが本当の意味での『才能』だと思う。
だからステータスの『成長率』もその辺の考え方で変わってくるのではないかと期待している。
でも、だったらそういう考え方を持っている俺は現時点でもっと成長率が高くてもいいはずなのだ……。
少なくても、他のクラスメイトたちと比べて俺が最も低い成長率だというのがどうもしっくりこない。
他のステータスにしてもそうだ。どうしてあんなに低いのだろうか……?
……まあいいか。調べていけばその内に原因が分かるだろうし、原因が分かれば対処すればいいだけのことだ。うじうじ悩んでいてもしょうがないし今は努力あるのみだろう。
そう思って気合を入れ直した時だった。
マリーさんが満面の笑みで俺の前に現われたのである。
そしてこう言った。
「リクくん、喜べ! 竜との契約の仕方が分かったぞ!」