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第六十三話『勇者と女王。女王と教皇』

【アーティア王城・女王の間】



「女王様。勇者様がお見えになられております」

「分かりました。お通しして下さい」


 アルベルティーナは読んでいた書類を机の中に仕舞うと、来客を迎える準備を整える。

 やがてやって来たのは(けい)条院(じょういん)勇樹だった。


「やあ、アルベルティーナ」

「ユウキさん。いらっしゃい」

「女王としての仕事が忙しいところすまない」

「いいえ、とんでもありませんわ。立ち話もなんですのでどうぞお掛けになってください」


 来客用の椅子に勇樹を勧めると、アルベルティーナは自分も対面の席に座る。


「それで、今日はどのようなご用件でいらしたのですか?」

「アルベルティーナ。僕たち異世界の使徒に『風の迷宮』へ入る許可を前倒ししたって本当かい?」


 早速本題を切り出してきた勇樹に対し、アルベルティーナは頷いて答える。


「ええ、本当ですわ」

「別に焦る必要はないだろう? 北の魔族どもはまだ本格的には動けないはずだ」


 裏の事情に詳しい勇樹はアルベルティーナに詰め寄った。


「それに……クラスの連中はまだ戦いというものに対する心構えが出来ていない。下手にトラウマを抱えでもしたら、それ以降使い物にならなくなるよ?」

「そうですわね。せめて竜騎士キサラギくらいの胆力を持っていただけたら問題ないのですけど」


 何気なく切り返したアルベルティーナの言葉に、勇樹の顔が曇る。


「……アルベルティーナ。あいつの話は……」

「申し訳ありません。わたくしとしたことがつい……。悪気はなかったのです。どうかお許しください」

「それなら別にいいんだけど……」


 それで一応今の会話は流れることになり、アルベルティーナは続けて答える。


「しかしこれはヒメミヤ様とカゼハヤ様たっての頼みなのです。どうしても『風の迷宮』への入場許可を前倒しして欲しいと言われ、許可を出す次第となったのですよ?」

「……あの二人が?」

「ええ。あのお二人と仲がよろしいあなた様のことですので、てっきりわたくしはあなた様にもお話が通っているものとばかり……」

「……僕はそんな話、聞いていない」

「そうでしたか。重ねて申し訳ありません」


 憮然とする勇樹に、アルベルティーナは再び頭を下げる。


「君が謝ることじゃないさ。だけど、彼女たちには参ったな……僕に一言くらい相談してくれてもいいのに」

「………」

「一度頷いた手前、今から許可を取り下げるのは女王として体面が悪いだろう? 分かったよ。これ以上僕も何も言わないことにする」

「お心遣い感謝いたします」


 勇樹が気遣いを見せたことにより、二人の間の気まずい雰囲気が払拭された。


「勇者の僕が付いていれば滅多なことはないだろうしね」

「期待しておりますわ、勇者様」

「やめてくれよ。二人の時は名前で呼んでくれと言っただろ?」

「ふふっ、今のは単なる意地悪ですよ」

「だったらいいんだ」


 それから二人は他愛のない話をしてその場はお開きとなった。


 勇樹が立ち去ると、入れ替わるようにアルベルティーナの父――『神の子教』の教皇ベルギウス七世が部屋に入ってくる。


「あの者に竜騎士の少年が生きていることを伝えなくても良いのか?」

「ええ、構いません。その方が都合がよろしいですので」


 ロクな挨拶もなしにそんなセリフを放ってくる教皇に対し、アルベルティーナは何でもないことのように答えた。

 二人の間には他人行儀なやり取りは一切ない。

 しかし教皇の娘を見る目は厳しかった。


「……アルベルティーナよ。お前はあの男の伴侶なのだ。それだけは忘れるなよ?」

「もちろん承知しておりますわ、お父様。そのためにわたくしは幼いころから色々と叩き込まれて参りましたから」


 アルベルティーナの一切感情を映さない笑顔。そこから彼女の考えを読み解くのは難しかった。

 一応肯定されたことにそれ以上何も言えなかったのか、教皇は話題を変える。


「しかし本当にあの竜騎士の少年は生きているのか? ビッグクレパスの周辺はくまなく捜索させたが痕跡すら見つからなかったぞ?」


 教皇はリクがビッグクレパスから滑落した報告を受けた後すぐに捜索隊を結成したが、遺体はおろか衣服の切れ端すら見つけられなかった。

 不満げな表情の教皇に、アルベルティーナはニコリと微笑む。


「心配なさらずとも運命はいずれ交わります」

「死海文書にそのようなことは書かれていなかったであろう?」

「竜騎士が死ぬ、などということも書かれていなかったでしょう?」

「………」

「クスッ。まあもっとも、竜騎士が現れる、などということも書かれておりませんでしたが」


 楽しそうに言葉遊びをするアルベルティーナに、教皇の顔が曇る。


「アルベルティーナよ……」

「分かっておりますお父様。全て順調ですわ。それでよろしいでしょう?」

「………」


 結局、教皇はそれ以上何も言えなかった。


「分かっておればそれでよいのだ。己の立場を常に弁えよ。よいな?」

「はい、お父様」


 深々と頭を下げるアルベルティーナを見下ろしたことで、ようやく満足げな表情を見せた教皇は、そのまま部屋を去って行った。


 自分の父親がいなくなると、アルベルティーナは立ち上がり窓の側まで歩み寄る。

 口元にはいつもの嫋やかな微笑みを浮かべて。


「運命は既に動き始めていましてよ」


 それは果たして誰に向かって呟いたのか?


 アルベルティーナは北を眺めていた。



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