第七十二話『予兆』
【風の迷宮・地上】
リクたちが地下20階のボスを撃破してからさらに十日ほど過ぎた頃、螢条院勇樹を始めとする他のクラスメイトたちも風の迷宮に訪れていた。
その目的は負のマナの集合体であるモンスターを倒すことによって、使徒たちのレベルアップを効率的に行うためである。
本来なら一年間は戦いの心構えなどを得るために訓練を行う予定だったが、他ならぬ使徒本人である姫宮姫と風早沙羅の強い希望によって予定が早まった形だった。
しかし……マリーはまだ彼らがダンジョンに潜るには早いと思っていた。
上層部は分かっていないようだが、ダンジョンとは何が起こるか分からない非常に危険な場所なのである。
もし何かあった時に、今の彼らが冷静に行動することが出来るか……?
昔に冒険者としてダンジョンに潜っていた経験のあるマリーにはそれが不安だった。
しかし反面、使徒たちに早く強くなって貰わなければならないのも事実。
結局、マリーは不承不承という感じではあるが、上層部の決定を飲んだのである。
「いいか? ダンジョン内では何が起こるか分からない。同じ班の者同士で固まり、常に周りに気を張っていろ」
「はーい」
しかし、どこか浮ついたようなその返事。
それは無理もないことなのかもしれない。
マリーだって初めてダンジョンに潜った時はワクワクしたものだ。
しかも彼らが既に城での訓練に飽き始めていることをマリーは見抜いていた。
だから実際ダンジョンに行く予定が早まった話をした時に反対した者はほとんどいなかった。
ほとんどの者が賛成派だったのである。
それもマリーが反対しきれなかった理由の一つだった。
だが軽い気持ちではダンジョン内で手痛いしっぺ返しを食らうことをマリーは良く知っている。
何か起きてからでは本当に遅いのだ。
戦いから何か学んでくれればいいのだが……。
マリーがそのようなことを考えている一方で、姫と沙羅も浮かない顔をしていた。
その理由は間所健太郎にある。
今回のダンジョン遠征で彼ら三人は同じ班になってしまったのだ。
班決めはマリーが独断で行ったのだが、リクのビッグクレパス滑落の一件から彼女は精神的に疲労しており、現在の姫たちの険悪な関係に気付かなかったのである。
あくまでいつも仲の良いチームワークが取れる者同士で組ませたつもりだった。
こうした不安要素をいくつも抱えながら……一同はダンジョン内部へと入って行く。
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「おお……!」
「すごい……きれい……」
地下1階に出た時、誰かが感嘆の声を上げる声が響いた。
ダンジョン内部は光苔が淡く輝いており、それはもう幻想的な光景だったからだ。
かつてここでリクがスライム相手に一人で戦っていたことなど誰も知らない。
「ここからはいつモンスターが出てもおかしくない。いいか? 何度も言うが、くれぐれも注意を怠るなよ?」
マリーが注意すると、「はーい」と間延びした返事をする者が幾人かいた。
一方で、過剰なほどに怖がっている女子たちもいる。
どこか遠足気分が抜けていない者たちと、戦いに異常なほど恐怖を覚える者たち。
やはり決定的に訓練時間が足りていないことを痛感するマリーだった。
そこでマリーはこんな時でも落ち着いている螢条院に声を掛ける。
「ユウキ。君たちの班に最後尾を頼んでもいいか?」
勇樹は頷いた。
「分かりました。僕には『気配察知スキル』もありますから問題ありません。後ろは任せて下さい」
「感謝する。頼んだぞ?」
マリーはさすがユウキだと感心していた。
彼ならこんな上層ではなくもっと低層に行ってもいいかもしれない。
そう思ったマリーだったが、彼らから目を離さないように命令されている彼女はユウキだけを下に行かせるわけにもいかなかった。
同じ三聖のロンレスがいれば二手に分かれることも出来たが、ロンレスは王都の守りに必要な人材なので城を離れるわけにはいかない。
マリーが使徒たちを守らなければならないという理由で彼らから目を離せず、結果として団体行動になり狩り効率は落ちている。
マリーはこの事実を歯がゆく思っていた。
しかし他にどうすることも出来ないので、今はこの方法で彼らに実戦を学ばせながら経験値を稼いでもらうしかない……。
そうこうしている内に最初の部屋に差し掛かったところでマリーは皆を止める。
部屋の中にモンスターがいることが彼女には分かったからだ。
「それでは早速、一組ずつモンスターを倒していってもらう。まずはササキの班からだ」
呼ばれたのは佐々木智也が班長を務める1班。
1班はソードハイファイターの智也とアックスハイファイターの田中幸平が前衛、ボウスナイパーの平りんとハイシスターの源伊織が後衛を務めるチームである。
「さ、さすがに緊張するな……」
班長である智也が呟くと、後ろからりんのヤジが飛ぶ。
「しっかりしてよ。あんたは班長の上に男でしょ」
「わ、分かってるよ。でも戦うのなんて初めてなんだから仕方ねえだろ?」
そのやり取りを見かねてマリーが声を掛ける。
「落ち着け二人とも。……リン、初めて戦う者に対してせかすようなセリフを言うのはいただけないな」
「は、はい。すいません……」
「それと智也。必要以上に怖がることも良くない。君たちの力はこの階層の敵くらいなら問題なく通じるんだ。気負わずにやってこい」
「わ、わかりました……」
二人が叱責を受けてから間もなく、智也の率いる1班のメンバーが部屋に飛び出た。
その瞬間、モンスター――三匹のスライムは彼らの方へと一直線に向かってくる。
「うわ、こっち来たぞ!?」
智也は後ずさった。
それに押し出される形で後衛のリンが文句を叫ぶ。
「さっきマリーさんに落ち着けって言われたばかりでしょ!? あんたたち前衛が受け止めてくれなきゃあたしら後衛はどうしようもないのよ!?」
「わ、分かってるよ! そっちこそさっきからぎゃあぎゃあ騒ぐな!」
「なんですって!?」
「ケンカしている場合じゃないよ!」
「来るぞ!」
智也とりんがケンカしているので仕方なく幸平と伊織が前に出る。
が、
「うわっ!? 飛び上がった!?」
スライムが想像以上のスピードで飛びかかって来たので幸平はとっさに避けてしまった。
すると、
「きゃあっ!」
スライムの突進は伊織に直撃した。
ハイシスターの伊織はたまらず吹き飛ばされ、地面にごろごろと転がる。
そのスライムは他の者たちをさほど脅威と捉えなかったのか、彼らを無視してさらに伊織に対し追撃を加えようと突っ込んだ。
「伊織!?」
「源さん!」
慌てて体勢を立て直そうとする智也とりんだったが、既に遅かった。
スライムが伊織の腹目掛けて突進した……ところで真っ二つに分かれる。
いつの間にか近くまで来ていたマリーの剣によるものだった。
マリーはそこから目にも止まらぬ剣捌きで他のモンスターもあっさりと倒してしまう。
腰の鞘に剣を戻しながらマリーは智也たちを睨みつけていた。
「………」
マリーは呆れて物が言えなかった。
……どれだけ平和ボケした世界から来たらここまでの醜態を晒せるのか?
実際、彼らのステータスはここらのモンスターなど軽く凌駕しているのだ。
まさかここまで使い物にならないとは見当違いもいいところだった。
(リクくんならばきっと何も言わず淡々と倒していただろうな)
そう思い、つい頬を緩ませてしまいそうになるマリー。しかし立場を思い出しすぐに気を引き締める。
そして時期尚早だったことを伝え、城へと引き返すことを提案しようとしたマリーだったが、そこで横から声を掛けてくる者がいる。
「次はあたしらにやらせてくれないかい?」
マリーがそちらに顔を向けると、そこには沙羅と姫がいた。
彼女たちからは真剣な気迫を感じた。
そう言えばこの遠征を早めた張本人が彼女たちなのだ。
沙羅と姫からしたらこのまま訓練の日々に戻ることなど許せなかったのだろう。
だからマリーが城へと引き返すことを見計らって口を挟んできたに違いない。
――しかし何がそこまで彼女たちを駆り立てるのだろうか?
マリーにはそれが分からなかった。
「しかしな……」
それでも反対しようとしたマリーだったが、そこで間所健太郎も後ろからやって来て、
「マリーさん。どうせ判断するなら俺たちの戦いも見てから判断してくれよ。ここまで来て何もせずに帰るなんて納得出来ると思うか?」
「……うむ」
確かにそれも一理あった。
辺りを見れば、他にも戦いたい顔をしている者が何人かいる。
もしこのまま一戦もさせずに帰ったら、その原因を作った佐々木の班のメンバーが糾弾されるだろう。
そうなれば彼らの仲はさらに険悪になり、連携どころの話ではなくなる。
だったら一先ず意思のある者だけでもモンスターと戦わせた方がいいかも知れない……。
マリーは最終的にそのように判断した。
「分かった。ならば次は君たちの班に任せる。上手くやって見せたまえ」
マリーはそう言って勇樹の方をチラリと見た。
すると勇樹が小さく頷く。
どうやらそれだけでマリーの意図が伝わったようである。
姫、沙羅、健太郎の三人はどうも私事で動いている節がある。
だから冷静な勇樹にそれとなくフォローしてもらおうと思ったのだ。
本来なら沙羅が一番クレバーであるはずなのだが、ここ最近はどうも生き急いでいるような気がしてならなかった。
(まあいい。実際戦っているところを見て見極めてやるさ)
マリーはそのように結論付けた。
事実マリーは剣筋を見てリクという人物を読み取った過去がある。
彼女は言葉で語るよりも剣で語る方が得意なのである。
一方で間所健太郎は沙羅と姫に対して『助太刀してやったぜアピール』をしていた。
彼は最近あからさまなくらい沙羅と姫にへりくだっていたりする。
どうにかして現在の険悪な関係を終わらせたかったのだ。
しかし姫は未だに健太郎が近付くと怯えを見せ、沙羅は沙羅でそんな簡単に許せるはずがないと思っていた。むしろ一生許さないつもりだった。
しかも健太郎はそれだけのことをしたのに、それを分かっていない。
自分が姫のことを好きだからという理由にこじつけて、自分のやったことをそれほど重いものだと捉えていない節があった。
だから沙羅は余計に許せなかった。
自然と沙羅が姫を庇うような形で歩き出し、その後を健太郎が慌てて続き、そんな幼馴染みたちの微妙な雰囲気に、内心ため息を吐きながら最後尾を勇樹が歩く。
これが今の彼らの関係だった。
しかし、
「待って三人とも。この先に敵がいるよ」
『気配察知スキル』を全開にして歩いていた勇樹がそう言った途端、残りの三人も即座に戦闘態勢を取る。
彼らは元々クラスの中では肝が据わった者ばかりなのである。
姫だけは臆病ではあるが、しかしリクを探したいという思いがある今、戦う決意を固めているので今さら慌てない。
「……四匹だね。この先の部屋だ」
勇樹が続けてそう言うと、自然と勇樹、健太郎、沙羅の三人が前へ、姫が後ろに陣取る。
ここら辺はさすが幼馴染みの呼吸だった。
「クラスの他のみんなは僕らが部屋に入るまで決して動かないでくれ。いいね?」
勇樹のその言葉に、後ろにいた美翔亜久里が赤い顔で頷く。
マリーが近くにいたらこんな時に何を考えていると怒りそうなところだが、しかしマリーは勇樹に戦闘を任せ最後方を警戒しているので近くにはいない。
勇樹は気付けばいつの間にかマリーの信頼をそこまで勝ち取っていた。
「それじゃあ、簡単に戦い方を確認しておく。まずはマドが飛び出し、その後すぐに僕、次いで沙羅の順で部屋に入る。さらにワンテンポ入れてから姫が部屋に入って、俺たち三人を魔法で援護してくれ。いいね?」
勇樹のその言葉に三人は頷いた。
三人とも勇樹のことはそれぞれ信頼しているのだ。
螢条院勇樹とは、そういう男だった。
「それじゃあマド、頼む」
「あいよ」
勇樹の合図で健太郎が飛び出すと、部屋の中にいた四匹のスライムが侵入者に気付き、一斉に健太郎に向けて動き出す。
意外に早いその動きに健太郎は一切怯まず突っ込んだ。
スライムたちと接触する直前、気付けば健太郎の右隣を勇樹が、左隣を沙羅が並走していた。俊敏性の差で追いついたのだ。
そして三人は阿吽の呼吸でそれぞれの目標を決めると、三人ともが一撃でスライムを切り裂き、あるいは殴り飛ばして塵にした。
残った一匹には後ろから飛んできた炎の玉が直撃し、消し飛んだ。姫の魔法である。
一瞬の出来事。
その見事な戦いぶりに後ろで見ていたクラスメイトたちは感嘆していた。
やはりこの四人は特別なのだ、と。
マリーが見た時には既に戦いは終わっていた。
だが、戦闘が終わった後の彼らを見れば分かる。
どれだけ楽勝だったのかが。
(ふむ)
先程の佐々木智也の班とは違い、勇樹たちは十分に戦えそうだとマリーは判断した。
念のため一度直接彼らの戦闘を見るつもりだったが、多分問題ないだろう。
だが、
「なんだ、簡単だな。なあマリーさん、俺らの班だけもっと下の階に潜らせてくれよ?」
間所健太郎のそのセリフにマリーはぴくりと眉を動かす。
健太郎のそれは姫に対するオレツエーアピールだったのだが、しかし本当にそう思っている感じもあった。
つまり彼はダンジョンを舐めたのである。
事実健太郎は英雄職で将来性が高く、現時点でもかなり強い。
しかしただ一度の戦闘でここまで調子に乗る健太郎にマリーは一抹の不安を覚えた。
「……マドコロ、君は確かに強い。だが戦闘経験がほとんどないも同然であることを忘れるな」
「だからこそもっと下の階で有意義な戦闘経験がしたいんじゃないですか。俺たちの班には勇樹だっているんだ。まったく心配なんてありませんよ」
健太郎はこれを好機と捕えていた。
もっと強い敵と戦いたいというのも紛れもない事実ではあるが、それ以上に姫ともっと距離を縮めたいという想いがあった。
もっと一緒に戦って絆を深めたいと考えていた。
そのためにはこのような安全でちんたらした戦いではなく、もっと互いを信頼し合えるような際どい戦いがしたかったのだ。
しかしその考えを何となく読み取ったマリーによってあっさりと却下される。
「ダメだ」
「何故ですか!? 俺たちならもっと下の階でも大丈夫だと言うのはあんたにも分かっているはずだ!」
健太郎は尚も食い下がろうとするが、
「マド。あんまりマリーさんを困らせるなよ」
「ユウキ、でもよ、お前だって……!」
「確かに僕たちは下の階のモンスターでも楽に倒せるだろう。しかし、ダンジョン内はモンスターだけが敵なわけではない……そうでしょう、マリーさん?」
「その通りだ。さすがユウキだよ。私の言いたいことを汲み取ってくれる」
マリーは感心していた。
いやマリーだけではない。クラスメイトたちも皆、さすが螢条院ともてはやす。
その中には姫の姿もあった。
それを見て健太郎は苦虫を潰したような顔になる。
この流れで自分の意見を通すことなど無理だろう。
健太郎は渋々ながら諦めるしかなかった。
そんな健太郎を沙羅が軽蔑した目で見ていた。
それに気付き、健太郎は一層歯噛みする。
この負の連鎖に気付いている者はいなかった。
これにより彼らはさらに深みにハマっていくことになる。




