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第五十七話『クラスメイトふたり。北の魔族』

【アーティア王城・修練場】



 アーティア王城下の修練場。

 その広い敷地で今、一人の少女が魔法の練習をしている。


 茶色かかった髪は側頭部で二つにくくられ年齢よりも幼く見えるが、しかし驚くほど顔の造形が整っているその少女は、右手に魔法のタクトを、左手に魔道書を浮かび上がらせ(・・・・・・・)、形の良い唇を動かす。


「闇の力を秘めし嫉妬深き魔女よ 契約のもと姫宮(ひめみや)(ひめ)が命じる その真の力を以て我が敵を打ち払え」


 少女――姫宮姫が呪文を詠唱すると、彼女の足元に魔方陣が浮かび上がる。

 そこからさらに呪文を紡いでいき、ようやく詠唱が完成した時、姫は最後のキーを口にした。


「レヴィアエクスプロージョン!」


 姫の上空に紫色の魔法の玉――直径五メートルはあろうかという巨大な魔法の玉が浮かび上がり、修練場の真ん中まで飛んでいく。

 そして地面に接触した瞬間、紫色の大爆発が起きた。


 紫の火柱が天に上る。


 しばらくその強力な紫炎が修練場を照らした。

 さらにややあってから火柱が晴れた後、修練場の真ん中には大きなクレーターが出来ていた。

 姫はその大穴を眺めながら大きな息を吐く。


「ふーっ……レベルの高い魔法はやっぱり一気にMPを消費するなぁ」


 そう言ってしんどそうに両手を膝に付くが、しかしその顔は満足そうだった。自分の思うような結果が得られたのだ。

 そこに後ろから声がかかる。


「姫、お疲れさん」


 そう言って近づいてきたのは彼女の親友、風早沙羅だった。


「ひゅう、凄い威力だね」


 沙羅は修練場に出来たクレーターを見ると「おお、怖い」と肩を竦めておどけてみせる。


「でしょ? さすがは七大悪魔の一人であるレヴィアタンの力を借りた魔法だよ」


 得意そうな顔の姫に、沙羅が意地の悪い顔で告げる。


「でも最初の詠唱から魔法の発動までかなり時間がかかっていたね?」

「うっ……実はそうなんだ。それがこの魔法の弱点なの。こんな魔法、絶対一人じゃ撃てないよ……」

「だからこそあたしがいるんだろ? いざとなったらあたしがそのくらいの時間を作ってやるよ。あたしはずっとあんたの隣にいるつもりなんだからさ」

「さ、サラっち~! 大好き~!」

「はいはい」


 むぎゅっと抱き着いてくる姫を沙羅は適当にあしらう。

 傍から見たら完全に百合なその状況で、姫は抱き着いたまま顔を上げて沙羅を見つめる。


「でもさ、凄い偶然だよね? こっちの世界にも七つの大罪と同じ名前の悪魔がいるなんてさ」

「偶然、ねえ……」


 姫が放った何気ない発言に、沙羅は眉を顰める。

 そんな偶然に同じ名前の悪魔が二つの世界にいるものだろうか?

 沙羅はそう思っていた。


 他の者たちはあまり気にしていないようだが、サラはこの世界は『異世界』と呼び切るには少しおかしいと考えている。

 しかし実際こうして魔法などもあり、他にもファンタジー要素が満載の『ザ・異世界』だ。

 だから最終的にはいつも、「やはり異世界であることに間違いはないだろう」という考えに辿り着く。

 でも、そう言い切ってしまうには……と、サラは最近この思考を繰り返していた。


 リクの一件があってから、サラはこの世界について考えることが多くなった。

 どうしてもリクの死の原因を知りたかったからだ。

 どんな小さな因果でも、その責任を見逃すつもりはなかった。

 しかし、そんなことを考えている内に思うようになったのである。


 この世界の歪さ。

 そして、もしかして……と。


「サラっち? 真剣な目をしてどうしたの?」

「え? あ、ああ、いや、なんでもないんだよ」


 沙羅は姫に心配をかけまいと必死に誤魔化す。


「それにしてもさ、姫もすっかり元気になったみたいで良かったよ。ずっと部屋にこもりっぱなしの時は正直見ていられなかったからね」


 姫はリクがビッグクレパスから落ちたという話を聞いてからずっと部屋に引きこもっていた。

 しかしある時、彼女は自ら部屋から出てきたのだ。


「いつまでも落ち込んでいたら如月くんに笑われちゃうからね」


 そう言って、自らを鼓舞するようにして。

 しかしそれからというもの、彼女は何かに取りつかれたように魔法の訓練をするようになった。

 そんな姫を見て、沙羅はもしかしたら彼女も自分と同じ考えに至っているのではないかと期待していた。


「なあ、姫?」

「ん? なあにサラっち?」


 沙羅は深呼吸してから話を切り出す。


「……あたし思ったんだけどさ、あいつ意外と生きてるんじゃないかな?」


 沙羅のその言葉に、姫は反応した。


「! サラっちもそう思うの!?」


 すぐに「あいつ」が誰か分かってしまう姫に苦笑しながらも沙羅は答える。


「ああ。ほら、あいつって何考えてるか分からない奴だけど、意外とたくましいというか、(したた)かというか……そういうところがあるだろ? 頭もキレる奴だし、もしかしたら……ってね」

「ふわっ、サラっち意外と如月くんのことよく見てるね!? その通りだよ!」


 姫は沙羅の手を取って喜びを表す。

 しかし二人とも分かっている。

 その可能性が限りなく低いことを。


 それでも二人はリクが死んだと信じきれなかった。

 ――予感……それとも女の勘だろうか?

 もしかしたら異世界に来てから得た『予知』的な何かかもしれない。


 とにかく、二人の少女はそれぞれがその答えに辿り着いた。

 だが、そのせいで姫の疑惑が一層深まった。


「ねえ、サラっち。もしかしてだけどさ……」

「ん、なんだい?」


 姫は沙羅の顔をじっと見つめていたが、やがて首を振る。


「……ううん、何でもない」

「そうかい? ヘンな奴だね」

「あはは、ごめんね?」


 姫はおどけてみせる。

 さもこの話はお終いと言わんばかりに。

 しかしそんな姫の様子など気にした風もなく、沙羅は姫にこう切り出す。


「なあ姫。ちょい前から『風の迷宮』への実施訓練の話が出ているだろ? あれさ、女王さまに掛け合って前倒しにしてもらわないかい?」

「! ……うん。実はわたしもそう言おうと思ってたところなんだ」


 ビッグクレパスと『風の迷宮』は繋がっている。

 それは噂に過ぎないが、しかし信憑性は低くないと見られていた。


 二人は頷き合う。


 リクは生きている。

 そう信じて二人の少女は歩き出した。


 その様子を暗い表情で見つめている者がいるとも知らずに……。



 **************************************



【遥か北の大地・魔族の城】



 遥か北の大地。

 その不毛の大地に聳え立つ禍々しい城。


 そこに今、新たなる魔族が顕現しようとしていた。


「がーんばれ♪ ムムエルたん。がーんばれ♪」


 その禍々しい雰囲気に似合わない明るい声が暗い城内に響き渡る。

 それは顕現しようとしている魔族の前で、健気に応援している少女のものだった。

 ちなみにその少女もまた魔族である。


『……リエル。気の抜ける応援はやめていただけますか……?』


 せっかくのダークな雰囲気が台無しと言わんばかりに、顕現前の魔族――その不気味な影はうんざりしたような声を出した。


「えー。せっかく応援してあげてるのに~」

『……申し訳ありませんが、その必要はありませんよ』


 ぷーっと頬を膨らませる魔族の少女に、影は呆れたように揺らめく。

 しかしその瞬間だった。

 影は一層不気味にゆらゆら揺らめくと、ばりばりと空間(・・)を切り裂き始める(・・・・・・・・)


 そして辺りに黒いオーラをまき散らしながら現れたのは一人の青年だ。


「……ふぅ。何とか受肉出来たようですね」

「わぉ。おめでと~、ムムエルたん」

「……殺されたくなかったら、その『ムムエルたん』というのやめてもらえませんか? 僕の方が格上だと知っていますよね?」

「うんっ。分かったよ、ムムエルたん!」

「……何も分かっていないじゃありませんか」


 ムムエルと呼ばれた青年魔族はうんざりしたように首を振る。

 同時にダークブルーの柔らかそうな髪がふわりと揺れた。


 彼の見かけは二十歳くらいの爽やかな青年風だが、しかし纏っているオーラは禍々しい。

 それに顔や手など見えている部分の肌には魔術文様が浮き出ており、それが彼を魔族だと証明していた。


 一方、リエルと呼ばれた少女も見掛けこそ可愛らしい十八歳くらいの少女だが、ムムエルと同じく薄暗い雰囲気を纏っており、顔やスカートから覗くダークブラウンの太ももに魔術文様が浮いている。

 反面長いポニーテールは明るい緑色をしており、それが彼女の性格と相まって彼女自身に元気なイメージを与えていた。


 しかし結局は魔族。

 その本性は隠し切れない。


「ムムエルたんが顕現してくれたおかげで、ようやくこの城のお守りから解放されるよ~。ねえ、早速人間を殺しに行ってきていい? いいよね?」


 明るく残虐なことを言う。

 それがリエルという魔族だった。


「どうしてあなたはそう落ち着きがないのですか? 少しはこちらの情報を教えていただけませんと、僕も動くに動けませんよ」

「え~、めんどい」

「……あなた本当に殺しますよ?」

「わー! 分かった分かった! その本気の殺気はやめて~! ……なんて言うと思った? 別に殺したきゃ殺してもいいよ~。きゃははっ」


 ムムエルが本気で殺そうと思えば自分は本当に殺される。

 それが分かっていて尚リエルは屈託なく笑った。


 魔族の本質は『滅び』。それは自分自身も含まれる。

 だからこそこのリエルのように、魔族の中には自分の死すら愉悦に感じる者もいた。


 ムムエルは大きなため息を吐く。


「……これだから魔族は扱いづらくて困ります……」

「あははっ、そう言うあなたも魔族だけどね~」


 そう言ってから、しかしリエルの視線が鋭くなる。


「でも、分かってるってムムエルたん。あたしも死ぬよりは殺したいからね。やることはやるよ~?」

「そう言ってくれると助かりますよ。それではここ最近の情報を教えてください」

「了解だよ~」


 それからリエルはムムエルにこの世界で起きていること、起きたことを掻い摘んで話していった。

 その話の中でムムエルが最も食いついたのは、


「ほう? 既にこちらの世界に勇者がやってきたのですか?」

「と言ってもまだ来たばかりだけどね~。だから多分まだ弱いよ?」

「しかしまさか他の二十二人(・・・・)も全て寄越すとは……向こうの老人たちも思い切ったことをしたものですね」

「ねー。その点に関してはあたしも驚き~」

「しかしそれだけ今回は本気と言うことですか……」

「あははっ。そんなことをしても魔王は倒せるはずないのにね~」

「……そういうことにしておきましょう」


 ムムエルの目が一瞬細まったことにリエルは気付かなかった。


「千年前は竜王にしてやられましたが……そうですか。今回、向こうの使徒たちは自分たちから来てくれましたか」

「あー、ムムエルたんが悪い顔してる~」

「……これは元からですよ」


 ムムエルは少し憮然としていた。

 リエルはそんなムムエルをまじまじと見つめると、


「しかし、受肉したらムムエルたんカッコいいんだね~。人間の真似事でエッチなことでもしてみる?」

「申し訳ありませんが、全く興味ありませんよ」

「枯れてる~」

「……魔族全員そうでしょうが」


 魔族には基本的に生殖能力はない。

 だからそういう方面に対して欲求がないのである。


「でも、やれないことはないでしょ? ね、しよ?」

「……本当に殺したくなってきました」

「わ、これ本気だ。本気で殺されるやつだ。そろそろお仕事モードに戻りま~す」

「……懸命です」


 ムムエルは気を取り直して語り出す。


「今は少数しか動けないのですから、僕たちがしっかりしなければいけません。と言っても僕もまだ受肉したばかりで満足に動けませんし、今はあなたが頼りなのですよ?」

「わかってるって~。任せて。じっくり勇者ちゃんを甚振ってきてあげるよ」


 リエルは舌なめずりする。


「言っておきますが、殺さないで下さいよ? あくまで力を測るだけです」

「あははっ、分かってるよ~」

「……今回は間違えて殺しちゃった、では済みませんからね?」

「大丈夫だって! さすがに弁えてるよ。でも……生きていれば問題ないんだよね?」

「………」

「ちょっと摘み食いするくらいは許してよね。うふふ、今回の勇者はどんな悲鳴を上げるのかなぁ? はぁ~、たまんない。今からお腹空いて来ちゃった」


 魔族は負の精神を糧とする。

 中でも強い精神を持つ人間が放つ負の感情は彼らにとって極上のものだった。


「あと一つ訊いておくけど、勇者の周りにいる奴らは殺しちゃってもいいんでしょ?」

「念のため生かしておいてください」

「え~、めんどくさ~い」

「まあ二、三人ならいいですが……」

「さっすが~、ムムエルたん話が分かる~」


 今リエルの顔は完全に魔族のそれだった。

 可愛らしい顔は見る影もなく、口が真横に引き裂いたように吊り上っている。


「ひひひ。勇者パーティの子たちはどんな悲鳴を上げるのかな? 今から絶望を食べに行ってあげるから待っててね~」


 この日、北の大地から一人の上級魔族が姿を消した。




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