第七十七話『ローシェ無双』
クルーエルが地下20階ボスを瞬殺してから数日が経った頃。
俺たちは早くも地下30階ボスに挑もうとしていた。
だって20階層はどの階も今一つおいしい狩場がないんだもん……。
だったらもっと下に潜っちゃえばいいんじゃね?という結論に至るまでそう時間はかからなかった。
なにせこちらにはクルーエルというチート級の攻撃力を持つ竜王様がいらっしゃるので、ボスを倒せない心配は微塵もしていない。
さらにはローシェという化け物級のステータスを持つ飛竜様までいる。
俺は歩いて地下30階を通過するだけでいいというわけだ。
いや~、冷静に考えるとこのパーティヤバいな。
地下30階のボスはB級ハンター上位の面子がパーティを組んでようやく倒せる相手らしいのに、そんな実感まるでないよ。
まあ、あくまでクルーエルとローシェがいてこその現状なんだけどね……。
この二人と契約出来れば、俺一気に強くなれるんだけどなぁ……。
そのように考えたことはもはや一度や二度ではない。
以前クルーエルが契約の道は閉ざされたわけではないようなことを呟いていたが、本当に何とかならないだろうか?
出来ればそのことをクルーエル本人から聞きたいのだが、しかしこの件をルゥの口から伝えてもらうのは何だか忍びなくて聞けていない。
でもあの二人と契約出来れば、ルゥの力も底上げできるのだから、思い切ってルゥを通して伝えてもらおうか?
しかしそのように考えている内にいつの間にか地下30階ボスの扉の前まで辿り着いていた。
が、そこで妙なことに気付く。
あれ? ボスの扉が開いている?
「おや? おかしいですね。ボスが倒されない限りこの扉は閉まっているはずですが……。誰が他のパーティが倒したのでしょうか?」
ローシェが言う通り、ボスの扉が開いているということはボスが倒されている可能性が高い。
もしそうでなくても、以前のラザロスのように誰かがボスから逃げ出した可能性があるというわけだ。
だが地下30階のボスともなると討伐に向かうパーティの数はぐっと限られてくる上に、その場合は冒険者ギルドで何かしら動きが見られるとディジーさんは語っていた。
でもそんな話は何も耳にしていない。ディジーさんほどの人がその類の話を聞き逃すはずもないのだが……。
だとしたら、これは何だ?
俺は嫌な予感がした。
「ほう? これは懐かしい気配がするのう」
急に聞こえてきた声に振り向くと、いつの間にかクルーエルが起きていた。
彼女は起こさない限りずっとローシェの背中で眠り続けているのだが、今日に限って珍しいこともあるものだ。
しかもその目は今まで見たことがないくらいに鋭いものになっていた。
「ご主人様、気を付けてください。この中に何かいます……」
ルゥがそんなことを呟いた。
え? 俺の気配察知スキルには何の異常もないが……。
『気配察知スキル』は相手が自分とかけ離れた強さを持っているか、高レベルの『気配遮断スキル』を持っている場合は働かないことがある。
ということは、この場合もそのどちらかということだろうか?
しかし、だとしたら何故ルゥにそれが分かる?
本能で何か感じ取ったということか?
俺が軽く狼狽えていると、ローシェの背中から降りたクルーエルはルゥの忠告もどこ吹く風でボス部屋へと入って行ってしまう。
俺は慌ててその後を追うしかなかった。
そしてボス部屋に入ってすぐに気付く。
部屋の中央に何者かが佇んでいた。
それは男だった。
紫色の長い髪をオールバックにした、渋めの中年の男。
ただその男の顔には何か文様が浮いている。
気味の悪い模様だと思った。
ここに来てようやく俺はこの男が只者ではないことを感じ取っていた。
自然と腰を落とし構えを取ってしまう。
しかしその男は俺を無視してクルーエルに視線を注いでいた。
「……何故竜人がこんなところにいる?」
その男は訝しむようにしてクルーエルの顔を見つめている。
「それはこちらのセリフじゃ。何故魔族がこんなところにいる?」
……魔族?
魔族だって?
俺はその単語に耳を疑っていた。
何故なら城で聞いていた話では、俺たち転移組が魔族と接触するのはまだ当分先だと聞いていたからだ。
俺のその想いを代弁するかのようにクルーエルが口を開く。
「貴様のような魔族がこのダンジョンにいることの方が、わしら竜人がここにいることよりも余程不思議ではないか?」
クルーエルの挑発じみたそのセリフに対し、魔族の男はふんと鼻を鳴らした。
「それはお前たち竜人如きの知るところではない」
「ほう? 言ってくれるではないか、魔族如きが」
……あの、クルーエルさん? あまり相手を挑発しないでくれる?
「お前たち竜人如きが何を言おうが言うまいが、俺にとってはどうでもいいことだ。しかし俺にはお前たちを殺すことに何の意味も感じられない。今すぐここから消えるなら見逃してやろう」
超上から目線で言ってくる魔族の男。
俺はその通り引き上げようと思いました。
プライドより命ですよ。
少なくてもアレは俺が勝てる相手ではない。
しかしクルーエルはというと、
「逆じゃろ? 貴様が消えるならわしが見逃してやる。命が惜しいならさっさと上なり下なり好きな階層に逃げることじゃな」
超上から目線で言ってきた魔族の男を超えるくらいに横柄な態度でそう言い返していた。
おーい! クルーエルさん!?
やめよう!? 無意味にケンカ腰になるのはやめよう!?
ていうかキミ十秒しか竜に変身していられない割には態度でかいよね!?
だが今のクルーエルのセリフにはさすがにカチンときたのか、魔族の男の表情が変わる。
「……使徒たちを逃がさぬよう、万に一つの保険としてここにいただけなのだが……気が変わったぞ竜人。貴様らの絶望を食らってやろうではないか」
ほらー! 魔族さんやる気満々になっちゃったじゃん!
どうするんだよ……って、ちょっと待て。
今気になる単語が聞こえたような?
『使徒』って言わなかったか?
しかし今はそれどころではない。
この状況を何とかしなければ……。
ただ、慌てているのは俺とルゥくらいのもので、クルーエルとローシェは落ち着いた表情でやり取りしていた。
「中級魔族か。ローシェ、何とかなるか?」
「はい。お任せください」
その会話に魔族の男の眉がぴくりと動いた。
「ただの竜人ごときが中級魔族の俺に敵うと本気で思っているのか?」
「ふん。ただの中級魔族風情がよく吠えるものじゃな」
……戦うのはローシェなのにこの挑発。クルーエルの他力本願ぶりが酷い……。
ローシェが前に出ると、魔族の男は拍子抜けしたような顔になる。
「なんだ、そっちの生意気な小娘がかかってくるのではないのか?」
ほら、向こうも呆れてるじゃん。
「貴様ごとき、わしが戦うまでもないということよ」
よく言うねキミ?
せめてレベルマイナス98に上がってから言ってくれる?
「ならばそちらの紫髪の小娘の手足を捥いでから、恨みの血涙を流す仲間の前で後からゆっくり同じダルマにしてやろうではないか。その絶望を丸ごと食らってやろう」
「相変わらず魔族は悪趣味じゃな」
魔族の男のセリフに俺は「怖っ!?」とか思ったけど、クルーエルはどこ吹く風だった。
意外なところで肝っ玉でかいなこの子。
「おい、そっちの紫髪の竜人。変身するのを待ってやる。さっさとしろ」
基本的に竜人は竜状態の時に100%の力を発揮することが出来、人形態の時はその力が大きく制限される。
だから余裕を見せる魔族の男はそのように言ったのだろうが、
「必要ありません。わたしはこのまま戦います」
ローシェはそのように答えた。
「ほう……随分と舐められたものだな。竜人はその状態ではほとんど力を発揮できないのだろう?」
「わたしはある程度力を出せるのですよ。それにわたしは『飛竜』です。このような狭い場所ではどの道、竜状態で力を出し切れません」
竜人が人形態で力を発揮するには『ドラゴニックパワー』というスキルのレベルが高くなければならない。
ローシェの『ドラゴニックパワースキル』のレベルは8なので、人形態でも八割の力を発揮できると以前本人が説明してくれたことがある。
だからこの狭い場所では空中でこそ真価を発揮する『飛竜形態』よりはマシだと判断したのだろう。
しかしそれでも魔族の男にとっては誇りが傷つけられたらしい。
「竜状態でも人状態でも力を発揮できないのに、かかって来ると言うのか? ことごとくバカにしてくれる」
「私にとっては私の後ろにいる方々が全てです。あなたのことなど考慮する必要などありません」
ローシェさんも言うねえ……。
でもちょっと嬉しかったりする俺もいた。「後ろにいる方々」には多分俺も入っているのだろうから……。
「俺は七大悪魔レヴィアタン様に連なる中級魔族マロスだ。『瞬烈殺』の二つ名を取るこのマロスの姿を捉えることすらなくお前は地に伏し、気付けばお前の手足は無くなっている」
「先程から大仰なのは口だけですか? 竜騎士様の貴重な狩りのお時間を割いているのですから、早くしてください」
「……なんだと? 竜騎士がいてその力すら使わないとは、どこまでもバカにしてくれる」
すいません。今の俺じゃあんたの足元にも及びません。
「ならばよかろう。望み通り、まずはその右腕を貰ってやるぞ!」
そう言った刹那、魔族の男――マロスの姿は消えていた。
次の瞬間、俺の目に映ったのはローシェがマロスの頬にカウンターの拳を入れている姿だった。
「が……はっ!?」
何が起きたか分からないといった感じで吹っ飛んでいくマロス。
「遅いですよ? それでよく『瞬烈殺』などという大それた名前が貰えたものですね」
「なぁっ!?」
次の瞬間、ローシェは吹っ飛んでいくマロスの前に回り込んでいた。
早過ぎて姿を捉えることが出来ない。
ローシェは今度はマロスを上に蹴り上げると、また蹴り上げた先に回り込んで、さらに蹴る。
するとマロスはその身を壁にめり込ませた。
「ぐ……ふっ!」
「これで終わりです」
いつの間に溜めたのか、ローシェは壁にめり込んでいるマロスに向かって『炎のブレス』を吹く。
ローシェの口から出た炎は凄まじいほどの勢いで空気を燃やしながらマロスへと迫り、
「こんなバカなあああああああああああああああああああ………!!」
その灼熱の炎はマロスを一瞬にして燃やし尽くした。
ローシェが炎を吐くのをやめると、壁には人型の穴が空いているだけでマロスの姿はどこにもない。
………。
え?
俺は何を見せられたの?
あまりにも一瞬過ぎて何が起きたのかまるで分からなかったよ……。
今俺がしていた説明は、後で俺が冷静になってから下した状況判断に過ぎない。
ローシェは上から降りてくると、背中の羽を一度だけはばたかせてふわりと着地した。
「お待たせいたしました。それでは先に進みましょうか」
何でもないことのように言うローシェ。
………。
俺は声も出なかった(元々出ないけど)。
「何をしておるんじゃ? さっさと行くぞ」
クルーエルがそう言いつつもよじよじとローシェの背中に登り出したのを見て、ようやく現実が戻ってきた気がした。
………。
ステータスでは知っていたつもりだった。ローシェの強さを。
しかし実際に目の当たりにすると、その強さは次元が違った。
中級以上の魔族は本来なら会ったら逃げるのが鉄則だと教えられている。
中級魔族はA級以上の冒険者が討伐隊を組んでようやく倒せる相手なのである。
それをあんな一方的に瞬殺するとは……。
俺は初めてローシェに畏怖を感じた。
そしてワクワクした。
いつかその次元に追い付けることに。
俺は決意をあらためると、未だ固まったままのルゥを促して先に進み出す。
しかし俺は気付いていなかった。
そう、俺はローシェのあまりに凄まじい戦いを見せられたことで失念したのだ。
魔族の男マロスは、『使徒を逃がさないための万に一つの保険としてここにいる』と、そう言っていたのだから。
つまり、あの男は単なる前座に過ぎなかったのである。




