第八十二話『千歳の処女。二人』
「どういうことなのよ! そこのボウヤ、君はあっちの赤い髪の子と竜契約を結んでいるはずでしょう!? それなのにどうして竜王とも契約出来るのよ!」
ズボンを穿き終った俺に、激昂したリエルが叫んできた。
うん、ごめんね? 俺も重要な場面だって気付いている。でもコミュ障だから答えられないの……。
「そう、無視ってわけ……!」
ギリッと歯ぎしりするリエル。
そんなに睨まれても答えられないものは答えられない。
またここに一つ、悲しい誤解が生まれてしまった……。
「君は一体何者なの? 二匹の竜と契約した上に、まさかあの竜王と契約するなんて……」
もちろんだんまりのままの俺。
「そう……これにも無視ってわけね」
はい。これも誤解なんです。
……何だか懐かしいな。日本にいた頃はこんな誤解を受けるのは日常茶飯事だったからなぁ……。
俺が懐かしくもほろ苦い(苦いだけだったかもしれないけど)あの日々を思い出していると、しかしリエルは何故か笑い出した。
とても楽しそうに、心の底から笑っているような感じだった。
「あはははは! 君、面白いなぁ! 上級魔族であるこのわたしと面と向かって何も言わずに平然とした顔をするなんて、ここ千年で君が初めてだよ!」
……マジかよ?
まさか千年も生きた女性から処女を奪ってしまうなんて、俺は何て罪深い男なんだ……。
とか思っていたら、竜王に変身したクルーエルから呆れた声が聞こえてくる。
『今ならお主の考えていることが手に取るように分かるが、お主いつもこんなくだらないことを考えていたのか……?』
いつものクルーエルならとにかく、こんな立派な神竜状態で言われたら何だかヘコむな……。
『いつものクルーエルってなんじゃ!? こっちの方がヘコむわ!』
むしろ俺の中のクルーエルの評価が高いと思われていたことの方が驚きなんだが……。
『なんじゃとこら!? わしは竜王じゃぞ!? 敬うのが当たり前じゃろが!』
そのネームバリューを上書きするくらいお前の日常生活が終わってるんだよ。
『ネーム……なんじゃと? 難しいことを言うな! あ、違うか。考えるな!』
竜王状態になっても残念竜王はあまり変わらないんだな……。
『なんじゃとぉ!? リク、貴様! 表に出い!』
表ってどこだよ? ダンジョンの外のことか? むしろそこまでお前が連れてってくれよ。とか思っていたら、またクルーエルが何か言い返してきそうなところでリエルが割りこんでくる。
「……ねえ、竜王。あなたさっきから一人で何を叫んでるの……?」
リエルは残念なモノを見る目でクルーエルを見ていた。
……ああ、なるほど。俺は心の中で呟いているだけだから、リエルからはクルーエルが一人で叫んでいるようにしか見えないのか。
『見ろ、リク! お主のせいでわしが可哀想な目で見られているではないか!? 竜王のこのわしが! しかもあの上級魔族から……!』
すまん。半分は俺のせいだと思う。でももう半分は自業自得な。
『ようやくお主と繋がれた感動的な場面じゃというのに……台無しじゃわ!』
クルーエルはぶつぶつ呟いた後、不貞腐れたように黙ってしまった。
何だか申し訳ないことをしたかな……。
「ふふふっ、本当にキミは面白いわね。まさかあの竜王にそんな顔をさせるなんて……千年前じゃ考えられなかったことだわ」
リエルがまた楽しそうにくすくす笑っている。
まるで戦場であることを忘れてしまうような和やかな雰囲気が漂っていた。
「ねえ、キミ。わたしとエッチなことしてみない?」
突然そんなことを言われて俺は唖然とした。
は? この女、今なんて言った?
エッチなことしてみない?
なんでいきなりそうなるの?
「実はわたし、人間のオスとメスがやるエッチなことに興味深々なんだよねえ。初めてはムムエルたんって心に決めてたんだけど、それ撤回する。初めてはキミがいい」
………。
何言ってんのこの魔族?
「わたしの処女、もらってみない? 千年以上大事にとっといたやつだよ」
重っ!? そんな重い処女いらんわ!
そんなことを思っていたら、
『……マジか』
何だかクルーエルからしょぼくれた声が聞こえてきた。
え? なんであなたがショックを受けてるの?
……まさか、だよね?
『………』
クルーエルは何も答えなかった。
………。
……誰かこのカオスな状況を何とかしてくれよ。
さっきまでかなり際どい命のやり取りをしていたはずだよね?
「よく見たらキミ結構可愛い顔しているしさぁ、出来るなら殺す前にまぐわってみたいな~」
まだ言うか。ていうか殺す前にまぐわいたいってサイコかよこいつ?
殺すの確定で性行為を迫って来るとかどういう神経してんの?
『殺させもせんし、まぐわらせもせんわ! この変態女が!』
「え~。せっかく好きな男の子が出来たんだから、味見くらいさせてよ~。一回やったら返すから。ね?」
『嘘つけ! お主のことじゃ! 一回と言わず三回四回とやった挙げ句に飽きた頃に遺体にして返すつもりじゃろうが!』
「てへっ、ばれたか」
………。
なんつー会話をしてやがるんだこの千歳女たちは……。
『それに貴様に渡すくらいならわしの処女を貰ってもらうわい!』
あ、処女とか言っちゃったよこの子。
ていうか何気に爆弾発言過ぎでしょ?
受け止めきれないよ。
『ええいっ、男なら四の五の言わず受け止めんかい!』
だったらせめてもっとマシなシチュエーションで言ってくれ。
……というか、もうこの会話止めよう?
千歳女同士のガールズトークに挟まれて俺は居た堪れないよ……。もうどこからどこまで本気なのかも分からないし……。
『くそうっ! どさくさに紛れて言ってみたのに何も伝わっていないではないか! 性悪な魔族女のせいで全部台無しじゃ!』
何をだよ? ていうか相変わらず責任転嫁が凄いな。誰か助けて。
「なあに、それ~? わたしからしてもあんたはダーリンとの間を邪魔するお邪魔虫なんですけど~」
いつの間にかダーリンにまで昇格しちゃったよ。
『いずれにせよ諦めよ。見ての通りこやつとわしは深いキズナで結ばれておるからのう』
どこか得意げなクルーエルは俺を背に乗せていることを見せびらかすように体を揺らした。
するとリエルの表情から笑顔が消える。
「……むかつくんですけど。わたしのダーリンを……」
ちょっと待って? 俺いつの間にあんたの物になったの? なんかどんどんリエルの中で俺との距離感が縮まっていて怖いんだが……。あの人の顔、マジギレしてるし……。
取りあえず胃が痛い。後でローシェに胃薬もらおう。
「だったら竜王、あんたを殺して無理矢理奪い取るだけよ」
『ふんっ、やれるものならやってみい!』
互いに戦闘態勢を取る二人。
ようやくここまで来たか……。
どっと疲れながらも、俺も戦闘態勢を取る。
右手で槍を、左手でクルーエルの体を掴む。
青銅の剣は先程リエルの攻撃を食らった時に一緒に吹き飛んでしまったので、槍だけで戦わなければならないが、どの道、青銅の剣くらいではあの上級魔族に通じる気はしない。
それにクルーエルに乗った状態では恐らく槍の方が戦いやすいだろうし、左腕には先程手に入れたメデューサの盾もある。
十分に戦えるだろう。
――行こう、クルーエル。
『ああ。存分にやろうご主人様よ』
俺が槍を構えクルーエルが翼をはばたかせると、リエルはニィッと笑った。
「来なさい! 全部壊して、全部奪ってあげる!」




