第六十四話『神竜のブレス ‐前編‐』
若干の息苦しさを覚えて俺は目を覚ました。
まず目に入って来たのはクルーエルのはだけた胸元だった。
次に規則正しい寝息が耳の近くで聞こえてくる。
……おい、またか……。
昨晩、例の如くクルーエルの我儘のせいで四人一緒に寝ることになったのだが、よく毎回こうも簡単に俺の上に乗って来られるものだ……。
気配察知スキル仕事しろし。
でも救いだったのは寝不足のおかげですんなり眠りに付けたことだ。
おかげで今日は問題なくダンジョンに潜ることが出来る。
俺はクルーエルをどけてベッドから出た。
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俺が家を建てた場所の近くにはちょっとした泉がある。
生活に必要な水を汲んだり、沐浴をしたりと何かと利用している水場だ。
ルゥも沐浴場として利用しているようだが、俺の『気配察知スキル』がいい仕事をするせいで今のところラッキースケベ的なことは起きていないのであしからず。
そんな水場で顔を洗っていると、後ろから誰かがやって来る気配がする。
顔をタオルで拭き終ったタイミングで現れたのはローシェだった。
「お早うございます、竜騎士様。昨晩は竜王様の我儘に巻き込んでしまい申し訳ございませんでした」
やってくるなりにローシェは深々と頭を下げてくる。
『竜王様の我儘』とはクルーエルが昨夜、俺と一緒に寝たいと駄々をこねたことで間違いないだろう。
もちろんローシェは顔を真っ赤にして大反対したのだが、クルーエルはまるで聞く耳を持たなかった。
寂しいのならローシェと一緒に寝ればいいじゃないかと思ったし、実際にローシェがそのように提案したにも関わらず、「いやじゃいやじゃ! こやつと一緒がいい!」の一点張りだった。
困ったローシェが最終的に出した答えが「自分も一緒に寝ます」だ。
ただでさえ困惑していたところに美少女が一人追加される事態に俺は狼狽えたが、どうも潔癖症の気があるローシェは「不潔です! 万が一のことが起きないように私が見張ります!」と言って譲らなかった。
……それ、余計に不潔な状況が出来上がってしまうと思うんですけどね……。
そしてそうなるとルゥだけ除け者にするわけにはいかず、四人で一緒になることになった、というのが昨晩の流れだった。
俺は綺麗処三人に囲まれたせいでまた眠れないかと思ったのだが、前日の睡眠不足のおかげで割とすんなり眠れた。
美少女三人に囲まれて何も堪能できずに眠ってしまったのは少しもったいない気もしたが……やっぱりもったいなかったかな……。
そんなわけで実害は全くなかったのでローシェがそこまで責任を感じる必要はない。
俺はそれを伝えようと思ったが、例の如くコミュ障を発揮して伝えられなかった。
すると俺が何も言わないのを訝しく思ったのか、ローシェが恐る恐る顔を上げて目があったので、視線で「気にしなくていいよ」と訴えてみる。
しかしローシェは不安そうな顔を見せるばかりで全く伝わっている気がしない……。
どうしたものか俺が頭を悩ませていると、ローシェがぼそりと呟く。
(ディジー様から寡黙な方だとは聞いていましたが、本当に全く喋らないのですね。これは竜騎士様のお相手も一筋縄ではいかなさそうです……)
そんなセリフと共にごくりと喉を鳴らす音が聞こえてくる。
聞き耳スキルのせいで全部丸聞こえだった。
……ごめんね寡黙な男で?
しばらくの間、俺とローシェは(悪い意味で)見つめ合っていた。
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ローシェとのお見合いから逃げ出すようにして水場を去った後(ローシェに嫌われていないか超不安)、俺は次なるコミュ障的難題にぶち当たっていた。
それは『どうやってクルーエルをダンジョンまで連れて行こうか?』というものである。
クルーエルは起こしても起きない上に、起きたら起きたでダンジョンに行くのを渋るに決まっている。
となれば、ここは強硬的手段に訴えるのが一番と心得た。
即ち、眠っているクルーエルを担いでダンジョンまで連れて行くしかない。
それが俺の出した答えだった。
眠っている美少女を無理矢理連れ去るというのは字面にしたら犯罪的な匂いがするが、もはや他に手段がないのだから仕方がないっしょ。
そんなわけで俺は眠っているクルーエルを無理矢理担いでおんぶしたのだが、最初ローシェがぎょっとした顔を見せたものの、「竜騎士様のことです。何か深いお考えがあるに違いありません」と言ってすんなり身を引いてくれた。
……意外と信頼されていてびっくり。
そういえば昨日、ローシェの部屋を作ってあげたりハンバーグを作ってあげたりしたら相当喜んでいたのでそのせいかもしれない。挙げ句には「自分はいつも尽くす側だったので、こんなによくしてもらったのはもしかして初めてかも知れません……」などと感極まった目で言われた。
……一体どんな人生(竜生)を送ってきたらハンバーグ如きでそんなセリフが出るのやら……。
哀れ過ぎてローシェの皿にそっとハンバーグのおかわりを乗せてあげたよ。
そうしたら親の仇でも見るような目でクルーエルがそのハンバーグを睨んできたのでクルーエルの皿にも乗せて上げたけど……。
途端に背中ですやすやと寝息を立てているクルーエルの呑気な寝顔が憎たらしいものに見えてくる。
もう少しローシェに気を遣ってあげなさいよという思いと共に、無理矢理ダンジョンに連れて行くことが至極真っ当なことのように思えてきた。
よし。じゃあ行きますか。
その後、家を出た俺はなるべく人の目がない道を選んでダンジョンまでクルーエルをおぶって行った。




