第五十八話『世界の危機。その時、竜王』
世界が魔族に侵されようとしている時、竜王はまだ駄々をこねていた。
「いやじゃいやじゃいやじゃ! 儂は食っちゃ寝するためにここに来たんじゃー! 世界を救うなどやってられるかー!」
……終わってる。……こいつ終わってる。
ローシェはさっきから一生懸命竜王を説教しているが、クルーエルは一切耳を貸そうとはしない。
開いた口が塞がらない思いで眺めていると、クルーエルは俺に向かって叫び出す。
「元はと言えばお主が竜の谷に来れば問題なかったのじゃ!」
うわっ、こっちに飛び火した!?
「お主が儂を竜の谷から連れ出してくれれば体裁よくローシェから離れられたのに……お主が来ないからローシェに連れてきてもらってこんなことになったんじゃぞ! どうしてくれるー!?」
俺に向かって叫び散らすクルーエル。
こいつの責任転嫁は聞いていて気持ちよくなるくらい思い切りがいいな(別に褒めていない)。
それと今この場で竜王に好意的な視線を向けている者は誰一人いないのに、一切怯まない竜王の心臓がタフ過ぎる……。
しかし何を思ったのか、クルーエルは一転して俺の肩に手を乗せ笑顔を向けてくると、
「世界を救う? そんな面倒なこと勇者に任せておけばよいだろう。なあ、お主もそう思うだろう? な? な?」
そうだね。勇者があの螢条院じゃなければ俺も頷けたかもね。
というか竜王の『俺を味方につけよう作戦』が見え透いている上にこすすぎる……。
そんな竜王を見かねてローシェがまた肩を震わせていた。
「竜王様……どれだけ恥を晒せば気が済むのですか!?」
「恥より食って寝る生活の方がいいのじゃ!」
……ねえ、このやり取り、いつまで続くの?
俺がげんなりしていると、クルーエルの表情にふと影が差す。
正直ドキッとした。
そんな憂いのある顔を今まで見たことなかったから……。
「儂はのう、千年前の魔王との戦いで力を使い果たしたのじゃ……。じゃからもう……」
「竜騎士様、騙されてはいけませんよ? これは都合が悪くなった時に竜王様よくやる手です」
「お主はいちいちいちいち……この鬼ーっ!」
「私は鬼じゃなくて飛竜です!」
……一瞬でもその顔に見惚れてしまった俺の純情を返せ。
ていうかもういい加減にしてー。
俺が心の中で叫んでいると、ローシェが今度は俺に向かって頼み込んで来る。
「竜騎士様、恥を忍んでお願い申し上げます!」
ズザーッ!
ローシェのすさまじいほどの土下座。
俺は未だかつてこれほど見事な土下座を見たことがない。
「竜王様はご覧の通りの有様で、もはや私一人でさばき切るのは不可能なのです。どうか……どうか竜騎士様のお力添えを!」
目が必死だった。
血走っていて怖い……。
「おいおい、やめておけローシェ。こやつもドン引いておるではないか?」
「一体誰のせいだと思ってるんですか!?」
形勢が逆転したとでも思っているのかクルーエルが文字通り上から目線で言い放っていた。
ローシェが哀れすぎる……。
「お願いです竜騎士様……どうか、どうか御慈悲を……!」
もはやローシェの声が掠れていて最後の方が聞き取れない。
………。
これ、頷かなかったらきっと夢見悪いだろうな~……。
というか、靴を舐める勢いで縋られたら断る勇気がないよ……。
結果、俺は頷かされていた。
その途端、ローシェは昇天したかのように安らかな顔になる。
「あ、ありがとうございますぅ……」
……今までどれだけクルーエルに苦労させられてきたのだろう?
今のローシェの顔は普通に生きていたらまず出来ない菩薩のような表情だった……。
一方、今度はクルーエルが肩を震わせていた。
そして俺に向かって叫ぶ。
「この……裏切り者ーっ!!」
……いつから俺がお前の味方だと錯覚していた?
いい加減にしろ。




