第六十話『千年という時間』
呆気に取られるしかない俺に、ローシェが沈痛な顔で説明してくる。
「竜王様は千年間、食っちゃ寝の生活をし続けたせいですっかり体が鈍ってしまったのです……」
………。
千年間、食っちゃ寝の生活をし続けた?
そのせいですっかり体が鈍った?
バカなの竜王は?
未だ息を切らしているクルーエルを眺めながら唖然としていると、ローシェがさらに言ってくる。
「……全部私の祖父のせいなのです。私のおじい様は竜王様の『お側付き』をしていたのですが、おじい様がその千年間、竜王様を甘やかし続けた結果……千年前は勇者を凌ぎ魔王すら圧倒したと言われる竜王様のお力は見る影もなくなってしまったのです……」
ローシェは暗澹たる表情で俯いた。
………。
そのおじい様もバカなの?
そこからもローシェは淡々と説明してくれた。
それを要約すると、ローシェの祖父は千年間竜王クルーエルの『お付き』として仕えたが、しかしさっきも言った通り甘やかしすぎて竜王の力が減衰してしまった。それを見かねたローシェが祖父の『歳』を理由に半ば強引に引退へと追いやり、孫のローシェが責任を持って元の威厳ある竜王に戻そうとしている、というのが現状らしい。
……ローシェがことごとく哀れすぎる……。
しかしローシェの説明を聞き終えたクルーエルが反論する。
「おい、爺のことを悪く言うな。爺はずっと儂に優しくしてくれたのだぞ?」
「だからそれを怒っているんですよ!?」
ローシェは怒り過ぎて立ちくらみを起こしていた。
……どれだけ哀れなのだろうか? もう可哀想過ぎて見ていられない……。
ここは本気でクルーエルを矯正してやろう。
……そうじゃないとローシェの胃に穴が空いて死ぬ可能性がある……。
………。
『竜王再生計画』
字面は仰々しいが、要はクルーエルの性根を叩き直しますよということだ。
しかし、俺は俺で強くならなければならないという目標がある。
つまりこの二つの目標を同時に達成しなければならないのだが、そのやり方で最も効率の良い方法としてパワーレべリングが上げられる。
竜王をダンジョンに連れて行き、一緒にレベル上げしてしまおうという発想だ。
ただ何にせよ、力が減衰したと言う現状のクルーエルのステータスを見ておかなければならないだろう。
彼女のステータスを見ないことには、ダンジョンの地下何階まで潜ったらいいか分からないからだ。
俺はクルーエルに向き直ると、『生物鑑定スキル』を発動させる。
しかし、
「や、やめよ! 勝手に儂のステータスを見るでない!」
それが嫌だったのか、鑑定されていることに気付いたクルーエルが俺をぽかぽか殴って物理的に邪魔してきた。
全然痛くないが、『生物鑑定スキル』は集中しないと使えないのでやめてほしい。
そう思っていたらローシェがクルーエルを羽交い絞めした。
「竜騎士様! 今の内に!」
「むおっ!? ローシェ、貴様と言う奴は!?」
ローシェも必死だ。
俺はじたばたもがくクルーエルのステータスを覗き見た。
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クルーエル 1103歳 竜人族 女 レベルマイナス99
職業:神竜(神代級)
筋力:1
魔力:1
体力:1
防御:1
敏捷:1
魔耐:1
成長率:人形態1
:竜形態45
ジョブスキル:竜化・神竜のブレス レベル極2(無効)・ドラゴンクロウ レベル極2(無効)・ドラゴニックパワー レベル極3(無効)・サイコキネシス レベル10(無効)・竜の波動レベル極1(無効)
個人スキル:黒魔法レベル10(無効)・召喚魔法レベル10(無効)・統率レベル10(無効)・瞑想レベル10・催眠レベル7(無効)・気配察知レベル9(無効)・威圧レベル9(無効)
ユニークスキル:神の知識(無効)・オールキャンセル(無効)・イナーシャルキャンセル(無効)
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………。
なにこれ?
すごい……けど、ツッコミどころが多過ぎる……。
会得しているスキルは見るからに凄まじい。
クルーエルが『抵抗』しているせいでスキルの詳しい説明までは見られないが、それでも強いスキルばかりだと何となく分かる。何せスキルレベルが10もあったりして軒並み高い。
ただ、スキルレベルのところに付いている『極』とは何だろうか?
……もしかしてスキルレベル10を超えると『極』が付くのか?
彼女は他にレベル10のスキルもいくつか会得しているし、どうもそんな感じがする。
だとしたら余計にハンパないスキル群だ。
もしこれらのスキルを自由に使えるのであれば、竜王の名に恥じていない内容と言える。
が……。
……しかしながら、ツッコミどころその1として、スキルのほとんどが無効になっているんだよね……。
つまり、凄いスキルを持っていたところで彼女は発動できない状態にあるのだろう。
そしてツッコミどころその2。
最初見た時に目を疑ったのだが、レベルマイナス99ってどういうこと!?
千年も怠けるとここまでレベルが下がるものなの!?
他にもステータスがオール1とか成長率の差とか色々とツッコミどころはあるが、そこら辺に関しては今回はもういい。
とにかく、千年間の『食っちゃ寝』の代償が衝撃過ぎて言葉が出ない……。
余りにも高低差の激しいステータスに俺が唖然としていると、クルーエルが「よよよ」と崩れ落ちる。
「うう……汚されてしもうたのじゃ……」
うるさいよ。
あんたのステータスの方が汚れきってるよ。
俺が呆れた目を送っていると、ローシェが説明してくれる。
「竜王様は変身していられる十秒の間だけは竜王としての力が使えるのです。その後しばらくは使い物になりませんが、時間が経てば回復してまた変身できるようになります。それを利用して何とかなりませんか?」
そう言ってローシェが縋るような目を向けてきた。
分かったよ。なんとかするよ。
……だからそんな目で見てくるのはやめておくれ?
しかし……。
変身している十秒の間だけは竜王としての力が発揮できるのか。
それは大きな情報だ。
十秒だけでも力が行使出来るのなら、後はそれを上手く使うだけのこと。
だが、結局のところは先程も言った通りパワーレべリングで無理矢理レベルを上げて、取りあえずステータスだけでも元に戻そうと思う。
俺の考えているやり方を詳細に説明すると、変身したクルーエルに敵を十秒で瞬殺させた後、無防備な状態の彼女を守りつつ俺とルゥで他のモンスターを倒し、彼女が回復しきったら再び神竜に変身させて敵を倒させる、ということを繰り返す方法だ。
そうすれば俺やルゥもレベルが上げられるし、クルーエルも矯正出来てまさに一石二鳥だろう。
まさに効率厨の俺らしいやり方である。
まあ、やや荒っぽいやり方のような気もするが、何事もやってみなければ分からない。
俺はいつもトライアンドエラーを繰り返して狩りを効率化させてきた。
もし問題があればその都度調整していけばいいだろう。
よし、方向性は決まった。
しかし、先程も言った通り今日は寝不足なのでダンジョンに行くのは明日からにする。
今日はそのための買い物だ。




