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第七十四話『宝箱。転移』

【風の迷宮・地下1階】



 使徒たちはあれからもダンジョンの地下1階で実戦訓練を続けていた。

 モンスターを見つける度に交代で一班ごと戦闘をする。

 それを繰り返していた。


 しかしいざ実戦となると、慌てふためいたり直前で恐れを見せたりする者が意外なほど多くいた。

 勇樹の班以外は誰かしら足を引っ張る者がいたと言っていい。

 彼らは中々実戦というものに慣れなかった。


 そんな者たちと一緒にいることを間所健太郎は煩わしく感じていた。

 彼からしたらどうしてそこまでの醜態を見せられるのか理解出来なかった。

 それに、こんなちんたらやっているクラスメイトたちと一緒にいたら、いつまで経っても自分は強くなれないだろう。


(俺はもっと下の階でも戦える。もっと早く、もっとずっと強くなれるはずなんだ……。なんでこんなグズどもに付き合ってやらなければならない?)


 そんな風に思う健太郎。


(それに……)


 健太郎は姫をちらりと盗み見る。


(俺が強くなれば、姫も嫌とは言わねえだろ。……いや、嫌とは言わせねえ。無理矢理にでも……。だが、そのためにはどうにかして他の連中を出しかねえと……)


 遂にそのようなことまで考え始め、健太郎は頭を働かせる。

 実際、間所健太郎は他のクラスメイトたちに比べてステータスも立ち回りも数段優れており、現時点で実戦において大人と子供ほどの強さの違いがある。

 だから彼がそう思うのも無理のない話ではあった。

 ――自分のポテンシャルはこんなものではない。

 自分はプロの野球選手になるのを諦めてまで今こうしてここにいるのだ。

 だったらこちらの世界で名を残すほどの戦士にならなければならない。

 そして、その横にはどうしても彼女が必要なのだ。

 そのように強く思う健太郎は強く拳を握りながら、また姫を盗み見る。


 ――そんな折、健太郎は自分の感覚に妙な引っ掛かりを覚えた。


 今、姫を見る途中に何か見えたような……?

 そう思った健太郎は薄暗いダンジョンの中、目を細める。


(あの岩場の向こうだ)


 そちらに向かって移動しようとする健太郎だったが、勇樹が目敏くそれを見つけて声を掛けてきた。


「マド、どこに行くんだ?」

「あ、ああ。ちょっとトイレにな……」

「そうか。早く済ませて来いよ」


 どうにか誤魔化せたようで内心ほっと息を吐く健太郎。

 現在彼らは最後尾にいる。勇樹以外の者は誰も健太郎の動きに気付かなかった。


 健太郎が違和感を覚えた場所に移動すると、彼は岩場の影に隠れるようにしてあったそれ(、、)を発見する。


 それは宝箱だった。


(宝箱……それも『金色』じゃねえか!?)


 その金色に光る宝箱を発見した健太郎は驚きつつも、激しく興奮した。


 ダンジョンの中にはこうして宝箱が置いてあることがある。

 しかしそれは非情に稀有なことだった。

 こうした宝箱はダンジョン自身が生み出していると言われている。

 ダンジョンの内部は魔力の源である『マナ』が非常に濃く、宝箱の中身はそうしたマナによって形成された物とされる説が最も有力で、次点で冒険者が落とした武器やアイテムにマナが絡み付いて宝具になった物ではないかと言われている。

 いずれにせよ、宝箱の中身は普通では手に入らないレアアイテムに違いない。


 さらに、だ。

 宝箱の色によってその中身のグレードが変わるとされており、その色は確認されているもので上から順に『虹色』『金色』『赤色』『緑色』『黄色』『青色』『白色』に分別されている。


 つまり、健太郎の目の前にあるのは上から二番目の『金色』の宝箱というわけだ。

 ただでさえ希少な宝箱。

 その中でも上から二番目のグレードである『金色』だったことに健太郎の心臓は高鳴る。


(おいおいおい……これは俺に運が向いてきたんじゃねえか!? 中身次第によっちゃ俺一人でも下の階に行けるようになるかもしれない。出来れば勇樹の持つ聖剣と同格の武器でも入ってりゃ文句はねえが……。その時は勇樹だって出し抜けるかもしれねえ! そうなれば俺が最強だって誰もが認めるだろう)


 健太郎はほくそ笑んだ。

 しかし、


「マド……何だそれは?」


 ぎくりと硬直する健太郎。

 慌てて後ろを振り向けば、そこには勇樹が立っていた。

 しかもその視線は今まさに開けようとしていた『金色』の宝箱に向いているではないか。


 健太郎は焦った。

 そして色々な負の感情が彼の中で生じる。

 中でもこれまで勇樹に対して感じてきた劣等感……。

 それが今になって健太郎の中で激しく渦巻いた。


「ユウキ……これは俺が見つけたんだ。俺が貰っても文句はねえだろ?」

「……マド?」

「お前には聖剣があるだろ? 他にもいっぱい俺に無い物を持っている。だからこれは俺にくれ。な?」

「待てマド。僕は何か嫌な予感がするんだ……」


 勇樹は健太郎を止めようと手を伸ばした。

 しかしその手から逃れるようにして健太郎が宝箱の縁へと手をやる。


「そんな言い訳なんか付けなくてもよ、今度もし宝箱を見つけたらお前に譲るから。とにかくこれは俺が見つけたんだから俺が貰う!」

「そうじゃないんだ。違う! マド、その宝箱を開けてはいけない!」


 そう。実はこの時、勇樹が正しかった。


 ダンジョンは下に行くほどマナが濃くなる。

 だからこんな上層で『金色』の宝箱があることに本来なら疑問を持つべきだったのだ。

 しかし最近の姫との出来事もあり、健太郎の心は負の感情に支配されており、その目は曇り切っていた。


 勇樹は健太郎を止めようとさらに手を伸ばす。

 だが、健太郎の宝箱を開ける手の方が早かった。


 ガコンッ。


 不吉な音を出して開いた『金色』の宝箱。

 その瞬間、『金色』の宝箱が黒く染まる。


「あ?」


 喜色満面の顔をしていた間所健太郎の表情が訝しげなものに変わった。


 一拍置いた後、宝箱の中から吹き出したのは凄まじいほどの闇。


「マド! すぐにその宝箱から離れろ!」


 言うや否や、勇樹は健太郎の手を引いて後ろへと下がった。


 宝箱から吹き出した闇は彼らがいた部屋の床に流れ出ると、一定の法則に従って地面を走って行く。


「な、なんだこれは!? 宝箱の中身はどうなったんだよ!?」

「落ち着けマド! それどころじゃない!」


 勇樹と健太郎の二人は口ぐちに言い合いながらも出来るだけ宝箱から距離を取ろうとする。


 そしてその異常事態は他のクラスメイトたちやマリーにも伝わっていた。

 地面を走る闇を目にしながらマリーは目を見開く。


(こ、これは嫉妬を司る七大悪魔レヴィアタンの魔方陣!?)


 マリーが判断した通り、地面を走る闇は魔方陣を形取っていた。

 七大悪魔レヴィアタンの特徴のある魔法陣を。


「まずい! 全員この部屋から出るんだ! 早く!」


 マリーの叫びは混乱するクラスメイトたちの元を駆け抜けて行った。

 それで何人かは即座に反応して部屋の出口に向かい始めるが……。


 しかし既に遅かった。


 彼らの体は闇の魔方陣に絡め取られ、次の瞬間には全員がその部屋から忽然と姿を消したのだった。


 その部屋に残ったのは闇の欠片だけ。


 彼らは違う場所へと転移させられたのである。



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