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第七十話『魔女リエルの襲撃。グラの悪夢』

【グラ王国】



 北の魔族領に一番近い辺境の国、グラ王国。


 リクがクルーエルを連れてダンジョンに潜った日から半月以上経ったある日の晩のこと。

 その王都は炎に包まれていた。


 辺りには悲鳴が満ち溢れている。

 戦いの音も聞こえてくるが、助けを求める声や怨嗟の声の方が大きいくらいだった。


 魔族の群れに呑み込まれていくグラ王国の城下町。

 魔族と言っても動物の形をした低級魔族がほとんどだが、それでも人の兵を圧倒するには十分だった。


 魔族に兵も一般人も関係なく蹂躙されている様を上空で眺めながら、上級悪魔のリエルは楽しそうに叫ぶ。


「はぁ~、たまんな~い。今までの鬱憤が晴れていくのが分かるわ~」


 リエルの顔は愉悦に歪んでいた。


「ずっとうざったかったんだよね~。グラの奴ら、こっちが動けないと思って、ちょこちょこちょこちょこと刺客を差し向けてきてさ~。別に何ともなかったけど、おかげでストレスが溜まりまくりだよ~」


 リエルの言う通り、グラ王国はここ千年ずっと北の魔族領に攻撃隊を差し向けていた。

 その理由は上級悪魔であるリエルを北に釘づけにするためである。あわよくば討ち取ろうという考えだったが、しかし結局今の今までそれは叶わなかった。


 だが、リエルはリエルで魔王から預かっている城を万が一にも人間に壊されるわけにはいかなかった。

 他にもいくつか理由はあったのだが、そのせいもあってこの世界に一人しかいなかった上級悪魔のリエルは城から動くことが出来なかったのである。

 リエルのような奔放な性格の魔族からしたら、その鬱憤は計り知れないものだった。

 だからもう一人の上級悪魔、ムムエルが顕現したことをきっかけに、勇者たちに会いに行く途中にグラを滅ぼしておこうと思い、こうして奇襲を仕掛けたのだ。

 リエルが動けないと思い込んでいたグラ王国は実に脆いものだった。


「この千年受けてきたイライラ……解消させてもらうわよ」


 そう言ってリエルは右手に力を込める。

 嫉妬を司る七大悪魔のレヴィアタンの眷属であるリエルの右手は紫色の魔力光に包まれ、手の平に紫色の魔力の玉が浮かび始めた。

 それは徐々に大きくなり、自分の体よりも大きくなると、リエルは眼下のグラ城に向かって思い切り投げつけた。

 紫色の玉は凄いスピードで下に落ちて行き、グラ城のテラス部分に接触したかと思うと、その瞬間大爆発を起す。

 その爆発は城全体を飲み込み、紫色の爆炎が天へと遡る。


「あっはははははははははははは! 嫉妬の炎よ! 全てを飲み込みなさい!」


 グラの有力な戦士たちは既にリエルや彼女が連れてきた中級魔族の手によって確固撃破された上に虐殺されており、彼女を止められるものはもはや誰もいなかった。


 ちなみに下級魔族も数体巻き込まれたがリエルは全く気にしていない。

 魔族とはそういうものなのである。


 そしてその後、リエルはグラ王国の全てを破壊し尽くした。


「はぁ~、楽しかった~。おいしかった~。久しぶりに直に絶望を味わったよ~」


 リエルは恍惚な表情でそう言った。

 口からは涎さえ垂らしており、眉もだらしなく下がっている。


 と、そこでリエルは瓦礫の下に挟まっている子供を見つけた。

 まだ年端もいかない、十歳くらいの少女。


 空中に浮いていたリエルはそちらの方へと向かって下りて行く。

 リエルが近くに降り立つと、その少女は「ひっ」と恐怖に顔を引き攣らせる。


「良い顔だわね~。そそられるわ」


 リエルはそう言いながらも、少女の足を挟んでいた瓦礫をどかしてやる。

 その意味が分からず自由になった足で少女は逃げようとするが、しかし足の怪我のせいで立つことさえままならない。

 そんな少女にリエルは再び近付いていく。


「こ、来ないで……」


 腰を落としたまま後ずさる少女だったが、もちろんそんな状態では満足に距離を取ることすら出来ず、あっさりとリエルの接近を許してしまう。

 少女は見ていた。この緑の髪の魔族が一発で城を吹き飛ばすところを。

 そんな魔族からしたら自分の小さな体なんて腕を払うだけで弾け飛ぶことだろう。

 そう思うと怖くてたまらなくて少女は歯をガチガチと鳴らす。


 しかしリエルは少女の足に手を翳すと、魔法で少女の足を治療し始めたではないか。

 リエルから発している魔力は紫色の禍々しい色ではあるが、確かに少女の足は治っていく。


 まったく謎の行為だったが、少女の足は完全に治されてしまった。

 しかも手を取って立ち上がらせてくる。


 首を捻る少女に、しかしリエルはこう言った。


「勘違いしないで。別に好意で助けたわけじゃないわよ? 恨みなさい。妬みなさい。この光景を心に刻み込み、一生怒りと恐怖に震えなさい。その絶望があたしの糧となるから」


 少女は愕然とする。

 その小さな身でもリエルの言ったことの意味は分かった。

 自分は祖国を滅ぼした張本人を喜ばせるため、ひいては力を与えるために生かされたのだ。

 その屈辱、憤慨たるや、到底少女の小さな身には収まりきらぬものだった。

 しかし同時にそれ以上の恐怖が心を支配している。


「さあ、行きなさい。それともやっぱりここで切り刻まれておく? あたしはどっちでもいいのよ?」

「ひぃ!?」


 リエルにそう言われ、少女は慌てて後ろに向かって走り出した。

 それを見てリエルは満足そうに頷く。


「そう、それでいいの。せっかく気まぐれで助けてあげたんだから生きて貰わなくちゃね~」


 実は本気で少女を助けていたリエルだった。

 自ら国を滅ぼしておき、その様を心から楽しみながらも、たった一人の少女は生かす。

 彼女のその真意は計り知れない。

 これがリエルという魔族だった。

 彼女は恐らく魔族の中でも珍しい個体であり、それを自分でも自覚していた。


「ま、別になんでもいいか。あたしはあたしのやりたいようにやっているだけ。……って、誰に言い訳しているんだか」


 リエルは苦笑すると、


「何にせよ、お次は勇者ちゃんたちよね。この国が滅亡した報告よりも先にアーティアに着かないと警戒されちゃうから急がないとダメだわ……って、つい欲求が先走ってグラを滅ぼしに来ちゃったけど、失敗したかしらん?」


 リエルはガリガリと頭を掻いた。

 しかし次の瞬間にはもう笑っている。


「急げば大丈夫かしら。ちょっと疲れるけど、今の勇者ちゃんたちの力くらいなら全く問題ないしね~」


 そう言ってリエルは下級悪魔たちを回収し、勇樹たちのいるアーティア聖王国領へと向かって飛び去ったのだった。


 そしてこのグラ王国滅亡の報告は、リエルの襲来よりも後にアーティア聖王国にもたらされることになる。


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