第六十五話『神竜のブレス ‐後編‐』
やって来たのは『風の迷宮』地下6階だ。
そう、俺がウインドウィーゼル狩りをしていた場所である。
地下6階の敵は今の俺ならどうとでも対処出来るので、ここでクルーエルの力を測りながらあわよくば『かまいたちのカード』のドロップも狙っちゃおうという一石二鳥作戦だ。……まあ、一万匹に一枚の確率なのでそう簡単に落ちないのだが。
さて、それでは早速狩って回ろうかと思ったのだが、クルーエルの方を見ればむくれた顔をしていた。
おいおい、お前の取柄は今のところ顔しかないんだから、そんな面見せたらいいとこなしじゃないか(←超ヒドイ)。
……まあ眠っている間に黙ってここまでおぶってきた俺もどうかとは思うけど……。
でも説明したら絶対に行かないって駄々をこねるのは目に見えていたし?
そもそも俺、喋れないし?
だったら眠っている間に連れてくるしかないよね、という、謂わばこれは逆説的肯定である。
「女が眠っている隙にこんな暗がりの中まで連れて来るとか、いくらなんでも鬼畜過ぎるじゃろ……」
クルーエルがぼそりと呟いた。
……うん、まあその通りなんだけど。
やばい、まったく反論できないとか思っていると、しかし思わぬところから援護射撃が入る。
「これはきっと竜王様のためなのです。我慢して下さい」
ローシェだった。
彼女は結局何も言わずに俺のやることを見逃してくれた。
「おい、ローシェ! 貴様は儂の『側付き』という立場でありながらどうして止めなかったのじゃ!?」
「私はずっと竜王様を正そうとしてきました。しかし竜王様は私の言うことを全然聞いてくれませんでした。もはや竜王様は私の言うことなど馬耳東風でしょう。ですので私は竜騎士様に全てお任せすると決めたのです」
「くっ……この裏切り者が!」
裏切り者扱いは酷いな。
こうなったらローシェの期待に応えなければならないだろう。
そうじゃないとまた胃薬を飲んでいるローシェがあまりにも可哀想過ぎる。
そう思っていた時だった。
俺の『気配察知スキル』に反応があった。
この気配は……以前アホみたいに狩りまくったから覚えている。
ひょっこりと通路から顔を出したのは間違いなくウインドウィーゼルだった。
しかも都合が良いことに一匹。
ウインドウィーゼルが現れた時、ルゥとクルーエルは揃ってビクッとなっていたが、ローシェだけは落ち着いて戦闘態勢を取った。
……へぇ、どうもローシェは単なる『付き人』ではなさそうだ。無言の俺にいきなりダンジョンに連れてこられて来た時も慌てた様子はなかったし、こうしてモンスターを目の前にしても至って冷静に構えている。
これは戦闘方面でも期待しても良いかもしれない。
まあ、とにかく今は当初の目的通りクルーエルに竜に変身してもらってウインドウィーゼルを倒してもらおうか。
そう思ってクルーエルの方に視線をやると、きょとんとした顔の彼女と目が合う。
「? なんじゃ? 儂が綺麗で見惚れておるのか?」
……何言ってるのこの子?
そりゃあ何の説明もなしにモンスターを倒して欲しいと心の中だけで願っている俺も悪いと思うよ?
でも、モンスターを前にしてそんなセリフが出てくるこの子の神経の方が分からない……。
うおっ、ウインドウィーゼルがこっちに向かって走り出した!?
俺が言うのもなんだけど、ちょっとは空気を読もう! (モンスターを相手に無茶苦茶言っている自覚はある)
俺は逆に間合いを詰めると一瞬でウインドウィーゼルを倒した。
ふぅ。
散々ウインドウィーゼルを倒してきた今の俺からしたら簡単なお仕事だが、問題はそこではない。
どうやってクルーエルに倒させることを伝えるか、だ。
しかし俺にはそれが出来ない。
だから他の人が何とかしてくれないかなと思っていると、
「さすが竜騎士様! お見事な槍つかいです!」
ローシェがべた褒めしてくれて、ルゥも隣でこくこく頷いているが……違うんだよ。俺は俺ツエーアピールがしたいわけではなくて、クルーエルに倒して欲しいって伝えて欲しいんだよ。
しかし今思ってみると、クルーエルに神竜のブレスでモンスターを倒させてレべリングさせようと考えているのは俺だけであり、他のみんなは知らないわけだ。
そんな単純なことに今気付いた……。
やばい。意外なところで孤立無援になっていた。
俺がモンスターを倒す様を見学するツアーみたいな感じになってしまっているが、そのせいで余計に俺の「クルーエルがモンスターを倒して」感が打ち消されている。
変身したルゥに俺の考えを伝えてもらおうかとも思ったが、そうすると俺とルゥが契約したことがバレてしまう。
この状況を一言で表すなら……そう、詰んでいる。
絵で伝えようとしてもまた『お絵かき』と勘違いされると思うし、何よりこんな暗い岩場では余計に通じづらいだろう。
どうしたらよいのか……?
そこから相当悩んだ末に、ダメ元で体全体を使って竜を表現し、その上で『神竜のブレス』をイメージして口から槍を出すような感じで見せてみたのだが、
「なんじゃ? 儂に神竜のブレスで敵を焼いて欲しいのか?」
……意外と通じた。
何でもやってみるものだ。
俺は首がもげんばかりの勢いで頷いてみせると、クルーエルはニヤリと笑ってこう言う。
「よかろう。我が力をとくと見せてやる。そうでなければお主とて安心して儂と『竜契約』出来ないだろうからな」
………。
途端に胃が痛くなった。
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何にせよ竜王の力を見ないことには話が進まないので、再び竜契約の件には目を瞑ることにする。
そう思ってクルーエルを連れてダンジョンを徘徊することしばし。
通路を進み二つ目の大きめの部屋に出ると、そこにはウインドウィーゼルと他の種類も含めて十体ほどもモンスターがいた。
……かなり多いな。
俺は一旦目減りさせた方がいいかと思い一人前に出るのだが、しかしクルーエルはそんな俺を止めてくる。
「まあ任せておけ。あの程度の雑魚がどれだけ群れていようとも儂の敵ではない」
……十秒しか変身していられないのに、本当に大丈夫だろうか?
そのように心配する俺の前で、クルーエルは以前のように体に力を入れ始めた。
「少し離れておれ。邪魔じゃ」
急に威厳を出してくるから困る。
だが、俺は素直にルゥやローシェと一緒に後ろに下がった。
すると、途端にクルーエルから尋常ならざる白いオーラが溢れ出し、それに伴って彼女の体も変異していく。
その圧倒的光景は何度見ても迫力があった。
そして遂に、またあの白竜が現れる。
その存在感は何者も打ち消してしまうほどのものだった。
咆哮すれば、心臓が掴まれたような感覚に陥る。
それはモンスターたちも同じようだった。
今はあからさまにこちらに気付いているのに、遠目にも竦んで動けないでいるのが分かった。
そんなモンスターたちを赤い瞳で睥睨すると、白竜は口にブレスを溜め始める。
喉の奥に凄まじいほどのエネルギーが溜まっていくのが見て取れた。
口元から漏れ出る光がとてつもなくヤバいものだと本能が訴えている。
次の瞬間、そのエネルギーが爆ぜた。
白竜から放たれたブレスは真っ直ぐモンスターたちの方へと向かって行き、光が呑み込んだと思った刹那、その一帯を大爆発が襲った。
そのあまりのエネルギーの奔流と考量に、俺は目を開けていられなかった。
辛うじてルゥとローシェの腕を掴み、爆風で飛ばされないように繋ぎ止めるのが精一杯。
まるでダンジョン全体が揺れているように地面が振動している。
洞窟が崩れないか冷や冷やするほどの揺れ……。
爆風と振動がしばらく続き、その間は何も考える余裕はなかった。
いや、爆風と振動が収まってからもそれは変わらなかった。
先程までとは違う眼前に広がる光景に俺は息を飲む。
地面が陥没している……。
それどころか向こうに見える壁が弾け飛んで向こうの部屋まで見えるのだが……。
ちょっと待て。
向こうの部屋の奥の壁も抉れて、そのまた向こうの部屋まで見えてないか?
壁、結構分厚い……よね?
もちろんモンスターの姿など見る影もない。
………。
クルーエルさん。これまで舐めたクチ聞いてすいませんでした。
俺は心の中でクルーエルに向かって全力で土下座していた。
そしてこれ以降、この日の出来事は伝説となってボアの街の冒険者の間で語り継がれることになる。




