第七十一話『地下20階ボス。キングウインドウィーゼル』
クルーエルたちと共にダンジョンに籠るようになってから二十日以上の時が過ぎていた。
あれからも色々あったが、今では地下20階まで潜れるようになっている。
地下20階ではトルネードバタフライという大きな蝶の姿をしたモンスターが『防風のカード』という激レアドロップを落とすので、ここ最近は金策を兼ねてトルネードバタフライばかり狩っている。
俺のレベルも15まで上がり、地下20階までは楽勝と言ってもいいくらい強くなった。
ルゥもレベル13になり、大分戦いにも慣れてきたように見える。
だからトルネードバタフライ狩りはさくさく行えている。
でもまだ『防風のカード』はドロップしていない。
もう一万匹は狩っていると思うのだが、やはり出ない時は出ないものだ。
日本にいた時にやっていたゲームでもハマってはムキになって機械のようにマウスやコントローラーをカチカチしてたっけ……。
一種のノスタルジーを感じながらも、俺はちらりとクルーエルの方を見る。
ちなみに彼女は未だにレベルマイナス99のままだったりする。
なんでだよ!?
もう結構クルーエルにも敵を狩らせたよ!?
どれだけ食っちゃ寝したらこれほどしつこくマイナス経験値がこびり付くんだよ!?
あ、千年か。
その時間の大きさをあらためて痛感する俺だった。
しかし最初の頃は「鬼か」と罵っていたクルーエルも、今では移動中のローシェの背中で寝るくらいに成長した。
……前よりもさらに図太くなったとも言えるけど……。
ただそんな俺たちも、そろそろさらに下の階へと降りようかという話になっている。
もうこのパーティにとってこの階層のモンスターは楽勝過ぎるからだ。
それならさらに下に潜ってもっとおいしいモンスターを狩った方が効率は良いだろう。
トルネードバタフライから『防風のカード』がドロップしなかったのは業腹だが、しかしどの時点で狩ってもドロップ率は変わらないのだ。
ここで「もう一万匹も狩ったんだからそろそろドロップするよね。もう少しだけここで頑張ろうか」と考えるのは素人である。
……日本にいた時にやっていたゲームで散々経験してきたことなので、俺はそれが身に染みている……。
そんなわけで、俺たちは地下20階ボスの部屋の手前まで来ていた。
思い出すのは地下10階ボスのリザードニードル戦。
あの時は何の準備もなく、たった一人で戦ってギリギリで勝つことが出来た。
しかし重傷を負い、命を落としかけた。
だから本来なら慎重に行くべきだが……。
実のところ、今から行う地下20階のボス戦に関して俺は何も心配していなかった。
その大きな要因は二つある。
まず一つはローシェの存在だ。
彼女の異常なほど強いステータスなら多分地下20階程度のボスなら楽勝だと思う。
だからいざとなったら彼女に助けてもらえばいいだけなのだ。
「もし危なくなったら私がボスを処理しますのでご心配なく」
実際そう言ってくれるローシェの存在は大きかった。
そしてもう一つの要因はクルーエルだ。
レベルがマイナス99の彼女ではあるが、竜王に変身したらそんなの関係なくボスをぶっ飛ばしちゃうんじゃないかな……?
そのくらい竜王の力は規格外。
しかもそれでも全盛期の十分の一もないと言うんだから驚くしかない。
そんなクルーエルが気負った様子もなく提案してくる。
「変身してここから『神竜のブレス』を撃って、壁を貫通させてボスを倒してやろうか?」
「やめて下さい」
ローシェが一瞬で却下した。
当たり前だ。実際やってやれなくはないのだろうが、そんなことをしたらダンジョンが崩れちゃうでしょうが?
クルーエルお前、自分が死ぬかもしれないのによくそんなことを言えるな?
それに……そんな方法で吹き飛んだらあまりにもボスが哀れ過ぎるからやめて差し上げろ。
「面倒じゃのう」
なんでもかんでも面倒くさがるのはこいつの悪い癖だった。
面倒の一言でダンジョンが崩れて自分が死んだら何にもならんだろうが?
ローシェはもう三十年近くクルーエルのお付きをやっているようだが、よく三十年もこいつの相手をしていたものだよね?
脱帽するわ。
そんなわけで俺は有無を言わさずボス部屋の扉を開け放った。
その途端、濃密な瘴気が部屋から流れ出てくる。
それだけでいかにボスが強力かを物語っているようだった。
部屋の最奥にうごめく巨大な影。
俺はごくりと喉を鳴らしその姿を確認しようと目を細めるが、その瞬間、俺の横から飛び出していく影が一つ。
いつの間にか竜王に変身したクルーエルだった。
竜王は一瞬にして部屋の最奥まで行くと爪を縦に振り下ろす。
一撃――。
ボスは一瞬で裂かれて消えてしまった。
………。
余韻もくそもなかった。
あの、これ一応ボス戦なんだけど……?
僕、ボスの姿も見えなかったよ……?
リザードニードル戦が何だったのだろうと思えるほどの瞬殺ぶり。
俺たちが近付いていくと、
「疲れた。おんぶ」
クルーエルは雑魚を吹き飛ばした後と変わらないテンションでそう言うと、よじよじとローシェの背中に登り、いつものようにいびきを掻きはじめる。
そちらを見ていると、ローシェが申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「あの……なんかすいません」
うん、あなたが悪いわけではないよ?
というか別に誰も悪くないよ?
でも何故だか虚しいだけだよ?
俺は何とも言えぬ気分で地下21階への通路をくぐったのだった。
**************************************
ボス戦では全く力を試す機会がなかったが、しかし実際俺は強くなっている。
本来地下20階ボスはBランクハンターがパーティを組んで倒す敵だと教えられていた。
もしクルーエルが倒していなくても、俺とルゥだけでもそのボスを倒せる自信があった。
それはつまり、ルゥに騎乗した状態の俺が単体でBランクパーティ相当の力があることの裏返しである。
ということは……もしかしたら俺は既に単体でAランク相当の力があるのかも知れない。
最近ギルドでも俺は注目の的になっている。
ラザロスを一騎打ちで倒してからこっち、他の冒険者たちから一目置かれるようになった(他のパーティや飲みにも誘われるようになったが、申し訳ないがそれは首を振って断っている。理由はお察しで)。
しかも見目麗しい竜人を三人も連れていれば嫌でも目立つ。
ディジーさんはギルド内でも俺は期待の新人として見られていると鼻高々に語っていた。
ついでに他の受付嬢に絶対に渡さないからとも念を押された。まあディジーさん以外にお世話になるつもりもないのだが……。
だから俺は大きな自信を付け始めていた。
この分なら王都に忍び込んで、姫宮と風早の二人、そしてマリーさんに会うだけなら近いうちに出来るようになるかもしれない……。
要は見つかっても正体を明かさず逃げ切れるだけの力があればいいのだから。
――どんどん強くなる俺。
後は……何が来ても返り討ちに出来るだけの力を付けることが出来れば、この世界で生きていくのも難しくはなくなるだろう。
そうすればマリーさんの近くにいることも許されるに違いない。
全ての理不尽を叩き潰せるだけの力があれば、自分の好きな通りに生きられるはず。
――だから最終的には魔王よりも強くならなければならない。
しかしそれが遥か高い壁である事を、間もなく俺は思い知ることになる。
誤字報告ありがとうございます<(_ _)>




