第六話『神の祝福。伝説職』
皆が螢条院に注目していた。
クラスメイトたちはもちろんのこと、騎士たちも既に螢条院に一目置いているのか固唾を飲んで見つめている。
それにまだ『勇者』が出ていない。だからこそ「ということは?」と思ってしまう。螢条院ならばと期待してしまう。
螢条院はいつもと変わらない爽やかフェイスで石版の前へと進み出ると、全ての視線を背中に集めたままおもむろに石版に触れた。
========================================
螢条院勇樹 15歳 人間族 男 レベル1
職業:勇者(伝説職)
筋力:223
魔力:203
体力:215
防御:190
敏捷:224
魔耐:211
成長率:35
ジョブスキル:片手剣レベル6・盾レベル6・両手剣レベル6・光魔法レベル5・状態異常耐性レベル4
個人スキル:言語理解・気配察知レベル3・威圧レベル4・空歩レベル1(無効)・話術レベル5・カリスマレベル5
ユニークスキル:選ばれし者(無効)・楽園の使徒(無効)
========================================
一瞬だけ静まり返った後、一気に声が弾ける。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
そりゃ待望の勇者が出たのだからそうなるか。
国総出で待ちかねていたのか騎士の中には涙ぐんでいる者さえいるし、クラスメイトたちはこぞって「さすが螢条院!」ともてはやしている。
ただ、当の螢条院はというといつもの爽やかスマイルを浮かべているだけだった。
俺は一瞬、彼は自分が勇者になることを疑っていなかったようにさえ見えた。周りの皆は螢条院を祝福することに忙しいようでそんなことは露も思っていないらしい。
俺が内心で首を捻っていると、女王が螢条院の前へと歩み出る。
そして女王はなんと螢条院の前で膝を着いた。
「お待ち申し上げておりました、勇者さま」
螢条院は困ったように女王へと声を掛ける。
「立って下さい。そんな風にされると困ってしまいます」
しかし女王は立ち上がろうとせず、顔だけ上げて螢条院を見つめる。
「勇者さま、今一度お願い申し上げます。どうか我が国を救っていただけますか?」
螢条院は力強く頷いた。
「はい。きっと救ってみせます」
その答えに女王は薄く笑って見せると、立ち上がって側にいた騎士に声を掛ける。
「聖剣をこれへ」
「はっ」
その騎士は持っていた剣を恭しく女王へと渡す。
その鞘付きの剣は一目見て普通ではないと分かった。
何と言うか、うっすらと輝くような光を放っているような気さえする。それは多分、錯覚なのだろうが……。
単なる勘だが、それほどあの剣が秘めている力が大きいのだと思う。
「この剣は伝説の勇者にしか抜けないという聖剣です。これをあなたに授けましょう」
女王がそのように宣言すると螢条院は自然とその場に跪く。
すると女王は螢条院の両肩に一回ずつ聖剣を当てる。
「聖剣を受け取ってください」
その言葉で螢条院は立ち上がると両手で聖剣を受け取った。
そして聖剣の柄を握りしめ、そのまま剣を鞘から抜き放ってみせる。
「おおお……!」
「なんと神々しい……」
「今まで誰も抜けなかった聖剣を鞘から抜いて見せた。あの少年は紛れもなく勇者だ……!」
騎士たちは感動したように抜身の聖剣に見入っていた。
いや、彼らだけではない。クラスメイトたちもぼうっと光り輝く抜身の剣を見つめている。
そんな中、螢条院はその聖剣を天に掲げ声高々に宣言する。
「僕はいまここに約束する! この聖剣に誓い、必ずこの国を……いや、この世界を救ってみせると!!」
その姿は紛れもなく勇者だった。
皆が一斉に沸き立ち、各々に勇者、螢条院勇樹を讃える。
そんな中、俺は薄ら寒いものを感じていた。
何か違うと感情が訴えていた。
今起きた一連の流れはまるで出来の良い演劇でも見せられているようだった。それは単に俺が天邪鬼だからなのか、それとも……。
俺が疑念に捕われていると、女王が俺たちの方に顔を向けてくる。
「あなた様方にも今一度お願いいたします。どうか勇者ユウキと共に我が国を……いえ、この世界を救っていただけますか?」
クラスのリーダー格である螢条院が伝説の勇者となり、しかもやる気満々で、さらには麗しの女王様が手を組み合わせ懇願してきている。
こんな状況で『いやだ』と答えられる者はいなかった。
それどころかほとんどの者は自分もやってやるといった顔で頷き、またある者は立ち上がって精一杯女王に応えようとしている。
「……ありがとうございます」
女王は感謝の念を込めたように俺たちに向かって頭を下げた。
それによって俺たちが『全員』協力することが確定づけられてしまった。やはりいつだって少数派は打ち捨てられるということか……。
しかし周りは「そんな、頭を上げてくれよ!」とか「そうだぜ! 俺たちは人として当たり前のことをしているだけなんだからさ!」などといったお優しい言葉で溢れている。
そして頭を上げた女王のはにかむような笑顔に男女問わず撃沈する。あ、こりゃもうだめだ。みんなもうあの女王に心を持ってかれていますわ。
そしてそんな和やかなムードの中で、最後に女王が場を締めるようにこう言った。
「それでは念のために確認いたしますが、皆さま方、全員の測定が終わりましたでしょうか?」
それは本当に念のため聞いたような感じで、もう全員終わったことを疑っていないような声音だった。周りも同じような空気だ。
しかしそんな中、
「如月くんがまだ終わってないよ!」
姫宮がそのように叫ぶと、皆が一斉に後ろへと振り返る。
どうも! 忘れられていた男、如月です!
……いやあ、リアルに涙腺が緩み始めていたよ……。さすがにこの状況下で忘れられるというのは心にくるものがあった……。
斉藤とは逆側の一番後ろの席に座っていた俺は、普通にスルーされて前の席の人が立ち上がって石版の方へと行ってしまったのだ。もちろんコミュ障の俺にその者を引き留められるわけがなく、その次の人も普通に俺を無視して石版の方へと行ってしまったというわけだ。
「もも、申し訳ありません!」
いつも嫋やかな微笑みを浮かべている女王様が初めて狼狽えた表情をしていた。
いや、もうむしろ測定なんてしなくていいと思っていたのに、さすが姫宮の空気の読めなさは伊達ではない。
「そ、それでは早速測定いたしましょう。さ、さあ、前に」
よっぽど気まずかったのかどもりまくる女王様。
一方クラスメイトたちは「女王様を気遣わせやがって。何で自分から言わないんだよ?」という非難の視線を俺に向けてくる。そりゃまあ普通はそうですよね。死にたい……。
さらには「というかお前なんかに何の期待もしてないんだよ」「早く終わらせろよ」と言外に訴えてくる視線の中、石版に向かって進みゆく僕はもしかしたらもう一人の勇者なのかもしれない。
……しかしながら、実際のところ俺はステータスに関して少しばかり自信があった。
俺はかなり要領が良いのだ。だから実は勉強も運動もかなり出来る方だったりする(本番に弱いので力を発揮出来たためしはないが……)。
だからステータスは結構良いのではないかとワクワクしている。こんな負の感情が渦巻く視線にさらされていなければきっと楽しいイベントだったに違いない。
だが、俺のステータスは色んな意味で予想を裏切られる内容だった。
石版に浮き出た文字は次のようなものだ。
========================================
如月リク 15歳 人間族 男 レベル1
職業:竜騎士(伝説職)
筋力:115
魔力:102
体力:110
防御:105
敏捷:116
魔耐:105
成長率:18
ジョブスキル:片手剣レベル6・槍レベル6・盾レベル6・竜契約(無効)・騎乗(無効)
個人スキル:言語理解・気配遮断レベル4・聞き耳レベル7・遁走レベル4・生物鑑定レベル5・対物鑑定レベル1・話術レベルマイナス10
ユニークスキル:効率厨(無効)・独りを極めし者(無効)・孤独の証(無効)・超感覚(無効)
========================================
ちょっと待て。色々とツッコミどころが多過ぎる。
まず思ったのが、俺がまさかの『伝説職』だったことだ。螢条院の『勇者』と並ぶこの世界で最も上の職業。
……しかしそれにしてはステータスが弱すぎる。
俺の予想ではもっと高いはずだった。伝説職なら尚更だろう。
次に……だ。
『話術』スキルがレベルマイナス10ってなに!? なんでマイナスに振りきれてるの!? ステータスが俺のコミュ障をこれでもかというくらい証明してきてるんですけど!
さらにですよ……。
ユニークスキルのところにある『独りを極めし者』と『孤独の証』って被ってない!? そんなにぼっちであることを強調しなくていいから! 二つもいりませんから!
ちなみにユニークスキルというのはこの世に二つとない、その者だけが持つ強力なスキルなのだそうだ。
だからと言ってこれは嬉しくないですよ!?
クラスメイトたちの方を見ると皆、俺のステータスを見て「うわぁ」という顔になっていた。それはどう見ても『伝説職』であることに驚いているというよりもステータスの低さを見て「やっぱりこいつはこんなもんか」といった風だ。
「おいおい、『伝説職』がこの程度のステータスってどうよ?」
早速、間所が絡んで来た! さすが仕事が早い!
「しかも『効率厨』だってよ。キモ男らしいスキルだぜ」
うぐっ。確かにそれは俺も思ったよ。しかし、
「え、『聞き耳』スキルとか、マジで気持ち悪いんですけど」
「向こうでいつも聞き耳立てていたってこと? マジで気持ち悪い……」
「しかも異様に『聞き耳スキル』のレベルだけ高くない? 気持ちわるおえぇっ……」
間所の嫌味よりも女子たちのセリフの方が俺の胸を深く抉っていた。
というか、えずくほど気持ち悪いですか!?
見れば騎士たちも揃って微妙な表情をしていた。『伝説職』は驚くべきことのはずなのに、それにしてはステータスがあまりにも弱いからどう反応したらいいのか困っているように見える。……もうなんか、すんません。
「そ、そんなことありませんわ! 伝説職ってだけですごいです!」
女王様が慌ててフォローしてくれるが、その必死な優しさが逆に痛かった。
そして誰も喋らなくなった……。
やばい、空気が死んでる。
ぼっちの俺は様々な修羅場を経験してきたが、今のこの状況は過去トップクラスで酷い。
「そ、それでは今日はこれまでということで」
最終的に気まずさに耐えられなくなった女王が雑にその場を締めた。
俺は色んな意味で居た堪れなかった。